<12> 死をもって報いを与えたい
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真っ白な、まばゆい中に私はその投げ出された身でかき分けさせられて、そのまま雲のようななにかが漂う中に落とされた。
それはいつもの夢枕とは違う。
ただ、それは夢枕の中で常に見てきた、白いもやのような中に包まれたような空間。いつもの忌々しいやつの領域であることは変わらない。
「まさか私の教会で祈りを捧げるなんて、ずいぶんしおらしい事」
「それはあなたの綺麗な教えを守った結果でしょう」
深い海を思わせる青々とした髪が肩から下がったのを、オーシアは親指にかけて後ろに押し、肩の向こうに追いやっていた。
だいぶオーシアは残念そうに見えるけれど、好意を無碍にできなかったから仕方のないこと
「けどさぁ、どんな気持ち? あんなに嫌な女神に縋らなきゃダメなの、どんな気持ち?」
「くっ」
ただ、ただでは転ぶまいとばかりに、オーシアは私の不遇にかこつけて、嘲りにみちた言葉を返してきた。
「寝るところも確保できなくなって、武器も取られちゃって。服は着替えられたけれど、冒険者になれなくて、治安部隊に目をつけられるなんて。本当、見ていて飽きないわ。あなたの悪あがき」
「いい加減、もう私の前に出てこないでくださる?」
「えー? 嫌よ。だいたいここ、私を祀り讃えてる教会よ。私の家も同然なのよ」
「でもこういう場合、信心不足ではあなたにお目通りもできないんじゃなくて? この疫病神」
「あー、それ言っちゃうんだ? 私をそんなふうに罵倒していいのかなぁ? 女神を侮辱した罪はすごく重いんだけど?」
何が重罪だ。信仰が深いものが不敬するならともかく、不信なものがなぜ信仰していない神に罰せられるのか。
口に出す気はなく憤り睨み返したにとどめるしかできない。
そう、まるで夢の中で話している時のように、女神に一切の自由を奪われたように体が動かない。意識がはっきりしている状態でのお目見えであるというのに。
腕や足を上げようと試みても、まるで地面にくくられているかのようだった。
「え、どうして、動かな、いっ」
「体動かそうとしても無理よ。あなたお祈り中にぐっすりだもの」
「それは、こっちに越させるためにあなたが」
「眠ったのはあ・な・た。私はただ見守っていただけ。だいたい神は人に干渉できる範囲は限られているのよ? あなたを貶めようっていっても簡単じゃないんだから」
「何が簡単じゃないよ。さんざん私を追い込んでおいて。このことはけして忘れませんわ、オーシア」
「お、おおお、ひっどーい、女神様を呼び捨てなんて、許してもいないのにー、ひどい、ひどいわ! もう、ファーステスは地獄行き。治安に捕まって、あの主人のところに連れ戻されればいいのよ」
「そんなこと絶対にさせませんわ……」
「無理無理。私が干渉しなければ、あなたがどうあがいてもこの運命は確定」
干渉しなければ。
この女神ははっきりと、そう私に告げた。
ここのところ、夢枕で女神が言った通りの展開になっていた。私はそれにささやかにしか抗えなかった。
たまたま出入場管理官さんが便宜はかってくれたけれど、もしかしたらその不正を治安部隊の人が裁きに来るかもしれない。彼ら警察権を持つものは王家直属組織であるため、領兵を直接取り締まることも不可能ではないから。
大なり小なり、私のことを思って、あるいは家への忠誠からそう扱ってくれた方の恩を仇で返したくない。
「……どうすれば、いいんですの」
「聞き分け良くなったじゃない。そういうのは私好きよ。まあ簡単なことだわ。祈りと誓いの言葉と一緒に、私の靴を舐めるの。そうしたらまあ、少しは便宜図ってあげていいわ」
「くっ、くつ……?」
「いいの? あの忠義あふれる人も巻き添えになるって心配なんでしょう?」
「それは」
まかりなりにも女神だ。
干渉は制限されているといっても、ちょっとした運命のいたずらくらいは簡単なんだと思う。
もし彼女の言うことを聞かなければ、私はもちろん、私のために尽くそうとした心を踏みにじることになる。
そこに一切の容赦はしてこないと思う。
「……っ」
「何? できないの? じゃあ今からここに」
「待って」
「ええ? もう決めたからさー、治安の人に来てもら」
「待ちなさいと言っておりますの! お、オーシア、様」
「ふうん」
そう、私に選択肢なんてなかった。
誓うと決めた私の意思をくみ取ったのか、糞駄女神オーシアは私の両ひざを地に付かせて、祈る手を組ませた。
誓いの言葉というものを、それとなく頭に思い浮かべ、例え思いもしないことでも、それを言葉に。
「女神オーシア様、わたくし、ファーステス・ノ・ベルサーネス、いえ、ファーステス・スフェールは、女神オーシア様の慈愛と豊穣に従い、人々を慈しむ心を忘れず尽くすことを誓いますわ……」
「そう。ではどのような扱いがあっても、けしてその心を忘れぬ証を立てなさい」
「かしこまりました、オーシア様」
そして、それを形にするように、私は両腕だけ動かすことを許され、糞駄女神の足をその両手で持ち上げて。
かかとの高めのヒールらしいその足に顔を近づけ、口づけをしてから舌を、差し出して舐めると。
「あーーー!! ほんとに舐めやがった!」
その瞬間に、オーシアはそのヒールの先で私の顎を蹴り上げた。
脳を揺さぶられる衝撃感とともに、私は真後ろに吹き飛ばされて仰向けに倒された。
「いっっ……」
あっけに取られてしばらく意味が分からずにいたが。
「きたねえ! ふざけんな! 本気でやるとかまじでありえねえ!!」
口汚い言い方をしてオーシアは、私の脇腹を蹴りつけ、ヒールの角で私の肩を踏んだ。
「っあ!!」
「死ね! 死ね! くそ牝奴隷! 死ね!」
「がっ、あ、っ、ああっっ!!」
痛すぎる。
女神の暴力が、下手をすると私の体に突き刺さって、刺し傷になって現れるのではないかという危惧があった。実際夢の中なのにそれが形になったようで、猛烈な激痛が胴体を蝕む。どこか穴が空いたかもしれない。肋骨は何本か折られた。息が苦しい。息継ぎしようとするとものすごく痛い。せき込んだら血が吐き出されるかもしれない。
「かっ、は、ぁっ……っぐ、ごほっ、ごほっ!」
「はぁー、はぁー、はぁー、あっぶね、夢の中とは言え危うく殺すところだった」
実際咳き込むと、驚くような量を喀血していた。
肺の中でだいぶ出血があったみたいで、本当に息継ぎが苦しくてならない。
「ほんんっと、野垂れ死ねくそが。牝奴隷になりたくないならさっさと死ねや。腹にもないこと言って誓いやがって、礼拝のふりとか胸糞過ぎてキモイ」
「っく……はーぁっ、はー、っく……」
「はぁ、はぁ、でもまあいいわ。一応約束したのは守るから、好きにすれば」
酸素が足りなくて頭が痛い。意識が朦朧としてきた。
本心を押し殺してでも臣従の言葉を言わされた。その挙句、今までにないほどの、このオーシアの汚濁しきった罵りである。忘れろと言われても忘れられるわけがない。
声を出せる息を継げれば、どんな怨念が口を出るかわからない。
(この糞駄女神……最初から私をこうするつもりで、靴を舐めさせて)
ただ屈辱を与えてそれでほくそ笑んで、オーシアは溜飲を下げるつもりでいるのだ。
私はこれまでずっと、ずっとオーシアに苦しめられて、オーシアによって多くを追われているというのに。
何が慈愛か。
何が豊穣か。
こんな、女神の面を被った悪魔を、けして許すことはできない。
(このことはけして忘れませんわ、オーシア……必ず、その命を、死をもって、報いを受けていただきますわ……!!)
できるはずのない。
まかりなりにも神相手なのに、それを殺したいほどの憎しみを、私は途切れる意識の間際に、言葉にならない言葉を心から口にして、大きく喀血して意識を手放した。




