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<11> 助けたがりが差し伸べた救い


 眠る時間も惜しく行軍を急ぐ。まだ明けぬ夜、私はまどろむ目をこする間もなく、下草高き森の中、道なき道を行く。その果てしない時間と、迫りくる可能性の仕掛けのあると無しを警戒する日々。

 地図を確かめ、感知魔法を張り巡らせ、息をひそめて、暗がりに暗視を差して安堵を確保する。

 女神に悩まされるよりはるかに前、15の成人を迎えたばかりの私が、ベルサーネスの特別想定を受けた果てしないストレスの夜を、その日夢に見ていた。


 うとうとと、まともに眠っている素振りを見せずに私は街角の片隅で警戒を怠らずに夜を明かした。どんな浮浪者や無法者がいるか、あるいはいつ治安の人に見つかるかわからない。でも、どこにも頼れない、しかもおそらく街を下手に出られないのが現状だった。

 治安の人が私を見つけたら。

 この街にたどり着くまでの野営の極端さに比べて、見つかってはいけない対象のハードルが高すぎた。なのでより綿密に、より無理をして、隠密の魔法と感知の魔法を継ぎ足し継ぎ足し使った。

 相手が感知を察してこちらに向かって来たかもしれない事象は、この晩に2回はあったから、都度潜む場所を変えて、潜む魔法を選定してやり過ごした。

 きちんと寝たかもしれない時間は1時間くらいだと思う。

 そうして気がつけば朝を迎えて、日が高くなるのを送っていた。


 足取り揺らぐに任せながら通りを見る。お忍びして街を歩いたこともあったけれど、その時と変わっていないところと、変わってしまったところを比べて見てしまっていた。

 現金はあったけれど、足が付くのは避けたくて朝食の購入を躊躇っていた。もう手配書が回っていたりなどして、治安の人を呼ばれる危険性を思うと、近づくリスクも払えなかった。

 当然空腹を抱えたまま日が真上に昇るまでぼんやり過ごすことになる。

 もう3週間は、肩になじむ強さの弓を練習していない。感覚は失っていないけれど、鈍りの矯正は時間がかかりそうだった。

 弓を引く感触に焦がれ思いを馳せる中でも治安の人を避けることを忘れず、なるべく人けの少ない場所を選んで静かにしていた。

 それは、乞食生活するような、人通りの多い場所で物乞い行為しているような人と間違われないために。

 不用意に動かないのは、見つかりにくくするために大切であるから。また、変に隠れるよりも紛れやすくなるから。


「どうしたの?」


 そうして、うずくまって静かにしてみせていれば、声をかけられることだって。


「おねーさん?」


 見つかった?

 いいえ、私の擬態は大人の目を誤魔化すためには最適かもしれないけれど、大人とは別の視野や視点を持つ子供には。

 目を向ければ、10歳にもならなさそうな少女が心配そうにこちらを見下ろしていた。

 決して粗末にならないようにと気遣われた、それなりに質のある服をきた子だった。

 髪は十分な手入れが行き届いているようではないけれど、肩の上までで切りそろえられたそれは、縮れとも巻きともいえるような質だった。

 瞳の輝きは、純粋に、まっすぐにすべてを進めようとするような黒く見える褐色だった。

 その子は、今の育ちこそけして裕福ではない、むしろ貧しそうに思えるのに、後ろに眩しく光り輝くものがあるように見えた。

 反応しようとすると、不意に空腹感が身体をふらつかせた。

 思考がぶれる。


「おなかいたい?」

「いいえ、お姉さんお腹空いてるだけ」

「じゃあ、これあげる!」


 少女の案じるところに正直に答えると、彼女はポケットから何かを取り出して私に差し出した。

 飴玉だ。

 それはきっと、貰って後の楽しみにしておきたいもののはず。


「私に?」

「うん。困っている人を助けなさいって、先生が言ってたの」

「先生?」

「うん、おとーさんやおかーさんがいないこがいるところの先生」


 つまり、孤児院の。

 でもそれならいっそうこんな施しを受けるわけには。


「なら、私は受け取れない。あなたが食べて」

「でも」

「私は大丈夫だから……」


 差し出された好意はとてもありがたいけれど、そのようななけなしを受け取るのは申し訳なくてできなかった。

 ただ、断られた彼女は、私を気にかけるのをやめようとせず、立ち去る様子もなかった。


「じゃあお姉さん一緒に来て」

「ええ? そんな、これ以上は」

「だめ、放っておけないよ」


 そうして彼女は私の手を掴んで引っ張った。

 そんなに、私は助けたくなるような困り果てた様子でいたのか。

 だとしたら、こんな小さな子に無理をさせてしまうのは、なんとしてでも断るべきなのだろうけれど。

 でもそれは、彼女が納得しないと思う。

 私は手を引かれるままに彼女に導かれて、その場所……孤児院らしき建物にたどり着いていた。


「ここ!」

「ここって……やはり孤児院よね」

「うん。これから先生呼んでくる」


 確かに、教会に併設されているこじんまりとした建物は、どう見ても孤児院に間違いないものだった。

 でも、この併設されている教会は、どうも悪い予感しかしない。


「あら……あなたは」

「こんにちは」

「まあ、あのこったらまたこんなこと」

「ああ、怒らないであげてください。もし悪いようならこれで失礼しますので」


 少女が呼び出したのは、おそらくここの責任者らしい初老の女性だった。修道女のヴェールに衣服と、どう考えても聖職者の活動の一環を行なっていると言わんばかりの姿だった。


「そんな、せっかくいらっしゃったのを無下にはできません。どうぞいらっしゃって。これもオーシア様のお導きでしょうから」


 オーシア。

 オーシアといった。

 やはりこの併設された教会はオーシアのアジト。

 ただ、王都にあるような巨大な聖堂などではない。ベイシスはむしろ大きい方の都市といえるけれど、その規模に対してこの教会はとても質素で素朴な、辺境の村か町にありそうなたたずまいだった。

 もっとも、慈愛と豊穣を謳う以上、つまり慈愛の部分が孤児の保護活動になるのは自明の理であり、なんら不思議なことはない。


「すみません、ご迷惑おかけします」


 私は、そんな慈愛の申し子のような少女の優しさによって、彼女の懐に潜り込むこととなった。


 そうして、孤児院にはけして十分な活動資金がある気がしないのに、昼食を頂いてしまった。質素なパンとスープでも、野営食に比べれば天と地の差だ。


「あの、食事までいただいてしまってすみません」

「いいえ、オーシア様の手前、コレットに人助けしなさいって教えた責任もありますし」


 コレットとはきっとあの手を差し伸べてくれた少女の名前だろう。大人として変に曲げられない部分はどうしようもない。

 とはいえ。


「ですが、本来孤児のこたちのための食事をただで頂くのは」

「いいえ、お金を貰うわけにはいきません」


 まだささやかに残っていたお金を出そうとしたら、受け取りを断られてしまった。


「では、代金としてではなくオーシア様とこの教会への寄付としてお受け取りください」

「そういう名目であれば……ありがとうございます」


 なので、教会の人へ合理的に筋を通す形での納金とすることにした。オーシア「様」とつけるのは腸が煮えくり返るが堪えるしかない。


「しかし、これだけお金があるなら街で食事をされることもできたでしょうに、なぜ」

「それは……少々訳ありで、あまり私のことを知られるわけには行かないものでして」

「それはまた、不都合なさっておいででしょうけれど……その、差し支えなければご事情を伺って良いでしょうか?」


 と、きっかけはどうあれ、『慈愛』を標榜しその教えに沿って私の救済を行なった件、その結果として困ったことを問うのは当然のことだった。

 何を困っているかということをまとめたら、『奴隷印の形を実行されそうになったので脱走した』『潜伏してやり過ごしてきたが、街の中に閉じ込められた』『身分証も偽造のようなもの』『治安の人に見つかれば連れ戻される危険性がある』状況である。

 ただこれをすべて打ち明けるべきかと言われたら。

 答えられるわけがない。

 犯罪すれすれどころか完全にブラックな状態の今を話して、負担をかけられるわけがない。


「すみません、今の私の事情をお話することはできません」

「そう、そうですか。何か特別な事情があるのですね。では、私どもにできることといえば、オーシア様へのお祈りを勧めることだけですね」

「申し訳ありません」

「いいえ、きっと何か心が洗われることでしょう。それ以外に何もして差し上げられませんが、ぜひそうしていってください」


 話さなければ、彼女らにできることがないのは仕方のないこと。

 でも、オーシアに祈りを……祈りを捧げろだなんて。

 そうはいっても、彼女らは好意で、できる限りのことをしたいという思いで勧めてくれている。


「わかりました。食事をいただいたこと、改めてありがとうございます」


 とても、不本意で、とても、許容できないことだけれど、それを断るなどとてもできなかった。

 併設された建物を、教会の正面に回り込んで入れば、オーシア像を中央奥に据えた礼拝堂に踏み込んでいた。まばらな礼拝者が礼拝用の長椅子に座って思い思いに祈りを捧げている。その様子を横目に、私は空いている席のあるところまで前に進んで、おもむろに座った。

 隣に誰もいない席のそこで、私は人生で始めて、オーシアへの祈りを捧げていた。



読んでいただきありがとうございます。

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