第7章 第2話「正しい写り方」
昼過ぎ、俺は再び奥の部屋に入った。
理由ははっきりしない。
ただ、
“見ておくべきものがある”
そんな感覚だけが、妙に強かった。
段ボールの前に座る。
昨日と同じ動作。
新聞紙をめくる。
かさり、と乾いた音。
その手触りが、やけにしっくりくる。
まるで、
何度も繰り返してきたみたいに。
写真の束を取り出す。
一枚ずつ確認する。
二人。
二人。
二人。
変わらない構図。
だが、
今日は、違って見えた。
空白の部分に、
“何かがある”ような気がする。
見えないのに、
そこに“いる”とわかる。
俺は一枚の写真を手に取った。
庭。
俺と修二。
何度も見たはずの構図。
それなのに、
妙に整っている。
しっくりくる。
違和感が、ない。
昨日までは、
どこか“足りない”感じがあったはずなのに。
それが、消えている。
むしろ、
“これが正しい”と思える。
その変化に、
ほんの一瞬だけ、引っかかる。
だが、
すぐに消える。
気にするほどのことじゃない。
そう判断する。
俺は写真を裏返した。
白い面。
何も書かれていない。
昨日見た“文字”は、もうない。
だが、それでいい。
必要ない。
知らなくていい。
そんな感覚が、自然にある。
写真を戻そうとして、
手が止まった。
別の一枚が目に入る。
少し色褪せている。
端が折れている。
見覚えがある。
何度も見たはずの一枚。
なのに、
どこか違う。
俺はそれを手に取った。
――三人。
思考が、一瞬だけ止まる。
呼吸がわずかに乱れる。
だが、
驚きはなかった。
そこに三人いることが、
当然のように感じられる。
中央に立つ、一人。
その顔が、
はっきりと見える。
もう、ぼやけていない。
完全に認識できる。
その顔は――
俺だった。
今の俺。
そのままの顔。
表情も、
視線も、
すべて一致している。
違和感はない。
むしろ、
最初からこうだった気がする。
なぜ今まで違って見えていたのか、
そっちの方が不自然だった。
三人。
修二。
そして、俺。
構図は完成している。
欠けていたものが、
きちんと埋まっただけだ。
そのとき、
背後から声がした。
「……それ、どこで見つけた」
振り返る。
修二が立っていた。
いつの間にか、入口にいる。
その目が、
明らかにさっきと違っていた。
驚きと、
警戒。
そして、
確信。
「これか?」
俺は写真を軽く持ち上げた。
「ああ」
短い返事。
「束の中にあった」
そう言うと、
修二の眉がわずかに動く。
「……昨日、なかったよな」
「そうだっけ」
自然に返す。
本当に覚えていない。
あってもなくてもいい。
重要じゃない。
そんな感覚。
「それ、貸してみろ」
言われるままに渡す。
修二はじっと見つめる。
長い沈黙。
写真と、
俺とを、
交互に見比べる。
「……どうした」
声をかけると、
ゆっくり顔を上げた。
「……これ」
言いかけて止まる。
言葉を選んでいる。
「……お前、こんな顔だったか?」
一瞬だけ、引っかかる。
だが、
すぐに消える。
「どういう意味だよ」
「いや……似てるんだけど」
「だけど?」
「なんか、違う」
その言葉が落ちる。
俺は軽く肩をすくめた。
「昔の写真だしな」
「……そういう問題じゃない気がする」
修二はまた写真を見る。
そして、俺を見る。
明らかに、
何かを測っている。
俺はそれを見て、
ふと思う。
――なんで、そんなに気にする?
三人いる。
俺がいる。
それだけだ。
何もおかしくない。
「……なあ」
修二が低く言う。
「これ、いつの写真だと思う」
「子供の頃だろ」
「じゃあ、なんで“今の顔”なんだ」
少しだけ考える。
だが、
疑問は浮かばない。
「たまたまだろ」
そう言った瞬間、
空気がわずかに冷えた。
修二が完全にこちらを見る。
その目に、
はっきりとした違和感。
「……たまたまで済ませるのか」
「それ以外に何がある」
「……」
沈黙。
だが、
その沈黙の中で、
確実に何かが決まっていく。
こいつは、
気づいている。
何かがおかしいと。
そして、
それを言うべきか迷っている。
俺はそれを見て、
初めて思った。
――おかしいのは、こいつじゃないか?
その発想は、
驚くほど自然に出てきた。
違和感はない。
むしろ、
一番しっくりくる。
俺は写真を受け取り、
もう一度見る。
三人。
正しい構図。
何も問題ない。
すべてが、
あるべき場所に収まっている。
なのに、
修二だけが、
そこから外れている。
俺は静かに言った。
「……修二」
「ん?」
「お前、ちょっとおかしくないか」
その瞬間、
修二の表情が固まった。
ほんの一瞬だけ。
だが、
はっきりと。
俺はそれを見て、
なぜか安心した。
“ズレているのは、自分じゃない”。
その認識が、
静かに確定する。
もう疑う必要はない。
俺は正しい。
ここにいるべきなのは、俺だ。
そう思えた。
それが――
決定的な間違いだった。




