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3人目のわたし  作者: 無記名
第7章
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第7章 第1話「同時存在」


 夢を見ていた。


 場所は、変わらない。


 祖母の家の庭。


 昼の光。


 蝉の声。


 湿った空気。


 何度も見てきたはずの風景。


 だが、


 今回は、違っていた。


 視点が低い。


 いや、


 低いというより、


 “戻っている”。


 子供の頃の高さに。


 その違和感に気づいた瞬間、


 自分の立ち位置が確定した。


 庭の中央。


 あの写真と同じ場所。


 左右に、人の気配がある。


 右に、修二。


 左に――


 誰か。


 見なくてもわかる。


 そこにいる。


 確実に。


 これまでと違うのは、


 そいつが“ぼやけていない”ことだった。


 輪郭がある。


 はっきりとした人の形。


 ただし、


 顔だけが見えない。


 そこだけが、


 意図的に削られているみたいに曖昧だ。


 俺は動けなかった。


 体が固定されている。


 写真の中の人物みたいに。


 そのとき、


 隣の“誰か”が、


 ゆっくりとこちらを向いた。


 視線を感じる。


 顔は見えないのに、


 目だけが合っているとわかる。


 異様に生々しい感覚。


 逃げたいと思う。


 だが、


 動けない。


 そのまま、


 そいつが一歩、踏み出す。


 距離が縮まる。


 おかしい。


 一歩で詰まる距離じゃない。


 なのに、


 もう手が届く。


 そいつは、


 手を伸ばした。


 まっすぐ、


 俺の首へ。


 その瞬間、


 理解が反転した。


 ――違う。


 これは、


 “いつもの夢じゃない”。


 これまでの夢は、


 絞められていた。


 だが、今回は違う。


 視点が、逆だ。


 俺は、


 “絞める側”にいる。


 気づいた瞬間、


 感覚が流れ込んでくる。


 指の圧。


 皮膚の温度。


 喉の柔らかさ。


 締め上げたときの抵抗。


 息が止まる瞬間。


 それらすべてが、


 寸分の狂いもなく一致する。


 自分のものじゃないはずなのに、


 完全に“自分の記憶”として成立している。


 視界の中で、


 “もう一人の自分”が苦しんでいる。


 首を押さえ、


 声にならない声を漏らしている。


 顔はまだ曖昧だ。


 だが、


 わかる。


 あれは、


 “俺だ”。


 その確信だけが、


 揺るがない。


 そして、


 さらに気づく。


 絞めている“手”が、


 自分のものじゃない。


 位置が違う。


 力の入り方が違う。


 骨格が、微妙に異なる。


 なのに、


 感覚だけが完全に一致している。


 つまり、


 俺は今、


 “そいつの内側から、自分を見ている”。


 理解が追いついた瞬間、


 視界が歪んだ。


 像が二重になる。


 重なり合う。


 どちらが本体か、


 判別できない。


 絞めているのか、


 絞められているのか。


 どちらも同時に成立する。


 境界が消える。


 そのとき、


 耳元で声がした。


「……思い出したか」


 低い声。


 抑えた、感情のない響き。


 誰の声かは、


 考えるまでもなかった。


 “もう一人の俺”。


 答えようとする。


 だが、


 言葉が出ない。


 その間にも、


 指の力が、少しだけ強まる。


 苦しむ“俺”の顔が、


 ほんの一瞬、


 はっきりと浮かび上がる。


 そこにあったのは、


 今の自分とほとんど同じ顔。


 違うのは、


 わずかな歪みだけ。


 目の奥の光。


 表情のズレ。


 それだけ。


 だが、


 その差が決定的だった。


 “どちらかが本物で、どちらかが違う”。


 そう直感させるには、十分すぎる違い。


 次の瞬間、


 意識が切れた。


 *


 目が覚めたとき、


 呼吸が少しだけ乱れていた。


 それ以外に異常はない。


 体は動く。


 痛みもない。


 夢の感覚は、すでに薄れている。


 だが、


 ひとつだけ残っている。


 ――あれは夢じゃない。


 根拠はない。


 だが、


 確信だけがある。


 あれは、


 “過去”だ。


 あるいは、


 “これから起きること”。


 時間の向きが、曖昧になっている。


 前後の区別がつかない。


 だが、


 どちらにせよ、


 “自分に属する出来事”だ。


 その理解が、


 抵抗なく受け入れられている。


 恐怖はない。


 ただ、


 そういうものだと納得している。


 俺は体を起こした。


 首に手を当てる。


 何もない。


 だが、


 感触だけが残っている。


 締められた記憶と、


 締めた記憶。


 両方が。


 混ざっている。


 区別がつかない。


 その状態が、


 すでに“自然”になりつつある。


 俺は立ち上がる。


 廊下に出る。


 足音が響く。


 ひとつ。


 ――いや、


 もうひとつ、


 わずかに重なっている。


 そう感じた。


 だが、


 すぐに否定する。


 気のせいだ。


 そう判断する。


 それで問題ない。


 そう思える。


 居間に入る。


 修二がいる。


 こちらを見る。


 一瞬だけ、


 視線が止まる。


 それから、


 何もなかったように戻る。


「おはよう」


「ああ」


 短い会話。


 変わらない。


 はずなのに、


 空気にわずかなズレがある。


 修二が、


 こちらを見ている。


 観察するように。


 確かめるように。


 その視線に、


 ほんのわずかな警戒が混じっている。


 まるで、


 “どっちなのか”を見ているみたいに。


 その意味を、


 俺は考えなかった。


 考える必要がないと思った。


 ただ、


 ひとつだけ、


 妙な違和感が残る。


 ――あいつ、


 こんな顔だったか?


 その違和感は、


 すぐに消える。


 不要だと判断される。


 俺は何も言わず、


 席に着いた。


 問題ない。


 すべて、いつも通りだ。


 そう思える。


 その“思えてしまうこと”が、


 どこかで静かに、


 歪み続けていた。

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