表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3人目のわたし  作者: 無記名
第4章
PR
15/40

第4章 第1話「重なっている」


 その夜は、すぐに眠れた。


 ――落ちた、という感覚に近かった。


 意識が沈む前に、

 足場だけが先に消えたみたいに、

 一瞬で下へ引きずり込まれる。


 暗転。


 気づいたとき、俺は立っていた。


 庭だった。


 祖母の家の庭。


 昼間の光。

 蝉の声。

 湿った空気。


 全部が、やけに鮮明だ。


 現実と区別がつかない。


 それでも、


 “これは夢だ”という認識だけが、

 どこかに残っている。


 俺は動けなかった。


 足が地面に固定されている。


 視線だけが、ゆっくりと動く。


 庭の中央。


 子供が三人いる。


 修二。


 そして、俺。


 小さい頃の姿。


 その隣に、


 もう一人。


 いる。


 はっきり見える。


 今度は、輪郭が揺れていない。


 普通に立っている。


 なのに、


 顔だけが理解できない。


 見えているのに、

 意味が入ってこない。


 そいつが、ゆっくりとこちらを向いた。


 目が合う。


 逃げ場がない。


 次の瞬間、


 身体が動いた。


 勝手に。


 一歩。


 また一歩。


 止められない。


 距離が縮まる。


 そいつとの距離が。


 近い。


 近すぎる。


 あと一歩で触れる。


 その距離で、


 そいつが口を開いた。


 音は聞こえない。


 だが、


 言葉だけは、はっきりとわかる。


 ――お前だろ


 その瞬間、


 首に強い圧迫感が走った。


 息が止まる。


 視線を落とす。


 自分の手が、そこにある。


 誰かの首を掴んでいる。


 強く。


 指が食い込んでいる。


 感触が、はっきりと伝わる。


 皮膚の柔らかさ。

 内側の硬さ。

 脈の動き。


 全部、現実と同じだ。


 掴んでいる相手の顔を見る。


 見える。


 はっきりと。


 ――俺だ。


 子供の頃の俺。


 その首を、


 今の俺が掴んでいる。


 息が詰まる。


 どちらの呼吸か、わからない。


 掴んでいる側か、


 掴まれている側か。


 区別がつかない。


 境界が、曖昧になる。


 どちらも自分だ。


 どちらも苦しい。


 どちらも、離せない。


 手が動かない。


 力を抜けない。


 むしろ、


 ゆっくりと強くなる。


 指が沈む。


 喉の奥で、何かが潰れる感触。


 そのとき、


 背後で足音がした。


 振り向けない。


 だが、わかる。


 もう一人、いる。


 すぐ後ろに。


 同じ位置に。


 同じように立っている。


 そいつが近づいてくる。


 距離が消える。


 重なる。


 俺と。


 ぴたりと。


 その瞬間、


 視界が二重になった。


 同じ景色が、少しだけズレる。


 二つの視点。


 どちらも自分。


 どちらも正しい。


 その中で、


 首を絞める力だけが強くなる。


 ――やめろ


 そう思う。


 だが、


 その思考がどちらのものか分からない。


 止めたいのか、


 止めたくないのか、


 判別できない。


 そのとき、


 掴んでいる“俺”が、笑った。


 声はない。


 だが、笑っているのがわかる。


 同時に、


 “自分も笑っている”と気づく。


 視界の中で、


 同じ顔が、同じように歪んでいる。


 それが、


 ひどく自然だった。


 限界だった。


 息ができない。


 意識が落ちる。


 どちらの意識かも分からないまま、


 暗転した。


 *


 目が覚めた。


 勢いよく体を起こす。


「っは……!」


 呼吸が荒い。


 肺が焼けるように痛い。


 手が震えている。


 首に触れる。


 何もない。


 跡も、傷もない。


 だが、


 締められていた感覚だけが残っている。


 息を吸うたびに、


 喉の奥が軋む。


 部屋は暗い。


 夜のまま。


 静かだ。


 静かすぎる。


 夢だ。


 そう思う。


 だが、


 あれは、


 “ただの夢”じゃない。


 わかる。


 あれは、


 何かの“再現”だ。


 思い出したわけじゃない。


 だが、


 “そうだった”という感覚だけが残っている。


 手を下ろす。


 そのとき、


 違和感に気づく。


 指の内側。


 さっきまで何かを掴んでいた感触が、


 まだ残っている。


 圧迫。


 沈み込む感触。


 それが消えない。


 視線を落とす。


 自分の手。


 暗闇の中で、ぼんやりと見える。


 ――動いている。


 ほんのわずかに。


 意思とは関係なく。


 ぴく、と。


 もう一度。


 ぴく。


 遅れて、


 もう片方が動く。


 タイミングが、ずれている。


 まるで、


 もう一つの動きが重なっているみたいに。


 背筋に冷たいものが走る。


 ゆっくりと顔を上げる。


 部屋の隅。


 何もない場所。


 そこに、


 “誰かが立っている前提の空間”がある。


 昨日よりも、近い。


 距離が縮まっている。


 目を逸らせない。


 逸らした瞬間に、


 “そこに収まる”。


 そんな感覚がある。


 だから、見続ける。


 何もない場所を。


 ずっと。


 ――いる。


 そう思った瞬間、


 背後で呼吸音がした。


 一つ多い。


 俺のものじゃない。


 首のすぐ後ろ。


 浅く、不規則な呼吸。


 その位置。


 夢の中で、


 “重なっていた場所”。


 完全に一致する。


 俺は動けなかった。


 振り向けない。


 振り向いたら、


 見える。


 はっきりと、わかる。


 だから、


 そのまま固まる。


 呼吸だけが重なる。


 自分のものと、


 もう一つ。


 やがて、


 同じリズムになる。


 ぴたりと。


 重なった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ