第三章 水野澪
玲司には、死体を見ることには慣れている。
研究者としてではない。
父親が葬儀屋だったからだ。
幼い頃から、
人が死ぬということを、
周囲の人間より少しだけ身近に知っていた。
死んだ人間は静かだ。
怒らない。
笑わない。
喋らない。
ただ、
そこにいる。
だから玲司は、
「死者が何かを持っていく」
という考え方が嫌いだった。
死者は何も持っていかない。
生きている人間が、
記憶を持ち続けるだけだ。
そう思っていた。
だから、
水野澪に電話をした。
『久しぶり』
「昨日会っただろ」
『研究室で三時間話しただけでしょ』
「聞きたいことがある」
『何?』
「死亡直前の患者の体重って測ってる?」
『突然どうしたの』
「いいから」
『まあ、ベッドの重量センサーなら』
「変化する?」
沈黙。
『……どうして?』
「あるんだな」
『玲司』
「どのくらい?」
『数十グラム』
「最大は?」
『……780グラム』
玲司の指が止まった。
「いつから?」
『正確には分からない』
「何人?」
『五人』
「全員?」
『死亡した』
「その前に体重が増えた?」
『そう』
「何秒くらい?」
『十秒以内』
玲司は目を閉じた。
「そのとき、患者は何か言った?」
澪は答えなかった。
「澪」
『……一人だけ』
「何て?」
『「誰か来た」って』
「誰が?」
『分からない』
「見えてた?」
『本人はそう言ってた』
「どんな人?」
しばらく沈黙したあと、
『玲司』
「うん」
『その患者さんね』
「うん」
『最後にこう言った』
「何て?」
『「先生、あの人、重いですね」』
玲司は言葉を失った。
電話の向こうで、
澪が小さく息を吐いた。
『私も最初は、せん妄だと思った』
「俺もそう思う」
『でもね』
「うん」
『その人が亡くなった直後、ベッドの重量が』
澪はそこで言葉を切った。
『780グラム増えたの。』
玲司は黙った。
『それから、戻った』
「どのくらいで?」
『三秒』
「三秒……」
『ねえ玲司』
「何?」
『あなたの研究室で、何かあった?』
「……どうして?」
『声が怖い』
玲司は笑おうとした。
失敗した。
「ちょっとだけ、変なデータが出た」
『どんな?』
「21.3グラム」
電話の向こうが静かになった。
『……それ、最初の人と同じ』
「何?」
『一人目の患者』
玲司の背筋が冷えた。
『死亡直前に増えたの』
「21.3?」
『うん』
「その後は?」
『42.6』
玲司は立ち上がった。
『63.9』
「……」
『最後に780』
電話が切れた。
玲司はしばらくスマートフォンを握ったまま動かなかった。
そして、
研究室の測定台を見た。
誰もいない。
何もない。
それでも、
彼には見えた。
アルミ板の中央に、
人間一人分の、
わずかなへこみが。




