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恋する金魚は愛で濁った水を啜る  作者: 疾患乙女α


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13/14

【Day12】

 金曜日のキャンパスは、一週間の中で最も浮き足立った空気に包まれている。

 周囲の学生たちが週末の予定を声高に語り合う中、私は講義室を逃げ出すように飛び出し、あの薄暗い裏庭へと走った。

(今日こそ、今日こそ……)

 明日からは土日だ。母の完全な監視下に置かれ、息の詰まるような『メンテナンス』を受け続けなければならない地獄の二日間。

 その前に、どうしてもあの『泥水』を補充しなければ、私は週末を乗り切れない。周防さんのざらついた声とタバコの匂いを肺の奥まで吸い込んで、私の中にある『母のマス目』をもう一度めちゃくちゃに壊してほしかった。

 しかし――。

 生垣を抜けた先、古びたベンチには誰もいなかった。

「……っ」

 三日連続の、不在。

 膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、私はベンチの横にある自動販売機の前に立った。

 透明なアクリル板の向こうで、百二十円のチープなミルクティーが並んでいる。火曜日に、周防さんが私に向かって放り投げたのと同じものだ。

 私は震える手で財布を開き、硬貨を投入口にねじ込んだ。

 ガコン、と重い音を立てて落ちてきた缶を掴み取る。そして、誰かに見とがめられる前に、急いでプルタブを引き開けた。

 プシュッという音と共に、あの人工的な甘い香りが広がる。

 私は目を閉じ、缶に口をつけて、その茶色い液体を一気に喉へ流し込んだ。

「…………あれ?」

 一口飲み込み、私は呆然と立ち尽くした。

 甘い。確かに、舌が痺れるほど甘い。母が絶対に許さない、チープな砂糖と香料の味だ。

 それなのに、ちっとも美味しくないのだ。

 火曜日に飲んだ時は、あんなに世界が反転するほどの衝撃だったのに。喉の奥が焼け焦げるような、甘くて恐ろしい毒の味がしたのに。

 今私が飲んでいるこれは、ただの甘ったるい、薄っぺらな砂糖水でしかなかった。

 なぜだか、すぐにわかった。

 この液体には、『彼の命令』が含まれていないからだ。

「飲めば」というあの気怠げな声。私の輪郭を暴力的に上書きする、強引でざらついた意志。それがない状態で、私が自分の意志で勝手にルールを破ったところで、何の意味もないのだ。

 私は親に対する『反抗』がしたかったわけじゃない。

 母の引いたマス目から逃れるために、もっと強い力を持った『新しい飼い主のマス目』に、私を力ずくで縛り付けてほしかっただけなのだ。

 命令されなければ、私は正しくルールを破ることすらできない。

 自発的なエラーなど、ただのバグだ。誰かに操られて初めて動くことができる、中身の空っぽな操り人形。それが私という存在の正体だった。

 手の中の缶が、ひどく冷たく感じられた。

 ぬるくなった砂糖水を見つめながら、私は絶望的な金曜日の夕暮れの中で震えていた。

 明日から二日間。彼の匂いも、彼の命令もないまま、私は母の冷たい無菌室で完璧な展示品を演じなければならない。


(周防さん。……周防さん、)

 助けて。

 誰にも届かない悲鳴を飲み込みながら、私は半分以上残ったミルクティーを、震える手でゴミ箱へ投げ捨てた。


【本日の水質記録】

  濁度: 4%(維持)

  状態: 自発的な汚染行動(市販品の摂取)を試みるも、汚染源(周防)の命令がないため精神的な充足を得られず。重度の依存状態を自覚。明日の完全密閉(週末)に向けて、水圧が危険領域に突入。

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