第九話:知識の代償、あるいは魂への毒
技術的知見: 4万年代の医療は、魂を削る作業だ。生き続けるためには、肉体の苦痛だけでなく、精神の崩壊にも耐えねばならない。
ルーカスが語る「真実」は、修道女たちの鋼の信仰にひびを入れ、絶望という名の毒を注ぎ込む。だが、彼は知っている。救いのない真実こそが、最後に残された唯一の武器であることを。
多くのことを自慢できるが、私は一度も意識を失わなかった。薄れゆく意識を繋ぎ止め、あらゆる不快感と激痛に耐え続けた。
だが、時折、眠ってしまいたいと思うこともあった。戦姉たちが負傷者に施す、非人道的だが効率的な処置を目の当たりにした時は特にだ。
私はテーブルの上にいた。傷口は塞がれ、あのアドミラブルな審問官よりはマシな状態だった。
時間はゆっくりと流れた。私は仰向けのまま、不自由な姿勢でスケッチを続けた。あの暗殺者のような女性や、スキタリの精密な動き、修道女たちの武骨な武装を。
「……絵を描くのは嫌いなんだがな。そういえば、このスマホのゲームはまだ動くんだろうか」
独り言をこぼすと、サーボスカルが唸りを上げ、壁に張り付いたケルビムが虫のように飛び立った。
部屋には、常に監視の目があった。高所のコントロールパネルではテックプリーストが聖歌を口ずさみながら調整を続け、ロシオ(Rho-C.1.0)が時折様子を見に来た。
「ルーカス。ファリハム(食べる)」
彼女は私の名前を呼び、食事を差し出した。この時代の「食事」は、以前に吐き出した胆汁の袋よりも酷い見た目だった。
私はサーボスカルを通じて、修道女や司祭たちに語りかけ続けた。
「セバスチャン・ヤリックの映画はないのか? オルクを叩きのめす彼なら、最高のコンテンツになるはずだ……。それとも、これは異端かな?」
私の冗談に、兜の奥から乾いた笑い声が漏れた。
戦場では狂信的な彼女たちも、ここでは一人の女性だ。人類に対する罪を犯していない者など、この銀河にはいない。
私は、紫色の肌をした「友」――ジーンスティーラー・ハイブリッドの女性に、サーボスカルを通じて尋ねた。
「君たちは何歳なんだ?」
彼女は私の手をサーボスカルへと導き、50歳ほどだと答えた。彼女たちの遺伝子は、過酷な環境での生存に特化している。
だが、その会話は修道女たちの反感を買った。2000年代の「テクノバーバリアン」が、異端の変異体と親しげに話す光景は、彼女たちの理解を超えていたのだ。
「……すまない、翻訳を忘れていた。一つ頼みがあるんだが、抱きしめてくれないか? 単なる好奇心だ」
私の突飛な要求に、彼女は優しく首を振った。
私は話題を変え、悪魔学について語り始めた。私が生きた時代にも「悪魔」はいたが、それは形を持たない「絶望」という名の化け物だった。
そして、私は禁忌に触れた。「テラ(地球)」だ。
私の言葉が再生されると、部屋の空気が一変した。修道女たちの顔に、殺意と恐怖が混じる。
50歳だというあの女性が、私に寄り添い、甘えるような仕草を見せた。
「テラの情報をすべて引き出したいのか?」
私は4万2千年間の独身生活(!)に終止符を打つかのような、その奇妙な接触に困惑しながらも、話を続けた。
「皇帝は……死ぬだろう。黄金の玉座は、彼が死ぬと同時にすべてを焼き尽くすよう設計されている。ヴォルカンが仕掛けた自爆装置だ。テラも、火星も、この宙域もすべて消える」
修道女たちの嗚咽が聞こえた。神の死を語ることは、彼女たちの世界の終わりを意味する。
「カストーデス(皇帝の近衛兵)も、今はただの人間で穴埋めされている。皇帝は知っていた。愛した者たちに裏切られ、この『ウェブウェイ』計画が失敗した瞬間から、玉座は救済ではなく、永遠の牢獄に変わったのだと」
静寂が支配する部屋で、一人の修道女が震える声で尋ねた。
「……私たちの犠牲は、無駄だったのですか? 私たちの信仰は、ただのカウントダウンの燃料に過ぎなかったのですか?」
私は彼女の目を見た。鎧の下にある、怯えた少女の瞳を。
「終わりが来るからといって、努力が無価値になるわけじゃない。太陽がいつか燃え尽きると知っていても、私たちは木を植え続けるんだ。皇帝は神ではなく、君たちが『彼を必要としなくなること』を願った、ただの男だったんだよ」
「……ならば、私たちには何が残るのですか?」
「……『しぶとさ』だ。銀河が私たちを消し去ろうとしても、私たちは消えることを拒む。異端やゼノスの家畜になることを拒む。私たちは愚かで、偏屈で、人類であるために戦い続けるんだ」
私の言葉に、修道女たちは立ち尽くした。
私はロシオに頼み、放送設備のある部屋へ向かった。私は彼女たちに、毒ではなく、魂を燃やすための最後の「祈り」を捧げることに決めた。
マイクのスイッチを入れ、私は声を絞り出した。
最後の祈祷(高貴語・和訳)
「私は己の罪を認める。君たちの信仰を否定し、希望の脆さを暴いた。
だが、祈りとは救済を求めるためのものではない。神聖なる苦難への招待なのだ。
我ら人類は、滅びゆく運命を受け入れ、同胞のために時間を稼ぐために死にゆく。それは地獄のような戦場での、栄光ある死だ。
英雄とは、栄光を求めた者ではない。目の前にあるべきことを成し遂げ、さらにその先へ進んだ者のことだ。
やがて空は暗転し、すべてが赤く染まるだろう。だが、大地は裂け、死んだと思われていた人間たちの叫びが響き渡る。その叫びは、我らが奈落の底で再会するまで、永遠に鳴り止まない。
『永遠に傷を負いし神』となった皇帝に、我らは跪く。弾丸が肉を貫こうとも、我らの歩みは止まらない。死してなお、私は戦い続ける。迷える子羊たちのために、安らかな家を守るために。
我が身を聖杯とせよ。我が肉体を大地を潤す蜜とせよ。新たな人類が芽吹くために。
人類のために、ただ人類のために。それこそが、帝国の真の願いなり」
私はマイクを置いた。ロシオは怯えたように私を見ていた。
私はふらつく足で立ち上がり、かつての「ベッド」を探した。
一人の修道女が私の肩を掴んだ。彼女は泣いていた。
私は親指を立てた。
「……レオ(ライオン・エル=ジョンソン)に、義姉さんの正体を教えてやらなきゃな……。まあ、冗談だ。みんな、寝る前に精一杯泣いておけよ。仰向けに倒れるのを忘れるな」
私は、自分自身がこの世界の「毒」であり、同時に「最後の告白者」であることを自覚しながら、闇の中へと沈んでいった。
第9話を読んでいただきありがとうございます。ルーカスが人類4万年の歴史を背負い、信仰を失った者たちに「絶望の中の誇り」を説く、シリーズ屈指の名シーンとなりました。
高貴語(ラテン語)で行われた彼の演説は、工場の隅々にまで響き渡り、人々の魂を震わせました。
次なる章、彼を待つのは審判か、それとも新たなる戦いか。物語はクライマックスへと加速します!




