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第七話:帝国の慈悲への謝意、あるいは肉体の限界

技術的知見: 知識とは呪いである。特に、それが失われた過去の合理性に基づいている場合、狂信的な未来においては「奇跡」か「異端」のどちらかに分類される。

ルーカスが提案する「熱効率の改善」や「廃材の再利用」は、万機神オムニシアの司祭たちにとって、理解不能な聖歌のように響いた。肉体が悲鳴を上げる中、彼は鉛筆一本で帝国の停滞に抗おうとする。

目を開けた。正確には左目だけだ。右目は腫れ上がり、全身に激痛が走る。両腕は、損傷を修復するための無骨なフレームに固定されていた。サーボスカルが放つスキャンの光が、ただでさえ痛む目を刺激する。

プラットフォームからは、重機の駆動音が響く空が見えた。かつて人間であったはずの三つの影が、異様な足取りで近づいてくる。

「マゴス・ビオロジス……また会えて光栄だよ」

無理に笑みを作ると、全身を機械化したその女性は、小さく笑い声を上げたような音を立てた。

「……」

高位のテックプリーストが応じる。

「マゴス・ドミヌス、それに……マゴス・誰かさん。正直、誰が誰だか区別がつかないが、階級があることだけは理解しているよ」

私は精一杯の誠実さを持って答えた。サーボスカルたちが、私の買い物袋とスマートフォンを慎重に運んできた。マゴスは、ロックされたスマートフォンを興味深げに指差した。

「OK Google。……『お会いできて光栄です』をラテン語で言ってくれ」

鼻の奥が痛むのを堪えて叫んだ。スマホの画面が流れるように動く。

『Salve, iucundum te convenisse.』

スマホが礼儀正しく応えた。私はその反応に満足し、さらに続けた。

「OK Google。……『怪我のせいで対応は遅れるが、ベストを尽くす。君たちが長い間見たこともないような成果を見せてやる』と伝えてくれ」

不敵に言い放った。奥歯を噛み締め、痛みに耐える。周囲には放射能を纏ったスキタリたちの気配があり、本能的な恐怖が背中を走る。

私の声が再生されると、マゴス・ビオロジスは奇妙な期待感を漂わせた。

「OK Google. scire volo quomodo laboras.(お前の仕組みを知りたい)」

最古参と思われる司祭の、かつて人間であった残滓から漏れるような掠れた声が響いた。だが、スマホは反応しない。私の声にしか反応しない設定なのだ。司祭は不機嫌そうな電子音を鳴らした。

私は痛みを堪えて前へ進んだ。この場所の「快適さ」など、非人道的なものに決まっている。鋼鉄の椅子に座り続ければ、いつか自分も機械の一部にされてしまうだろう。

工場の通路は、産業的な冷徹さで効率化されていた。だが、私の目にはその「効率」が、あまりにも多くの無駄を内包しているように見えた。

彼らはスマホと通信しようと必死だったが、私の声なしではアシスタントを呼び出すことすらできない。

私は、彼らが「発明」をせず、ただ「情報の収集と隠蔽」に終始していることを見抜いた。私の役割は、彼らのニーズ――工場の維持と拡大――に合わせた「失われた知識」を小出しにすることだ。

私は、プロメチウムを燃料とした熱効率の高い「多層式鍛造炉」のアイデアを練った。廃材となったバイオセメントを断熱材として利用し、一つのバーナーで複数の炉を制御する。彼らの「巨大こそ正義」という美学を逆手に取り、階層構造による熱循環を提案するつもりだった。

マゴス・ビオロジスが私を凝視している。彼女の体は他の司祭と異なり、背後に何かを「格納」できそうな奇妙な構造をしていた。

「OK Google。……『ラテン語で翻訳。3日3晩待て。新しい鍛造炉の設計案を見せてやる』と」

サーボスカルから翻訳された言葉が響くと、司祭たちは動揺した。万機神の聖なる作品を、ただの人間が「改良」するなど、傲慢の極みだからだ。

「勘違いしないでくれ。私は新しいものを作るつもりはない。ただ、忘れ去られた知識を、今の君たちの問題に合わせて『再発見』するだけだ」

私は説明した。

「OK Google。……ラテン語で。……『新しいものを創るのではない。失われた知識を回収し、現在の問題を解決するのだ』」

言葉が苦く感じられた。彼らを説得できるかはわからない。だが、マゴス・ビオロジスだけは、私に自由裁量を与えることに異様に前向きだった。

私はスキタリが持っていた鉛筆を手に取り、壁に図解を描き始めた。シリカの抽出方法、石炭、貝殻、灰を利用したローマ・セメントの応用……。

だが、腕を固定された状態での描画は困難を極めた。激痛が走り、鉛筆を床に落としてしまう。

膝の力が抜け、崩れ落ちた。「肉は脆弱なり(Flesh is weak)」という言葉が、文字通り私の体を駆け抜けた。

私は諦めなかった。唇で鉛筆を拾い上げ、無様な格好で壁に線を引いた。二酸化炭素の循環、吸気と排気の熱交換……。

「……」

マゴス・ドミヌスが、蟹のような動きで興奮しながら近づいてきた。彼はこの「原始的な人間」によるデモンストレーションを、神聖な儀式のように観察していた。

私はさらに、カオスの紋章やジーンスティーラーの脅威を描き、それらを封じ込めるための「下層階級の環境改善」の重要性を訴えようとした。

だが、私の図解は、彼らにとってはあまりにも異質だった。

アシスタントを搭載したサーボスカルはどこかへ消えていた。説明する術を失った私に、強烈な電撃が走り、魂を揺さぶった。

私はそのまま、冷たい床へと崩れ落ちた。

第7話を読んでいただきありがとうございます。ルーカスが「肉体の限界」と「言語の壁」に苦しみながらも、必死に帝国の技術をアップデートしようとする回でした。

鉛筆を口に咥えてまで知識を伝えようとする彼の姿は、テックプリーストたちの目にどう映ったのか。

そして、彼に下された無情な「電撃」。彼は単なる「バッテリー」として扱われるのか、それとも……。次回、工場の深淵でルーカスの真価が問われます!

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