第五話:悪魔的二日酔い、あるいは魂の不法投棄
技術的知見: 魂に質量はないとされるが、不変の質量を持つ「意思」は異次元において慣性を生む。異形の神々の前で最善の策は、祈ることではない。彼らの巨大な構造の一部を物理的に破壊し、その「不条理」を逆手に取ることだ。
地獄から生還した後に待っているのは、救済ではなく、好奇心に満ちたメスを握る機械教団の司祭たちである。
最初に感じたのは、凍てつくような寒さだった。
私は決して信心深い人間ではなかったし、自分の命に価値を置いたこともない。自販機を壊そうとするナイフ持ちの狂人の前に立つのも、壊れた機械の修理も、私にとっては似たような頭痛の種でしかなかった。だが、この寒さは妙に心地よかった。
内臓が剥き出しになったような地獄を漂いながら、目の前に現れた「下級悪魔」たちを眺める。自称・神々を名乗る連中の本体でないことくらいは、今の私にも分かった。
「おい、喋れるぞ。……もし俺に何かを選ばせようとか、『救世主』を待てとか言うつもりなら、いっそマラル(絶滅神)の意志に従って四柱まとめて相手にしてやる。魂を引き裂きたいなら、さっさとやれ。もたもたしすぎだ……」
私の声が、その恐怖の空間を切り裂いた。距離感が狂っていたのだ。彼らは近くにいるのではなく、あまりにも巨大で遠くにいた。一人の人間の声など彼らにとっては不遜なノイズに過ぎないはずだが、その感覚はあまりにも不条理だった。
「……」
彼らの声は精神的な地震となって響き、周囲を漂う他の魂たちを拷問にかけていた。
さっぱり理解できない。遠すぎるし、近すぎる。あるいは、サイズそのものが discordance(不一致)なのだ。私は不気味な流れに身を任せていた。これは「至高の天」の激流だ。
私は手足を動かそうとした。この流れを利用する術があるはずだ。
その時、近くを漂っていた魂が触手に捕らえられた。チャンスだ。私はその異形の突起にしがみつき、彼女――あの女性が見せていたのと同じような輝きを放つ「脳」のような部位に飛びついた。
柔らかい物質の中に指を、あるいは体ごと沈める。それは激しい苦痛を伴う叫びを上げた。私は手、足、そして口を使ってしがみついた。脳を食うのは趣味ではないが、生焼けのヤギの脳味噌よりはマシだろう。
異次元の怪物は、自身の精神を蹂躙する「暴力的な獣」に対し、サイキックな悲鳴を上げた。
「死んだんなら、もっと手際よく成仏させろ!」
叫んだ瞬間、私は弾き飛ばされ、虚無へと放り出された。数多の魂が押し流される中、私は混乱していた。これが人間の末路なのか、あるいは混沌に抗う者の運命なのか。
その時、フロントガラスにぶつかった蝿のように、私は何かに衝突した。それは「イミテリウム」を爆走する、無数の火器と非論理的な空気抵抗を備えた「岩の戦艦」だった。
「この汚ねぇ人間が! ボスの船にぶつかってタダで済むと思うなよ!」
船の窓を(宇宙空間だというのに!)開けて、緑色の肌の乗組員――オルクが叫んだ。
「お前のボスの船より、人間の船の方がよっぽど頑丈でスマートだぞ!」
言い返した。ワープの騒音は凄まじかったが、私のメッセージは届いたらしい。オルクはひどく侮辱されたような顔をして、窓をバタンと閉めた。
衝突の衝撃を利用し、私は慣性の法則を味方につけた。次に衝突したのは、絡み合う肉体で覆われた甲殻類のような形状の「円形劇場」だった。そこでは、性の境界が曖昧な、だが淫らな姿をした異形の者たちが躍り狂っていた。
私の「魂」という名の衝突が、彼らの悦楽の儀式を台無しにした。
「……」
スラーネッシュの悪魔たちが、速度を上げて遠ざかっていく私の魂を呪うように鋭い悲鳴を上げた。
さらに衝撃が続く。数千年の暴力が積み上げた骨の構造物を突き抜け、私は「永遠の暴力の砂漠」へと向かった。そこでは血の川が流れ、絶え間ない殺戮が繰り広げられていた。
「……」
そこには、巨大な「頭蓋骨の玉座」が鎮座していた。一目で分かった。コーン(血の神)だ。
激突。衝撃で土台の頭蓋骨が粉砕され、塵が舞う。血に飢えた悪魔たちが憎悪を込めて近づいてきた。だが私は立ち上がれなかった。足元では頭蓋骨が崩れ続けていた。
私は最悪をさらに悪化させることにした。この玉座の構造を、シロアリのように内側から食い破ってやる。
私は頭蓋骨の壁に体当たりし、一つ、また一つと頭蓋骨を抜き取っていった。悪魔たちが「臆病者」と罵りながら追いかけてくるが、彼らが剣を振るうたびに頭蓋骨の山は不安定さを増していく。私は嘲笑った。
狡猾さこそが、圧倒的な暴力を打破する武器だ。コーンの軍勢が私のパナい存在を消し去ろうと殺到するが、彼らは気づいていない。
「……」
悪魔たちの顔が、恐怖(あるいは驚愕)に変わった。主が玉座に戻ろうとしたその瞬間、土台は限界を超えたのだ。
「ああっ!」
光が目に飛び込んできて、私は叫んだ。
全身が地獄のように熱く、同時に凍えるように痛む。肺は乾ききり、視界に入ったのは――解剖台の上に広げられた自分自身の「内臓」と、それを見つめる数十人の男たちの嫌悪に満ちた視線だった。
「……」
赤い法衣を纏った女性が、計算外の反応に喜びを隠せず拍手していた。彼女は生命維持装置を内蔵した重厚なアーマーに身を包んでおり、この「アデプトゥス・メカニカス(機械教団)」の司祭たちの中でも高位にある者のようだった。
頭が割れるように痛い。あの岩に何度もぶつかった記憶が現実の痛みとしてフィードバックされている。
「あの……ここはいつの時代だ? ……それと、タナ茶を一杯。あとオートミールクッキーをくれ……」
執刀していたマゴス・ビオロジス(生物賢者)は、信じられないほどの速さで私に詰め寄った。その巨体は戦車のように重厚だったが、動きは滑らかだった。
「……」
彼女は機械音声で、驚喜しながらまくしたてた。生きたまま開腹され、意識を取り戻した検体など、彼女の膨大なデータにもないのだろう。
一人のテックプリーストが口を挟もうとしたが、彼女は激怒し、工具の載ったトレイを投げ飛ばした。私の腎臓が入っているであろうホルマリン瓶が宙を舞う。
「……」
一人の軍医が必死で腎臓を受け止めた。賢者は私に複数の機械腕を伸ばし、顔を近づけてきた。聖油と乾燥した肉の臭いが鼻を突く。
「……」
私の脊髄に太い針が突き立てられた。魂が受けた暴力的な痛みの上に、さらなる薬理的な衝撃が重なる。意識が遠のく中、誰かの怒鳴り声と、賢者の機械的な咆哮が聞こえていた。
第5話を読んでいただきありがとうございます。ルーカスの「ワープ放浪記」は、まさに狂気。オルクの宇宙船に激突し、コーンの玉座をシロアリのように崩壊させるその胆力は、もはや人間を超えています。
しかし、現実はさらに過酷。目覚めればそこは機械教団の解剖台。自分の内臓を眺めながらクッキーをねだるルーカスのメンタルがどこまで持つのか。
そして、彼を解剖しようとした「賢者」の真の狙いとは……。次回、物語はさらに加速(物理的にも精神的にも)します!




