第十二話:対峙、あるいは魂の配管工
審問官の記録: 真理とは、時に腐肉の中に隠されている。ルーカス・ゴンザレスは、帝国の教義を「効率の悪い設計図」として笑い飛ばし、人類が恐れる悪魔を「制御不全のエネルギー」と定義した。
審問官アンバーリー・ヴェイルの鋭い眼光の前で、彼はテロリズムならぬ「熱力学」を武器に戦う。古びた缶詰の肉と蠢く蛆虫を使い、彼は銀河の裂け目を閉じる理論を提示した。それは希望ではなく、純粋な演算。彼が求めた報酬は、勝利の栄光ではなく、一杯のタンナ茶と「おかしな帽子」だった。
重金属の調べ(ヘヴィメタル)を背に、私は初めての瞑想を試みていた。無意味だったが、心は落ち着いた。生まれつきの違和感から逃れるには、それしかなかった。
「進め。そこから出ろ」
学者の言葉に従い、私は鎖を引きずりながら一歩ずつ踏み出した。目の前には、帝国の権威そのもののような女性、アンバーリー・ヴェイルが立っていた。彼女は翻訳機を使わず、直接私に語りかけた。
「ルーカス、あるいは『シジライト』を自称する者よ。霊魂のない鋼の時代から来た幽霊の気分はどうだ? ククレクサスの前で欠伸をするとは、よほど退院が待ち遠しいのか、それとも死に急いでいるのか」
「お会いできて光栄です。いや、悪気はなかったんです。メカニカスの連中があまりに長く手術をするもんで、体が睡眠を欲しただけで」
私は微笑んだ。彼女は冷たい沈黙の後、私の過去の記録をなぞるように質問を重ねた。修道女たちとの会話、そして彼女たちが抱く「希望」という名の盾を私がどう粉砕したか。
「俺はただ、彼女たちに現実を見てほしかっただけだ。希望なんてのは墓石に刻むための文字、土壇場での気休めに過ぎない。君たちが『混沌の神々』と呼ぶ連中は、神ですらない。単なる人間の『罪の集合体』だ」
私の言葉に、彼女は眉一つ動かさず、話を続けるよう促した。私は、この時代の宗教的な思考停止が、かつての指導者ネオス(皇帝)やマルカドールが意図した「人類の自立」からいかに乖離しているかを説いた。
「君たちは深淵を死体で埋めて満足している。だが星々を見上げるのを怖がっている。そこにあるのは新しい深淵ではなく、未知への不安に過ぎないのに」
アンバーリーはコンソールに寄りかかり、私を「管理ミスで生き残った設計不良」と評した。
「ブレイクは貴様を悪魔だと信じ、エフラエルは時間の無駄だと言った。だが私は、貴様がただの『不良品』だと思っている」
「……君も、何も分かっていないんだな」
私は笑った。自分の声が渇いているのを感じた。彼女はデータタブを投げ、私が描いた「ディスフォーミティ粉砕機」について説明を求めた。
「なぜ、死にかけた銀河の配管修理に執着する? 貴様は何を望んでいる。この『ホワイト・リセット』とやらで何を得るつもりだ?」
私は大笑いした。喉が焼けるような、正気とは思えない笑いだ。
「それだよ! 言葉が通じないんだ。あのオルクの方がまだ理解があった。彼は俺を殴り倒す前に、俺が嘘をついているかどうかを確かめようとしていたからな!」
私は机の上に、提供された腐った肉の缶詰をぶちまけた。這い回る蛆虫、腐敗臭。私はその汚物をこねくり回し、ホログラムの投影図の上に塗りたくった。
「君たちは水を上に押し上げようとしている。黒石の柱を『反発』モードで使っているが、次元の裂け目には逆位相の『吸引』が生じているんだ。これは扉を押し開けようとしている奴に対して、取っ手を引いて対抗しているようなもんだ。効率が悪すぎる」
私は蛆虫の一匹を潰し、その残骸で理論を補完した。
「エネルギーを拒絶するんじゃない。逆に招き入れろ。裂け目の中にフィボナッチ数列に従ったフィードバック・ループを作るんだ。混沌を飽和させ、自食させる。大食漢に胃袋が破裂するまで食い物を与えるようなもんだ。これは神学じゃない、基礎的な熱力学だ」
ヴェイルの瞳に、初めて「好奇心」という名の亀裂が入った。
「その過程で新しい神が生まれるリスクは?」
「それが君たちの問題だ。ノイズを悪の神だと恐れているが、今の銀河には、魂を支える以上の『悪意の神々』が溢れすぎている。俺にはただのノイズにしか見えない。カイン……あのコミッサーも知っていたはずだ。恐怖は目的地ではなく、エンジン(動力)だということを」
私は汚れた手を拭い、檻へと戻ろうとした。背後でアンバーリーが呼び止めたが、私は振り返らなかった。
「説明は机の上に置いてある。あとは君たちの番だ。……ああ、それと。お茶会を要求する。報酬はタンナ茶と、おかしな形をした審問官の帽子がいい。いくつか必要になりそうだ……」
私は独房の暗闇に座り込んだ。蛆虫に噛まれた舌が血の味をさせたが、それはここ数週間で最もリアルな感覚だった。私は「ラスボス」を相手に、誰も招待されないティーパーティーを提案したのだ。
第12話を読み終えて、ルーカスとアンバーリー・ヴェイルの「知の火花」が散る様子に圧倒されました。
特に、腐肉と蛆虫を使って「次元の裂け目の閉じ方」を説明するシーンは、彼がいかに既存の価値観から外れた存在であるかを象徴しています。ヴェイルがカインを引き合いに出したのも、ルーカスの「生存への執着」と「実利主義」に共通点を見出したからでしょう。
「おかしな帽子」を要求するルーカスの姿は、不敵でありながらどこか哀愁を感じさせます。次章、果たして彼はタンナ茶を飲みながら、銀河の配管修理を始められるのか。審問局の動向から目が離せません!_**




