第2話 カスク(犬の子)
建長二年(1250年) 冬・十三湊
千代丸の乗った船が行方知れずになった。
若狭湾から戻る船の者が言うには、不運な季節風「あなじ」で海に沈んだということだ。天に見放されたか、畜生腹の定めか、儂にはわからん。捜索するほどの余裕は、この家にはない。それでも親としての希望として、どこかで生きていてほしい。それだけだ。
「殿、覚源様がお見えです」
せめて供養だけでもと思っていた矢先だった。
「これは、覚源様、忙しいところ忝い(かたじけない)」
「なに、勤めじゃ。それにしても……あの才覚。惜しいのー」
千代丸を最もよく理解してくれていた覚源様の言葉が、重く、苦しい。
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今日は寺で、船に乗った者全ての供養をする日だ。身内を失った者たちが、皆、集まっている。
「父様、千代丸に会えないのが寂しい」
阿久丸が無邪気に話しかけてくる。そうだ、これが子供の感情というものだ。千代丸は大人びていて、可愛げというものがなかった。まるで弟と話すような、あるいは家臣と話す感覚に近かった。儂は少し、千代丸に距離を置いていたかもしれん。
最後に頭を撫でてやったのは、いつだったか。もう思い出せない。
―――
あの不幸な事件から一年が経った。
我が家に四男が生まれ、元気で利口だと周りが言う。千代丸の生まれ変わりではないかという声も聞こえる。ただ儂は、元気で育ってもらいたい。それだけが望みだ。
「阿久丸よ、竹若丸の兄として手本になれ」
「はい、父様」
元気な返事が返ってきた。
―――
建長二年 冬・ルィヴン(北樺太)イドイー集落
ここに着いて、一年が過ぎた。
ニヴフ(吉里迷)のイドイーの集落で、村長の計らいにより家を提供してもらった。「ト」と呼ばれる冬の家、すなわち竪穴式住居だ。マイナス三〇度を超える極寒の冬を越すために、地面を一メートルほど掘り下げ、太い流木で骨組みを作り、土とピート(泥炭)、草の皮などを厚く被せた造りになっている。外見は小さな「土の丘」のように見えるが、中に入ると驚くほど暖かい。土とピートが最強の断熱材となっているからだ。中央には炉があり、常に火が焚かれている。煙は天井の穴から出るが、窓がないため内部は薄暗く、煙とアザラシの油の匂いが立ち込めている。
(十三湊の屋敷の温かさとは、まるで別の話だ。だがこれで生きていける)
漂着して怪我と低体温で衰弱していた者たちは、この「ト」の中に運び込まれ、火のぬくもりで蘇生した。船乗りの鉄造、十三、波介も、ようやく顔色が戻ってきた。
村長のトグル――「鉄」という意味を持つ名だ――の家で自分の名を名乗ったとき、思わぬことが起きた。
「千代――千年も生きる、か。それは悪霊に食われてしまうぞ! 今日からお前は『カスク(犬の子)』だ」
長老のトグルが、俺にニヴフ流の幼名を無理やり授けた。悪霊から守るための、この地の習わしだという。文化のギャップはあるが、ここはニヴフのイドイー村だ。
(郷に入っては郷に従え。ここにはここの神がいる)
無理に仏門を進めるつもりもない。それで俺はカスクと名乗ることにした。あとで由利源兵衛がそれを知り、無礼だと憤慨したが、きちんと説明したらトグルの愛情だと理解して納得した。
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元気な五郎太と俺は、先にチュフたちと日中の作業をこなす。
ただ座っているだけでは、冬の停滞した空気の中で精神が削られる。俺は自分の「手」を動かすことでコミュニティに貢献し始めた。まず道具の修繕だ。武士の家系として刃物の研ぎ方や紐の結び方(結縄術)には多少の心得があったので、ニヴフの狩猟具の補修を手伝った。
(狩猟具は命を繋ぐものだ。感謝されて当然だが、それ以上に俺自身が救われる)
このあたりから、我らへの態度が変わってきた。知恵のある者は歓迎される。
次に文字と記録だ。持っていた筆と墨で、ニヴフの言葉や周辺の地形を紙に書き留める。
(これは後に十三湊へ帰還した際の「北方地図」の原型になるはずだ)
村長のトグル、戦士チュフを漢字で当て字にして地面に書いて見せたら、ひどく喜んでくれた。自分の名が「文字」になるということは、どの時代のどの民族にとっても、特別な体験らしい。
そして犬たちの世話だ。ニヴフの生活に欠かせない「犬ぞり」の犬たちに餌を与え、雪の中で共に過ごす。十三湊では犬に触れることなど無かったが、ここでは彼らが冬の足になる。孤独を癒やしてくれるのも、また彼らだった。
ある日、餌を与えた子犬が俺の指に噛みついた。血が出た。俺が顔をしかめていると、チュフが無言で近づき、俺の手首を取って傷口を確かめた。そのまま何も言わず、ぐいと離した。
翌朝、俺の「ト」の入り口に、乾燥させた薬草の束が置いてあった。誰が置いたかは分からなかった。しかし分かった。
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ルィヴン(北樺太)の海岸線は凄まじい吹雪に包まれる。
安東氏の御曹司として、絹の衣や白米、温かな炭火の火鉢を知っていた俺にとって、ニヴフの冬の家「ト」での生活は、まさに異世界でのサバイバルだった。
住居の内部は、入り口から奥へ進むほど神聖とされ、家族の座席が決まっている。漂着者である俺は最初、入り口近くの「客人の席」に座らされた。そこは外気が入り込む、最も寒い場所だ。しかし、俺が認められるにつれ、炉に近い場所へと迎え入れられていく。それがここの掟だった。
寝床は乾燥させた草やアザラシの皮を幾重にも敷き詰めた上に横たわる形だ。寒さ対策として、自分の持っていた直垂の上に、ニヴフから与えられた魚皮の服や犬の毛皮を重ねて被る。
共寝の習慣もある。極限の寒さの中では、一族が寄り添って体温を分け合って眠るのだ。延暦寺で独り静かに座禅を組むはずだった俺にとって、他人の体温と脂の匂いの中で眠ることは、大きな衝撃だった。
(だが、これが生きるということか)
一夜明けて目が覚めるたびに、そう思う。
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食事は生きるための「エネルギー効率」を最優先したものだ。
主食はユコラ(乾燥サケ)。秋に獲って干しておいたサケを、小刀で削ってそのまま、あるいは炉の火で少し炙って食べる。硬く、噛みしめるほどに鼻に抜ける独特の匂いが、やがて「生きている実感」に変わっていく。
御馳走もある。モス(Mos)という料理だ。魚の皮を煮てゼラチン状にし、そこにアザラシの油、ベリー類、水苔などを混ぜて凍らせた伝統食で、甘酸っぱさと脂の濃厚さが混ざり合った未知の味がする。最初は受け付けなかった俺も、これを食べなければ極寒を越せないことを本能で悟った。口の中で脂が溶けるたびに、体の奥から熱が湧いてくる。
(これだ。これが、極北の知恵だ)
飲み物は雪を溶かした水か、野草を煎じた茶のようなもの。十三湊で当たり前だった白米の飯や椀の汁が、別の世界の話のように遠くなっていく。
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吹雪で外に出られない日は、炉の火を囲んでニヴフの男たちが物語(英雄叙事詩)を語る。俺はその話を書き写して、いずれ役立てるつもりだ。炉の灰の上に指で「日本の都」や「大きな船」を描き、自分たちがどこから来たのかを伝えると、ニヴフの人々は俺の描く「黄金の国」の話を、まるで神話のように聞いた。
言葉の習得は一筋縄ではいかない。村長のトグルや戦士チュフの言うことは頭の中でイメージできるが、発音がうまくいかず、その練習は欠かせない。アイヌ語を少し話せる五郎太は覚えが早かったが、由利源兵衛は大変苦労した。
「下手に知識があると、それが邪魔をするんですなあ」
由利源兵衛が炉端でため息をつく。その横で五郎太がニヴフの子供と笑いながら単語を覚えている。人というのは、笑いながら学ぶほうが早いのかもしれない。
天気の良い日には、ニヴフの若者に連れられて雪原を犬ぞりで駆け抜ける。寺に送られるはずだった俺が、今やアザラシの油を顔に塗り、犬ぞりを巧みに操って雪原を疾走している。腰には、かつて住職の蓮慶から授かった数珠と、ニヴフの魔除け(イナウ)が並んで揺れている。
(年老いて、寺でスローライフを送るのが夢だったはずが)
十一歳から極限のスローライフを送ることになるとは。しかし、この厳しい冬を越えたとき、俺の目には「安東氏の御曹司」ではない、別の何かが宿っているはずだ。
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建長三年 春・ルィヴン(北樺太)
五月頃に雪解けが始まると、俺の生活は劇的に変化した。
ニヴフの人々は湿気を避けるために、冬の「ト」を捨て、海岸に近い「ケ・ラ(高床式住居)」へと移動する。風が吹き抜ける高床の家。寝床は地面から数メートルの高さに変わり、冬の「脂の匂い」に代わって「潮風と森の匂い」に包まれた。
夏のルィヴンは巨大な蚊やブヨの宝庫だ。俺はニヴフの教えに従い、乾燥させたヨモギやハーブを焚いて、その煙の中で眠る。天然の蚊取り線香というわけだ。寝具はアザラシの皮から、樹皮(カバノキの皮)を編んだマットへと変わった。
食事は保存食ばかりだった冬とは一転し、驚くほど新鮮になる。海が明けると同時にニシンの大群が押し寄せ、俺はニヴフの子供たちに混じって素手や網で捕まえ、串に刺して焚き火で焼いて食べる。
「脂が違う」
思わず口に出た。十三湊で食べた高級な白米はないが、脂の乗った魚の旨みは格別だ。五郎太が隣でニシンにかぶりつきながら、「まったくです」とうなずいた。
秋が近づくと、ラ(アムール川)や周辺の河川にサケが遡上してくる。これが一年で最も忙しい時期だ。ニヴフの女性たちがサケの皮を丁寧にはぎ取り、洗って乾かす作業を手伝う。その皮が、自分たちが着ている「魚皮衣」の材料になると知ったのはこのときだ。
(捨てるものが何一つない。全てを使い切る。それがここの流儀だ)
夏はニヴフにとって「外交」の季節でもある。俺はニヴフの男たちが操る「シイ(くり舟)」に同乗し、アザラシを追って沖に出たり、対岸の大陸(山丹地方)へ交易に向かったりする。そこで俺は、十三湊の船乗りから教わった「星の位置」や「雲の形」による天候予測を披露した。ニヴフの船頭たちから「星を読む少年」として重宝され、カスク(犬の子)から少しばかり格が上がった気がした。
森に入りユリの根を掘り出したり、野生のベリーを摘んだりする作業も立派な仕事だ。これらは冬の貴重なビタミン源として加工される。
秋が深まったある日、村全体が静まり返った。
「イオマンテ」だ、とチュフが教えてくれた。熊送り。大切に育てた仔熊を、この世から神の国へ送り返す儀式だ。
俺はその仔熊を知っていた。春から村の子供たちと遊び、餌をねだって俺の袖を引っ張った、あの熊だ。
儀式が終わった後、トグルが俺に問うた。
「お前の国にも、こういう別れがあるか」
俺は少し考えて、答えた。
「あります。形は違いますが、同じことかもしれません」
トグルは静かにうなずいた。それ以上、何も言わなかった。俺も何も言わなかった。
(仏も、ニヴフの神も、「別れ」の悲しさだけは同じ言葉を使うのかもしれない)
(道具を修繕し、地図を書き、星を読み、犬の世話をする。俺は今、何者なのだろう)
分からない。だが、今日も誰かの役に立った。それだけは確かだ。
俺は紙に、ニヴフの生活を記録し続けている。夏の長い日照時間を利用して、ルィヴン(北樺太)に咲く花や、ニヴフが崇めるクマの姿を写生する。寺で学ぶはずだった「仏の教え」と、目の前にある「万物に霊が宿るニヴフの信仰」が、俺の中で静かに溶け合っていく。風や波に祈りを捧げるニヴフの姿に、仏教の真理を見出そうとは思わない。ただ、目の前のその姿が、理屈抜きに真理そのものに見えるからだ。
―――
秋の夕暮れ、海岸に立って俺は遠く南の空を見つめた。
足元には、ニヴフの少女から贈られた「サケの皮の靴」がある。
このまま、ここでニヴフとして生きるのか。それとも、この北の知恵を携えて、日ノ本へ戻るべきか。
波の音だけが、答えの代わりに繰り返し打ち寄せた。
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※ この一年間で千代丸が記録した「北方の地形と民の暮らし」は、後に安東氏が北方交易を再編する際の礎となる。だが、それがいつのことかを、この時の千代丸はまだ知らなかった。




