↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/4

第1部 終焉戦争の末路・中編

 終焉戦争、最終日。


 その朝、エリアーナは目を覚ました瞬間から、胸の奥に小さな違和感を抱えていた。


 何かが起きる。


 精霊たちが告げたわけではない。敵軍から特別な情報が届いたわけでもなく、王立騎士団からの作戦説明も、これまでと大きく変わるものではなかった。


 それでも――今日は、何かが違う。


 そんな気がした。


「……今日が……その日なのかも」


 身支度を整えながら、エリアーナは小さく呟いた。


 窓の外には朝の光が差している。


 いつもと同じ王都。

 いつもと同じ王城。


 けれど、その景色さえ少しだけ違って見えた。


 戦争が終わる。終わるのなら、それでいい。

 ずっと願っていたことだから。


 けれど、終わる直前だからこそ。


 ――怖い。


 戦争を終わらせたくない人間がいる。

 自分が生きていると困る者もいる。

 精霊使いの本懐を使わせたい人間も、きっとまだ、どこかにいる。


「エリアーナ」


 背後から静かに呼ばれた。

 振り返れば、すでに戦装束を整えたノクスが立っている。


 白銀の髪。普段はラフにおろしている前髪も、今日は戦場仕様にオールバックでまとめられている。

 二本の長剣。黒銀に紫を纏う、エリアーナの装備と対になる甲冑に大きな外套(マント)。

 何度も戦場で見てきた姿だ。


「準備できた?」

「うん」

「じゃあ行くぞ」

「……うん」


 返事をしながら、エリアーナはノクスの背中を見つめた。


 ずっと、この背中を追いかけてきた。

 十四歳で初めて戦場へ立った日から。

 怖くて。震えて。

 それでも、この人の後ろなら――前を向けた。


 今日……それが『最後』になるかもしれない。


 そう思った瞬間、言葉が勝手に口から零れた。


「ノクス」


「ん?」


「今まで、ありがとう」


 ノクスの足が止まった。


 ✦ ───────────── ✦


 ノクスの振り返った顔には、何の表情もなかった。


「……何?」


 低い声。たった一言『何』とだけの返事に、エリアーナは少しだけ驚いた。


「え?」

「今、何て言った?」

「……ありがとうって」

「その前」


「今まで……」


 言い終える前に、ノクスが一歩近づいた。


「それ」


 声が冷たい。


「二度と言うな」


 エリアーナの身体が、びくりと震えた。


「……ノクス?」


「今までありがとう、って」


 怒っている。

 それも、今までエリアーナが見たことがないくらい。

 怒鳴らない。だが確実に、ノクスの怒りがエリアーナへ伝わっている。

 ノクスは一度目を閉じ、強く息を吐いた。


 そして次の瞬間――エリアーナをぎゅっと抱きしめた。


「……っ」


 お互いの戦装束越しでも分かる。

 いつもより強く抱きしめられている。


「勝手に最後にするな」


 エリアーナの耳元に、震える声が響く。


「前に約束しただろ」


 十五歳の誕生日。


 死にたくないと初めて口にした夜。

 二人で生きて帰ると約束した日。


「でも、今日……」

「今日が最後だったとしても」


 ノクスの腕に、さらに力が入る。


「戦争が最後になるだけだ」


 エリアーナは息を呑んだ。


「お前の人生まで、今日で終わるみたいに言うな」

「……」

「俺、あの日言ったよな?」



 生きろ。

 一緒に帰ろう。



「最後まで足掻くんだろ?」


「……うん」


「なら」


 ノクスは身体を離し、エリアーナの肩へ両手を置いた。

 淡い紅の瞳を、深い蒼色の瞳が真正面から見る。


「最後なんて決めないで、二人で足掻く!」


 エリアーナの目に涙が滲んだ。


「二人?」

「ああ」


「ノクスも一緒?」

「当たり前だろ」


 少しだけ、いつもの顔に戻った。


「俺は専属護衛だぞ」

「……うん」

「護衛対象に一人で格好良く死なれたら、俺の仕事なくなるだろ」


「今……それ言う?」

「今だから言うんだよ」


 エリアーナは、泣きながら笑った。

 ノクスも、少しだけ笑った。


「帰るぞ」

「どこに?」

「家」


 エリアーナは少し考えて。


「……ルシアン家?」

「そうだ」


「帰ったらフェリアおかあさまのご飯食べる」

「うん」


「お庭のネコちゃんも抱っこする」

「うん」


「あと……」


 エリアーナは涙を拭った。


「ノクスに、明日も大好きって言う」


 ノクスは、少しだけ目を細める。


「じゃあ決まり」


 剣へ手を添えた。


「今日は死んでる暇ないな」


「……うん!」


 二人はゆっくりと歩き出す。最後の戦場へ向かうために――。


 ✦ ───────────── ✦


 戦場指定地のルミナリア王国内砂丘地帯へ到着すると、嫌な予感は現実になった。


 侵攻国側。ルミナリア王国の精霊資源を狙う三国連隊。

 兵士の数は、これまでとは比較にならない。

 さらに、魔導人形。飛行型魔導兵器。遠距離魔導砲。

 ありとあらゆる兵器が砂丘の向こうへ並んでいた。


 王立騎士団長ヴァルクは敵陣を見渡し、小さく息を吐いた。


「……全部持ってきやがったな」

「和平交渉が始まる前に、一度叩いておきたいんだろ」


 ノクスが答える。


「だろうな」


 ヴァルクは大剣を肩へ担ぎ、後ろにいるエリアーナを見る。


「姫さん」

「はい」

「怖いか?」


 エリアーナは少しだけ考えた。そして――。


「怖いよ」


 正直に答えた。

 以前なら、言えなかった。言葉に出来なかった。


 怖い。

 死にたくない。


 そう言うことは、弱いことだと思っていた。

 でも、もう違う。


「でも」


 国王アルシオン自らの手で作られた両手杖を握る。薄桃色の大きな精霊石が静かに光る。


「帰るって決めたから」


 ヴァルクはにやりと笑った。


「上等だ! ……エリアーナ、一緒にルシアン家へ帰るぞ!」


 開戦の合図が、砂丘に響いた。


 ✦ ───────────── ✦


 エリアーナは、最初から全力を出した。

 けれど、以前のような。何もかも自分一人で守ろうとするそんな全力ではない。


 守るもの。止めるもの。壊すもの。


 それぞれを、分ける。


 稀代の大魔導士でもあるフェリアから、教わったこと大切なことを思い出しながら。


『全部を助けようとすると重くなるのよ』


『じゃあどうするの?』


『誰に、何を、どこまで。術式に役割を与えるの』


 あの時は、分からなかった。でも――今なら、分かる!


「精霊さん、お願い!」


 六つの光が、砂丘へ広がった。

 味方も敵も関係ない。


 人間を守る結界。

 爆風を受け止める結界。

 倒れた者へ張る、小さな防護壁。


 その一方で、命を持たない魔導人形。魔導兵器。人工兵器。

 これかの動きは、確実に止める。


「――バインド!」


 純白の光が砂丘を走る。

 騎士団員を避ける。侵攻国兵士も避ける。

 そして、魔導人形だけ正確に絡め取った。


 腕。脚。術式中枢。


 エリアーナが一人繰り出す制御魔法で次々と動きを止めていく。


「ノクス!」

「おう!」


 エリアーナの魔力が、一気にノクスへ流れる。

 紫色の焔が二本の剣へ宿った。

 熱くない炎。紫色の焔は紅と蒼に分かれ、それぞれの剣で静かな焔となる。


 紫焔。


 これまでは二人の心を繋ぐために、使っていた魔力共鳴。エリアーナとノクスだけが取り扱える、唯一無二の精霊術だ。


 その炎が、この日初めて――明確な武器になる。


 ノクスが二刀を構えた。


「……なるほど」


 手を伝う感覚から分かる。説明などいらない。確実に剣で切れる。兵器に組み込まれている魔導術式そのものを。


「人には使わないでね!」

「分かってる!」


 ノクスが砂を蹴った。


 一体目。

 紫焔が、魔導人形の術式中枢を断つ。


 二体目。

 三体目。

 拘束され、動けない魔導人形だけを正確に壊していく。


「おとうさま!」


 エリアーナは叫ぶ。次はヴァルクへ――ノクスの実父であり、王立騎士団長でもある『おとうさま』へ。


「おう!」


 エリアーナは片手を伸ばす。

 ヴァルク自身の魔力へ、自分の魔法を静かに重ねる。

 ヴァルクの大剣に、漆黒の炎が一気に広がった。


「……へえ」


 ヴァルクが楽しそうに笑う。


「こりゃいいな」

「人には使わないでね!」

「分かっとるわ!」

「絶対だよ!」

「誰に言ってんだ!」


 ヴァルクが大剣を振るった。

 広範囲に黒炎の斬撃が走る。

 光に拘束された魔導人形だけが、まとめて薙ぎ払われる。


 ノクスが、一体ずつ正確に。

 ヴァルクが、広く一気に広範囲に。


 二人の――父と子。

 ルミナリア王国で、二人だけの魔法剣士。


 そのすぐ背後、エリアーナは両手杖を握ったまま戦場全体を見ていた。


 以前、自分の目の前にあったのはノクスの背中。

 ノクスの外套(マント)に隠れるように、いつもその後ろから戦場を見ていた。


 今日は違う。

 エリアーナは顔を上げた。


 怖い。

 でも――自分の目で見る。


 誰が傷ついている?

 どこに兵器がある?

 どこを止めれば、戦いが続かなくなる?


(……分かる)


 不思議なほど、戦場全体が見える。


「危ない!」


 侵攻国側の兵士が、暴走した魔導人形に巻き込まれそうになる。

 結界展開!

 透明な壁が、人間と兵器を分けた。

 侵攻国側の兵士は、目の前に展開された結界に驚き砂丘に座り込み、言葉が漏れた。


「……精霊使い……か?」


 エリアーナは答えない。

 次は味方。次は敵。彼女にとっては関係ない。人間だったら命を守る。ただそれだけを考えていた。


 ✦ ───────────── ✦


 やがて、前線の兵士たちは少しずつ気づき始めた。


 ルミナリア王国の精霊使いは、自分たちを攻撃しない。

 どれほど力を持っていても、人間へ攻撃魔法を一切向けない。

 その代わり、戦争を続けるための命を持たない兵器だけを確実に仕留めていく。


「……何なんだ、あれ」


 誰かが呟いた。


 戦場の女神。


 そう呼ばれていた。

 けれど、今日の姿は――癒すだけの女神ではない。


 誰を守るか。何を止めるか。何を壊すか。

 その境界を、一人の少女が決めている。

 剣を振るわず。攻撃魔法も使わず。

 それでも一人の少女が、戦場そのものを支配していた。


 ✦ ───────────── ✦


 侵攻国三国連合側陣営。

 後衛には、大勢の魔導士が一つの巨大な術式を組み上げ始めている。

 エリアーナは、すぐに魔力の異変に気づいた。


「……っ!」


 砂丘に流れる魔力量。

 今までとは桁が違う。

 複数の魔導士たちの共同術式だ。

 前線そのものを消し飛ばす、大規模魔法を発動させようとしている。


「ノクス!」


 紫焔が二人の心を繋げる。


(なんだ!)


(下がって! おとうさまも! 全員!)


 ノクスは理由を聞かない。が、即座に叫ぶ。


「親父! 全員下げろ!」

「了解!」


 ヴァルクが声を張る。


「全員後退!! 姫さんが何かやるぞ!!」


 前線にいる騎士団員が一斉に下がる。

 エリアーナは、両手杖を強く握った。



 ――守るよ。



 ノクス。おとうさま。騎士団のみんな。


 そして――この戦場にいる侵攻三国連合の人たちも。



 みんなを守る硬いもの。

 壁ではない。壁じゃダメだ。魔力を跳ね返すのではなく受け止める。

 受け止めた魔法を包んで散らす。全部を柔らかく受け流す。

 エリアーナの頭の中へ、護る形が浮かんだ。

 花。小さな花びらたち。花びらたちをひとつの『護る形』へ――。


「……できる」


 エリアーナは両手杖を砂丘へ突き立てた。


「――フローリス!」


 瞬間。


 砂丘に花が咲き誇った。


 白、淡い桃、薄い黄色。無数の小さな花びらが、風へ舞い上がり、重なり絡みあう。

 小さな花びらたちは、瞬時に大きな一枚の盾となる。


 同時に。


 侵攻三国連合の魔導師たちの術式が完成した。

 巨大な魔力の奔流が一直線に飛んでくる。

 轟音がうねり、砂上の空気が震える。


 ノクスは剣を握る。ヴァルクも大剣を構える。

 だが、二人とも動かない。

 今は、エリアーナを信じる。


 そして、魔力の奔流が小花の大盾に激突した。


「――っ!」


 花びらの盾が大きく波打った。

 一枚、花びらが散る。

 そこからまた小さな花が生まれる。


 また攻撃がぶつかる。

 今度は白。次は桃。次は黄色。


 爆炎ではなく、砂丘に花が舞う。


 砂しかない戦場を、色とりどりの花々が埋め尽くしていく。


 エリアーナは両手杖を握りしめた。


「負けない……!」


 十五歳の誕生日。

 死にたくないと言った。

 今日、生きて帰ると決めた。


 だったら、守る。


 自分も。ノクスも。おとうさまも。敵も。味方も。みんな、みんな――。


「みんな……生きて帰るの!!」


 最後の魔力の奔流が花びらの盾へ吸い込まれる。

 そして、ふわりと一面の小花へ変わり、舞いながら砂上へと落ちていく。


 戦場地の砂丘地帯全域が静寂に包まれた。

 残ったのは、吹き抜けるからっ風と一面の砂。

 そして、色とりどりの花びらたち。


 誰も、傷ついていなかった。


 ノクスが前線からエリアーナを見る。

 ヴァルクも見る。


 エリアーナは、両手杖を握ったまま、砂丘の馬の背に立っている。


 十五歳。

 精霊使い。第一皇女。戦場の女神。


 そんな肩書きは、もう意味をなさなかった。


 ただ、生きたいと願った一人の少女が立っている。


 そして彼女の選択が、今、戦場そのものを変え始めていた。


 人間を殺さない。

 兵器だけを止める。

 戦う者へ力を預ける。


 そして――攻撃を、花へ変える。


 その日、エリアーナ・ルミナリアは、初めて自分の命を使わず精霊使いとしての全力を使った。


 十五歳で死ぬ。


 実母や誰かから語られた、古い運命など必要なかった。


 生きたまま、守れる。

 生きたまま、戦える。

 生きたまま、未来を変えられる。


 それを、彼女自身が証明し始めていた。


 そして――


 紫焔を纏った二刀と黒炎を纏った大剣が、再び砂丘を駆け抜ける。

 エリアーナの意思を、剣へ変えて。


 ノクス・ルシアンと。

 ヴァルク・ルシアン。


 父と子。

 二人の魔法剣士が、残された魔導兵器へ向かう。


 その背後で、エリアーナは、もう俯かなかった。


 戦争を終わらせるために、自分が死ぬのではない。

 自分も、みんなも、生きてこの戦争を終わらせる。


 十五歳の精霊使いが最後に選んだのは、たった一つの悪あがき。


 それは、誰かの命を奪うことではない。

 誰一人、命を失わない未来を、諦めないことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。