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悠久の書館②

 ――悠久の書館。


 そこへと向かいながら、俺は簡単に彼女から場所についての説明を受けた。


 なんでもその書館は、亡くなってしまった彼女の祖父が建てた建造物であるとの事だった。


 ビブリオフィルだった彼女の祖父は、自身が集めた数えきれない程の書物を収納する為だけに、その建造物を建設したらしい。


 一体、それはどんな場所なのだろうか。


 想像が、どんどん膨らんでしまう。


 場所の説明を受けながら、彼女と一緒に大学近くにあった公園から歩いて十分程。


 生い茂る森の中に、注意深く観察しないと見つけられない一本の小道が見えた。


 こんな場所が、大学の近くにあっただろうか。


 少なくとも、俺は今まで一度も気づいたことがなかった。


 イリスは躊躇することなく、その狭い小道へ足を踏み入れていく。俺も黙って、その後を追った。


 頭上では木々の枝葉が重なり合い、空を覆い隠している。


 昼間だというのに薄暗く、落ち葉を踏みしめる音だけが妙に大きく響いていた。


 小道を歩いている途中、俺はまだ重要な事を彼女から聞いていない事を思い出した。


「そういえば、君の名前は?」

「あ、ごめんなさい。まだ名乗っていませんでした。私の名前は、文倉ふみくらイリスです」

「文倉イリス……文倉さんだね」

「あの、これから向かう場所には姉がいるので、その呼び方だと不都合が生じるかと。できれば、イリスと呼んでほしいです」


 姉とどちらを呼んだのか分からなくなる事を、彼女は懸念しているようだった。


 確かに、それならイリスと名前で呼んだ方が良いだろう。


「分かった。それじゃあ、イリス。よろしくね」

「あ……はい。よろしくお願いします、河本先輩」


 嬉しそうに笑うイリスの笑顔が眩しかった。


 先ほどまでは怯えたような表情を見せていたというのに、ふいにこうやって表情を緩ませる。


 それが、少しだけズルいと感じた。


「着きました。あの建物です」


 五分程歩いただろうか。小道を抜けた先、鬱蒼とした木々から囲まれるようにして二階建ての館が静かに佇んでいた。


 イリスと一緒に、建物の前までやってくる。見た目はまるで、西洋の館だった。その外壁は、時の流れを感じさせるかのように苔むしていた。


 木材の古びた香りが、風にのってここまで漂ってくるような錯覚を覚える。玄関の扉は木製で、黒ずんだ真鍮のノッカーが鈍く光りを反射している。


 扉の前には石畳の小道が続いており、その両脇には野草が生い茂っていた。そこだけを見てしまうと、手入れが行き届いていないようにも感じる。


 ふいにガチャリと、玄関の扉が向こう側から開かれた。そこから、一人の女性が姿を現す。


「あ、お姉ちゃん」


 イリスにお姉ちゃんと呼ばれたその人物は、俺の方にまるで射抜くかのような視線を送ってきた。


 彫刻のように、整った顔立ちをした美人だった。


 イリスとは対照的で立ち姿は堂々としており、軽く腕を組む仕草一つとっても、そこには確固たる自信が滲み出ているようだった。


 黒曜石のように艶やかな長い黒髪が背中まで流れ、それがわずかに揺れる度に、その存在感を際立たせる。


 すらりとした首筋から肩にかけてのラインはしなやかで、自然と視線を奪われるほどの美しさを持っていた。


「誰?」

「あ、えっと、初めまして。妹さんと同じ大学に通っている、河本了太と言います」


 とりあえず、自己紹介してみる。


 礼儀正しくお辞儀までして見せたのだが、イリスの姉と思われる人物は態度を軟化させる事なく俺を睨んでいた。


 何故だろう、とても警戒されているような気がする。


「イリスが男を連れてくるなんて……」


 今の言葉で、彼女が俺に対して警戒心を露わにする理由が分かった気がした。


「イリス……さんとは、さっき出会ったばかりでして。寒空の下で震えながら本を読む俺を心配してくれて、ここまで連れてきてくれたんです」

「もしかして、鍵をこの男に渡すつもり?」


 俺の言葉はまるで聞こえていないかのように、彼女はイリスに質問を投げる。


「えっと、うん、ダメかな?」

「……別に、イリスがそうしたいなら良いけど」


 話の内容に付いていけないのだが、そう言ったイリスのお姉さんは不承不承といった様子だった。


「河本先輩。この人は、文倉アリス。私の姉です」


 改めて紹介してもらったので、再度頭を下げておく。


 しかし、イリスの姉は俺の事を全く見ようとはしなかった。


 なんで、ここまで露骨に嫌われなくちゃいけないのだろうか。


「一つだけ、貴方に言っておく」

「あ、はい。なんでしょうか?」

「イリスに手出したら、ぶっ飛ばすから」


 なるほど、この人ただのシスコンだ。

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