3.勇者ハク、叱られる
「ハクあんたねぇ……」
魔王城地下一階、誰が呼んだか勇者酒場……の入り口前。
石畳の上で正座させられた勇者ハクが、目の前で仁王立ちした店長に延々とお説教されていた。
説教を受けている当の本人は、イマイチ納得のいかない顔で、だが神妙に店長の話を聞いている……フリをしている。
「店の中で暴れず我慢したのは百歩譲って褒めてあげてもいいわ。でもね、だからって店の鼻先でこんな派手におっぱじめやがって、一体何考えてるのよ!?」
「でも店は壊してな──」
「たとえ店が壊れなくても! 店先をこんな飛び散った血でビショビショにされたんじゃ、店も客も迷惑なの! ワタシが言ってること分かる? やるならやるでやる場所を考えなさいよって言ってるの!」
ハクが口を挟もうとするも、店長のお説教はとどまるところを知らない。
口調はオネェだが、店長はれっきとした雄牛だ。
いや違う。
店長はオスのミノタウロス だ。
巨人ほどではないものの体格がよく、肩幅が広すぎて、お気に入りのシャツは前のボタンが止められない。結果、胸筋が半分近く服からはみ出しているが、オスだから健全である。多分。
「第一、あんたなら巨人一人や二人、一発で気絶させるのも容易いはずでしょう。なのにあんな派手に大立ち回りやっちゃって勇者として恥ずかしくないの? 今朝魔王様に相手にしてもらえなかったのがそんなに悔しかった?」
「だってアイツが先に……」
不貞腐れて唇を尖らすハクに店長が痺れを切らして指を突きつける。
「あーもう、ホントにガキなんだから。何度同じこと言わせる気? いい加減、手加減の仕方を覚えなさいって言ってるのよこの脳筋おバカ。これでもう何度目よ?」
正座のハクを見下ろしながら、鼻息も荒く店長が問いただす。
途端、バカ真面目なハクが指を折って回数を数え始め、店長が呆れて野太いため息をついた。
店長の指摘どおり、勇者が説教を食らう姿もここ3ヶ月ですっかりお馴染みとなっていた。
一部の酒場の客は、それさえも余興の一つとして楽しみにしている。
因みにこの酒場、『勇者酒場』とは呼ばれてはいるが、別に勇者たちが経営しているわけではない。それどころか、勇者たちが魔王城にやってくるよりずっと前から開いていた。
だが、店長が魔王にボコボコにされた彼らを拾ってやり、この店で働かせ始めてからというもの、来る客らがはやしたてては揉めごとを繰り返し、いつのまにか誰もが『勇者酒場』と呼ぶようになってしまっていた。
「メルちゃんを見なさいよ。あんたがポンポン腕なんか切り落としたりするもんだから、あのクソ巨人なんかに貴重な再生魔法かけてくれてるのよ。可愛いメルちゃんに余計な手間かけさせて、少しは申し訳ないと思わないの?」
店長に指をさされたメルが、驚いたようにハクたちに視線を向け、キョトンと見返す。
その周りには数人の魔人が輪を作り、治療を終えた手にドリンクを差し出したり、かいてもいない汗を甲斐甲斐しく拭いたりと世話を焼きまくっていた。
数秒間、ハクとともにそれを見守った店長は、今見たものを無視して再度ハクに向き直る。
「でも、だから俺、手加減してモップの柄で──」
「シャルァアアアーップ! それで巨人族の腕叩き落としたんじゃ意味ないでしょ。勇者の腕力舐めてんじゃないわよ。己のバカ力をもっと自覚なさい」
ハクの必死の言い訳は、店長に百倍の勢いでまくしたてられてかき消された。ついでにモップの柄を拾ってため息をつく。
「大体、なんで店のモップの柄を折ったのよ? 抜けばいいでしょ抜けば! そのためにこの先が細くなってんのよ! 分かる?」
文句の勢いに合わせて、まだ血の滴るモップの柄の付け根をハクに向けてグイグイと差し出してくるが、雑に折れた先端がギザギザにとがっていて地味に怖い。思わず顔をしかめて店長を睨むハク。
店長はそれでも全く動じることなく先を続ける。
「店の備品は丁寧に扱えって、ワタシ何度も教えたわよね? その頭はお飾りかなにかなの? ああもう、そうよね、アンタ力はあるけど頭はからっきし……なんだったわ。そう、悪いんだったわアンタの頭、本当に……」
が、文句が途中から自問自答に変わり、最後は頭を抱える店長。
その目前、ハクがお説教から逃れようと何度もうなずいているが、勇者よ本当にそれでいいのか。
結局、店長の説教が終わる頃にはロンが水魔法ですっかり店先を洗い清め、先ほど倒された兵士はメルの魔法ですっかり全快し、大人しくなった巨人は念の為タロンにお姫様だっこされて衛兵の詰め所へと運ばれていった。
タロンの腕の中、恥ずかしさのあまり巨人が半泣きになっていたのには、流石の店の客も目を逸らしていた。
「ほら、あんたが要らない喧嘩買ったから、用意しておいた賄いが冷めちゃったじゃない」
やっと少し気が済んだのか、店長が辺りを見回して踵を返した。
「ロン、あんたの火魔法でちゃっちゃと温めて食べちゃいなさい。ハク、いつまでも座ってないで手伝って」
『賄い』の一言に目を輝かせながらも、正座のままジッと我慢していたハクが、名を呼ばれ飛び上がるように立ち上がり、店長を追い越して店の中へと飛び込んでいく。その様子だけみれば、年相応の少年にしか見えないのだが。
ハクの背を追ってカウンターに戻り、騒がせた侘びと言って客にエールを振舞いながら、店長は内心ホッとしていた。
(ハクが本気出してたら、この店なんて木っ端微塵だもの)
そう理解しつつも、店長が彼らを追い出したり、疎ましく思うことはない。
酒場の入り口を見れば、扉に隠れて店内の様子を窺う男の黒い影が目に入った。
騒動の一部始終を見守りつつも、いつ割り込もうかとタイミングを計っているうちに機を逃したのだろう。その不器用さに、店長の顔に苦笑いが浮かぶ。
『勇者』という理不尽を良く知る彼……いや彼女は、最後までハクたちの行く末を見守りつづけると最初から覚悟しているのだった。




