4. 指揮官アレク、腹が減る
魔王城地下一階、ハクと巨人の騒ぎのあと。
タイミングを見計らいながら、アレクが勇者酒場へ滑り込んできた。極力気配を消して、カウンターの端の席につく。そこが指揮官アレクの指定席だ。
気配を消してざっと店内を見回すアレク。
「…………」
アレクは別に勇者目当てでここへ来たわけではない。彼は元々この店の常連だ。
ずっと誰も来ない玉座の間にいても暇なので、時折抜け出してはこの姿で城内を散策したり、この店に集まる酔っ払いの様子を冷やかしに来ていた。
下手に喋るとボロが出るので、アレクは普段から誰ともつるまない。
にも関わらず、やたら絡まれ喧嘩を売られ、気づけば勝手に指揮官などという地位まで押し付けられた。
魔人社会は完全なる実力主義だ。誰ともつるまないが、絡みに来るもの全てを黙らせる彼は結局目立ってしまう。
他の常連もアレクを知ってはいるが、邪魔をすることはない。
これでは迷惑かとも思ったが、座っているだけでバカをやるバカが減るからいいのよと店長は言う。
とはいえ、店長が勇者一行を拾った話は聞いていた。
正体がバレてはかなわぬと、しばらく通うのを控えていたのだが。
目立たぬよう、静かに座るアレクの目前に、注文する間も与えず店長がエールの杯を差し出してくる。
「いらっしゃい、今日は色々あったから最初の1杯はワタシのおごりよ。代わりになんか食べていってちょうだい」
意味ありげにウィンクをよこしながら、カウンター越しに杯を置いた店長が、壁に掛けられた本日のお勧めメニューを指差した。
顔をしかめ、エールとメニューを見比べるアレク。
「食べたい物が、ない……」
酒場ゆえ、メニューが少ないのは仕方ない。
しかし問題はそこではない。
問題は、店の料理の味だ。
魔人は塩分を取らない。食べられない訳ではないが量はいらない。しかも食べられない肉が多すぎる。いわゆる近接種と呼ばれる動植物は、摂取しても毒にこそなれ、栄養にならないからだ。
結果、店の料理の味は良く言えば素晴らしく素材の味が引き立っていて、はっきり言えばスーパーナチュラルに素材の味しかしない。
いつもならエールを飲むかナッツをつまんで時間を過ごすアレクなのだが。
仕方なく壁に張り出された他のメニューを見やるも、やはりそこにアレクの興味をひくものは一つもない。
困り果て、周りの客のテーブルを見回したアレクの耳に、カウンターの逆端で頭を突き合わせる勇者一行の声が届いた。
「店長ぉ、俺たちの賄いにいつもの入れていいか?」
何やら意を決した顔で、ハクが店長に声をかける。
「まあいいけど……責任持って全部食べなさいよ」
それを聞いた店長の、珍しく歯切れの悪い返事が気になった。
許可を得たハクはいそいそと腰の小袋から小さな板状の何かを取り出し、手で砕いて自分たちの鍋へと投入する。
と、突然暴力的な臭気が酒場全体に広がった。
「あん?」
「ガッ!?」
慌ててメルが彼らの周りに結界を出現させたが手遅れだ。酒場のあちこちで異臭に顔を顰める魔人が続出している。
同じく顔をしかめた店長が、ハクがかき混ぜる鍋を横目に睨んだ。
「メルちゃん、悪いけど急いで空気の入れ替えお願い出来るかしら? それ、あまりにも臭うのよ」
頷いたメルは腰のフォルダーから聖杖を引き抜き、宙にかざして聖句を唱える。
と、メルの周囲に淡く光る小さな精霊が数体姿を現し、各々手近な窓へ光の帯を引きながら飛んでいった。その動きに沿って、清らかな風が小さな旋風とともに店内を駆け抜けていく。
それを目にしたアレクが目頭を押さえて微かに眉を震わせた。
(あのぐーたら聖女め、たかが窓を開ける手間を惜しんで気軽に高位精霊を呼び出しおって。また城内の聖魔バランスが崩れて魔素が噴き出すだろうが!)
もともとこの酒場は魔素が溜まりやすい位置に立っている。
それが勇者一行が働き始めてからというもの、他の場所にまで影響が出るほど拡大しているのだ。
「そんな臭うかこれ」
だがハクがそんなことに気づくわけもない。早速皿によそいながら、他のメンバーとともにカウンターに並んで座った。
アレクに見えるのは、皿に盛られたライスと、その横に並々と注がれたトロ味のある茶色の液体。見た目があまりにも凶悪すぎる。アレクでさえ、食物とは最もかけ離れた……アレを想像せずにはいられない。
「「「「頂きまーす!!」」」」
だがその匂いと見た目をものともせず、4人が各々目前の茶色い液体にスプーンを突っ込んだ。
スプーンに載せられた野菜が茶色い液体にまみれ、ぬっとりと光るその様は、アレクの脳裏にどうしても……物体Xを彷彿とさせる。
それなのに。
最初こそ未知の刺激臭に思わず引いたアレクだが、嗅ぎ馴れてくるとその匂いは決して不快なばかりではないと気づく。むしろ複雑な香ばしさと甘さを含んだ力強い香りに、脳と胃袋がガツンと揺さぶられてしまう。
そこで突然、アレクの腹がクゥーと小さく鳴った。その事実にアレク自身が驚き、戸惑いを隠せない。
一方、一口目を頬張った勇者一行は、それぞれ顔をほころばせ堪能した後、勢いついてガツガツとかきこんでいく。
(そ、そんなにうまいのだろうか)
寿命が長くほぼ不老の彼は、もう長いこと食べるという行為自体していない。食べる必要もなければ、ここ百年ほど食べたいと思ったことさえなかった。
だがどうだろう、今彼は思い出せないほど久しぶりに空腹を感じている。
(もしこの香りほどに味が強烈ならば、あるいは美味しいと感じることができるのだろうか)
アレクの葛藤など知るよしもなく、休憩中の店長がカウンターに肘をつき、4人の食べっぷりを見ながらこぼす。
「ほんと良く食べられるわよね。匂いもだけど、味も辛すぎてとても他の客には出せないわよ」
「もったいねぇ〜、こんなに美味いのに。まあこっちも量少ねえしいいけど」
まだ口いっぱいに頬張ったまま言い返すハクの横から、背の高い竜人族の男が杯を片手に皿の中身を覗き込む。
「なんだ、お前らまたクソ食らってんのか」
アレクがここまで無理やり脳裏から追い出し続けたその言葉を、男がはっきり口にしてしまう。思わず口を手で覆うアレク。
「いい加減にしろよ! クソ呼ばわりしたのはお前か?! 上等だ表に出やがれ!」
同時にカウンターの逆端では激高したハクがスプーンを握りしめたまま立ち上がる。そして次の瞬間、その頭を店長の大きな手ががっしりと掴んだ。
「ハク、あんたこそこれ以上ここで騒ぐなら、賄い抜きで店のルール百回大声で詠唱させるわよ!」
店長がもう一方の手で指差すのは、壁に飾られた銀の額縁だ。
思わず目をそむけるアレク。黒光りするその額縁には、しっかりとこの店のルールが刻みこまれている。
ーーーーーーーーーーー
・走らない
・壊さない
・喧嘩しない
・武器を振り回さない
・異種族差別厳禁
魔王エクス
ーーーーーーーーーーー
それは昔むかし、魔王エクスが店長に強請られ仕方なく書いたものだ。
まさかこんな長い年月、店の一番目立つ場所に掲げられ続けるなどとは思わなかった。
それを横目に渋々ハクが座り直す。竜人族の男はつまらなそうに鼻を鳴らして杯のエールを煽っている。
「分かったなら静かに食べなさい。それで。あんたは何を注文するの?」
肩を竦めた店長が、今度はアレクを振り向いて尋ねてくる。
アレクは小さく咳払いをし、チラチラと勇者一行のほうを見ながら店長にだけ聞こえる音量で低く答えた。
「アイツらが食べてるそれをくれ」
「……あんた本気?」
一瞬声をなくした店長がまじまじとアレクの顔を見つめる。どうやら正気を疑っているらしい。
だが無言で頷くアレクに、戸惑い顔で反対のカウンター端に声をかけた。
「ハク、こちらのお客さんがあんた達のそれを食べてみたいって」
店長のその一言でザワつく店内。
「お、おっさん見る目あんじゃん」
対象的に、満面の笑顔で返すハクが、新しくよそった皿を手にアレクの座る反対端へとやってくる。
一瞬怯んだアレク。
(こやつらとは関わるまいと決めていたのに、一体何をしているのだ私は)
そう思いつつも目前に置かれた皿と、勇者の顔を見比べてしまう。
「これは……」
近くで見れば見るほど、ビジュアルがヤバい。もうどうやってもそれにしか見えない。匂いに騙されているだけで、やはりこれはあの竜人が言っていたウン──
「カレーつうんだよ。カレー。勇者名物カレー・ライス」
──カレーというものらしい。
その横に置かれたスプーンを恐る恐る手に取って、アレクがひと掬い、目前に掲げた。
やはり匂いだけは凶暴なまでに蠱惑的だ。口内に唾があふれてくる。久しくなかったが間違いない、これは食欲だ。
(だが、これを口にいれるのか。この茶色い物体を)
目前のスプーンを凝視して固まるアレク。
そして、彼は静かに目をつむり、ゆっくりとスプーンを口に含んだ。
(美味い! 本当に本当に美味い! なんだこの乱暴なまでな美味さは! 舌が歓喜に震え、喉が勝手に飲み下していく……)
一口目を涙を滲ませて堪能し、そこからは勇者一行同様、我慢できぬと言わんばかりにかきこみ始めたアレク。
それを見ていたハクが、満足そうにバンバンと肩を叩く。
「美味いだろう、そうだろう! ……ほら見ろ、魔人だってちゃんと味のわかる奴には美味いってわかるじゃねーか」
アレクを見下ろして悦に浸っていたハクは、バッと店長と竜人の客を振り返ってわめく。
だが今アレクはそんな些事に関わっていられない。百年ぶりに味わう美味い飯と、自分の中に溢れ出す豊かな味わいへの感動で胸がいっぱいだ。
(この味……刺激的で……だがしかしホロ甘く……奥にはちゃんと素材の味も残っていて、だがもっと沢山の旨味が複雑に絡み合っていて……これではいくら食べても最初の感動が褪せていかないではないか!)
もう何十年もかいたことのない汗が額に滲む。
もう一口、もう一口と食べすすむうちに、気づけば皿が空っぽになっていた。
「この店で出すシチューはマジで味ねーわ映えねーわで俺たちには味気なくて仕方ねえんだよ」
アレクの食べっぷりを満足そうに見ていたハクが勝手に話しかけてくる。
だが今アレクはそれどころではない。
「お前たち……一体どうやってこれを」
ついさっきまで、あの鍋の中身は平凡な煮込みだったはずだ。なのになぜあんな短時間でこんな逸品に変わってしまったのか。
(勇者一行は私でさえ把握していない新しい魔法でも開発していたのか……)
ひと皿平らげ、やっと余裕が戻ったアレクが疑問を持つのも当然だろう。
と、アレクのすぐ隣のスツールにハクが腰掛け、頬がくっつく程に顔を寄せて話しだす。
「なあ、まるで魔法みたい、とか思っただろ?」
ズバリ自分が考えていたことを言い当てられ、思わず身構えるアレク。
だがハクはただニヤニヤと笑いながら、先ほどと同じ茶色い固形物を取り出して見せた。
「これだ。こいつはレクス王国の最新兵站、勇者一行を影から支え続けた禁断の調味料。その名も『カレー・ルー』!」
ハクが仰々しく掲げて見せたのは、掌よりも一回り小さな固形物だった。
手渡され、ジッと観察するアレク。
どうもそれは金属や木など、硬いものではなく、どちらかと言えば乾燥させた粉末を油で練り固めたもののように見える。
「こいつを煮込んだだけの味気ないシチューに混ぜるだけで、な、なんと! 勇者大好きカレー鍋の完成だ」
(ふむ、先に一度材料を調理して乾燥させ、粉末化させれば、味も凝縮され調理時に簡単に使えると)
ハクの言葉と目前のルーなる物の見た目から考察を進めるアレク。
「『ンコ・ルー』の間違いだろ」
が、そこで嬉しげに話すハクの言葉尻を拾った竜人が、からかうように口を挟む。無論ハクがそれを聞き逃す訳もない。またも激高して勢いよく立ち上がり、竜人族の男を睨みつける。
「お前! 顔覚えたからな。次店の外で会ったら縛り上げてその口に無理やりカレー流し込んでやるから覚えてろよ!」
大切なカレーを罰ゲームにしていいのかと、ハクにツッコむ者は残念ながらいない。ついでにハクに竜人族の顔が判別できるのかも定かではない。
だが二人の掛け合いに店の中は大盛り上がりだ。
どうやらこれはいつもの馴れ合いらしく、今度は店長も諦め顔で放置している。
「はい、お水」
なんとなくそれを見ていたアレクの前に、気づけばメルが水を満たした木の杯を置いた。
無言でそれを飲下すアレク。そして再び目をカッと見開き、水とメルを交互に見てしまう。
その反応を予期していたかのように、メルが優しく微笑む。
(ああ、このカレーという食べ物にはエールより水が合うのだな)
余りにも完璧すぎる味の共演に、満足し過ぎて今更エールに手を付ける気にもなれない。
と、メルがアレクの杯と、ハクが忘れていったカレー・ルーをそれぞれ手に取る。
「カレーは美味しいけど、これ、もうそんなにないの」
寂しそうな笑みを残し、メルはそのままタッタッタッと他のメンバーのもとへ戻っていった。
(ふむ。エール1杯ではあの美味い飯の代価にはなるまい)
次に寄る時にはなにか代償を考えねば──。
どうやらアレクの中で、近いうちにまた来店することが決まったらしい。
「また来る」
店主にそう言いおいて店を出るアレク。
思わず振り返った店主が、ポカンと口を開けてそれを見送る。
アレクがこの店に通いだして百年あまりだが、あんな言葉を聞いたのは初めてだ。
「まあ、悪いことではないのかしら?」
面白いものを見れたと頬を緩めつつ、そろそろ加熱し始めたハクと竜人の言い争いを止めに戻る店長。
その背後、アレクに続き音もなく店を抜け出す影が一つ。
いつの間にかロンの姿がみえなくなっていることに、ハクたち一行はしばらく気づかないのだった。
これにて一旦おしまいです。
以降は不定期で彼らの日常を出していく予定です。
魔王討伐が全然終わっていない?
その通りです。こちらの作品はあくまで勇者一行のバイト日記です。
設定はあれど、当分魔王討伐を執筆する予定はありません。
今後も安心して平和な魔王城のワチャワチャをお楽しみください。




