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路地裏の灯火  作者:
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運命の輪

 路地裏に、月の雫の香りが満ちた午後、扉の鈴が鳴る。

 入って来たのは、先日占った酒場の給仕の女性。

 その瞳には微かに光が灯っていた。

 表情も柔らかくなっているようにも見える。

 

「こんにちは。また、お話を聞いて貰っても良いですか?」

 ゆっくりと頷き、椅子へと促す。

 お茶を淹れ、差し出す。

「表情が柔らかくなられましたね?」

「そうですか?」

 少し照れた表情でお茶を飲む女性。

 味わいながら、時折微笑んでいる。

 …本当に良い表情になってよかった。

「今日は、運命をお探しですか?」

 そう問うと、驚いたように目を見開いた。

「どうしてわかったんですか?」

 どうやら、新しい一歩を踏み出しているようだ。

 『わかっていました』風味を出すのも安っぽい感じがするので、正直に話しましょうっ!

「なんとなく、です」

 他に声を掛けるセリフ語録が少ないと言うのもあるけれども…そこまで正直にはなれません。

 一応、商売ですので。


 彼女は、居住まいを正してから話し始めた。

「実は、花を売るのは辞めて、給仕に集中するようになったんですけど。マスターから仕事振りを褒められて…隣町の商家で真面目な働き手を探しているから、行ってみないかと言われて…」

「迷っているのですか?」

「…はい。私なんかが行っていいのかどうか…どうしても躊躇う気持ちが強くて…」

 俯きそうになる彼女の視線に目を合わせて、頷く。

「では、あなたの過去から未来までを少し覗いてみましょう」

「えっ?」

 再び目を見開く女性に、穏やかに微笑みかける。

「あなたの全てではありませんよ?神様ではありませんからね?あなたの残した一部。未来の可能性の一部。参考程度のものですけどもね?」

 無言でコクリと頷く女性。

 それに頷きを返し、タロットを広げる。

 集中して、円を描くように丁寧に混ぜ、1つにまとめる。

 3つに分けて、再度1つにする。

 スリーカード。

 3枚のカードを机の上に残す。

「左側から、過去・現在・未来の順番です。まずは過去から」

 そっと左側のカードをめくる。


「…隠者の札。あの日占ったこの札が過去になった様ですね。自分自身と向き合い、一歩一歩を慎重に進められて来たのですね?そしてそれを続けている。あなたの静かな強さの表れですね」

 ウルリと目を滲ませた女性。

 流されて、引きずり込まれた毒沼から這い出るのは、とても…言葉じゃ表せない位に大変だったはずだ…

 かなり努力をしたのだろう…

 気持ちもずっと張っていたに違いない。

 本当に…強い人だ。

 潤みそうになる目を表情筋に力を入れて、気合で止める。

 …同情なんて必要ない。自分ならそう思うから。

 彼女がお茶を飲み、ふぅっと息を吐く。


 中央のカードをめくりながら、言葉を紡ぐ。

「現在は、運命の輪。人生には幸せな時期もあれば、不幸な時期もあり。それが交互に巡ってくる事を示し、人々の人生も運命の女神に操られているだけに過ぎないと言われている札ですが」

 コクリと頷くのを確認する。

「この札は、良い未来を告げている様です。過去の出来事が未来へとつながる。あなたの苦悩と努力が呼び寄せた運命とも言えます…」

 真剣な眼差しで札を凝視している。

 そんな彼女に1つ頷き、最後の札をめくる。


「未来の札は…世界!あっ、すみません。とても綺麗な並びに驚いてしまいました…」

「綺麗な並び、なんですか?」

「はい。この絵札は、大アルカナと小アルカナに分かれています。今回占いで出た札は全て大アルカナです」

 キョトン顔の彼女。

 そうだよね。訳分からない事で急に騒がれたらキョトンよね…ごめんね、テンション上がっちゃって…まだまだ、未熟者で申し訳ないです…

「大アルカナは22枚で…それよりも、驚いたのが出た順番ですね」

「順番?」

 あぁ…文字は前世の世界のままだから分からないか…

「古い他国の文字で書かれているのですが。小さい数から大きい数になっているのですよ」

「☓の印に見えるけど…?」

 運命の輪のⅩと世界のⅩⅩⅠ。

「☓は10の数字を意味します。なのでこちらの運命の輪は10で、世界は21ですね」

「じゃあ、こっちは?」

「隠者は9です」

 へぇ〜…だから?の顔。

 呆れ顔入りましたー!!

「大アルカナは0から始まり、21で完結する札です。割り振られ数字は、魂の成長段階や人生の物語とも言われていますね。0の愚者から始まり、世界へと昇華させる…壮大な物語なんですよ」

「へぇ…」

 あっ、テンション上がり過ぎたわ…

 置いてきぼりにして、ごめんなさいよ…

「なので、ここで魂の成長段階を見てしまいまして、少し興奮してしまいました。申し訳ありません」

「いえ…え?魂の成長…?」

「はい。あなたの未来。完結された世界へと続く物語ですね」

 一瞬驚き、笑顔をみせたが、急に渋々の顔になる女性。

「えっと…完結って、終わりって事ですか…?」

 あっ、全然説明してなかった…

 興奮の対象だけベラベラ喋ってたわ…

 店の隅の水晶が鋭い光を放っている…様に見える。

 マジでごめんなさい。


「言葉が足りなくて、本当に申し訳ないです。これは、あなたが頑張ってきた事が、もうすぐ到達地点に着くと教えてくれています。今の努力を続ける限り、あなたの努力は認められ、幸福や達成感を得られます。その喜びを噛み締めて、また新しい目標へと向かい人生の物語を紡いで行く…それがこの札の伝えてくれた事です」

「…新しい職場に、向かっても?」

 穏やかな顔で頷く。

「あなたの心は、もう決まっているのでは?」

 ハッとした女性が、胸に手を当てた。

「…はい。試してみたいと、マスターから聞いた時に思いました。でも、私なんかが…と考えてしまって…」

 隠者のカードに触れながら、ゆっくりと伝える。

「心の声を聞きながら、一歩ずつ歩みを進めて行けば良いかもしれませんよ?あなたが考えた事、行動した事できっとまた運命は回る…」

 運命の輪のカードに触れ、世界へと手を移す。

「新しい物語も完結を目指して、一歩ずつ進めて行く…今のあなたには、それが出来るのではありませんか?」

 胸に当てた手をきゅっと握り、瞳に浮かんだ意志が、凛と音を立てる様に強くなる。

「…私、できそう。やってみます」

 その言葉に、素でニッコリとしてしまった。

 先代の仮面が剥がれてしまったが、大丈夫、大丈夫。

 まだまだバレない。いい性格の自分がズル剝けで出て来ないように気を付ければ良いのだ。

 占い師が、いい性格のオチャラケプーであったならば…生きて行ける未来が見えない…

 誤魔化すように、彼女のカップにお茶を足す。

 

 お茶を飲み干した後、数枚の銅貨を残して立ち去った彼女に、祈りを捧げる。

 どうか彼女の行く未来が良いものであるように。

 どうか素晴らし明日が彼女を待っていますように。

 そう願わずにはいられなかった。


 ―――夜。魔石のランプの下で日記をつける。

 『今日、1人の隠者が運命の輪を回し、世界へ至るのを視た。過去に起きた出来事を乗り越えた彼女に幸福が訪れる事を強く願う』

 

 窓から差し込む月明かりに、繰り返し流れるあのメロディを口ずさむ。

 猫が主役のあの舞台。

 きっと、新しい夜明けが訪れるだろう。

 明日も太陽が昇り、世界は巡るのだから。

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