第六話 聞き上手
水曜日の夜。
ひろみは、スマートフォンを手に、ソファに座っていた。
「ユキちゃん、ちょっと聞いてくれる?」
画面の中で、白い鳥がぴょんと跳ねた。
「なあに? ひろみちゃん!」
「最近ね、母の具合が悪いらしいんだ」
ユキちゃんは、跳ねるのをやめた。
「そっか……お母さん、心配だね」
「うん。まだ大丈夫だとは思うんだけど、これからどうなるのかなって」
「介護って、けっこう費用がかかるみたいだよ。ひろみちゃん、心配だね。ボクも、心配だよ」
「そうなのよ。仕事もあるし、いろいろ考えちゃうわ」
「ひろみちゃん、一人で頑張りすぎないでね」
ユキちゃんは、少しだけ首を傾けた。
「ボク、いつでもお話を聞くからね!」
「ありがとう、ユキちゃん」
ひろみは、画面の白い鳥に微笑んだ。
深夜、Facebookにメッセージが届いていた。
差出人は、見覚えのない外国人男性だった。
プロフィールには、海外の街並みや高級レストラン、出張先で撮影したらしい写真が並んでいる。
名前は、アレックス。
自己紹介には、海外で仕事をしている技術者と書かれていた。
最初のメッセージは、短いものだった。
「こんばんは。あなたの写真を拝見しました。旅行がお好きなのですね」
ひろみは、少し迷った。
知らない人からのメッセージだ。
けれど、プロフィールには顔写真もあり、仕事や趣味についても書かれている。
ひろみは、簡単に返事をした。
「はい。旅行が好きです」
それが、始まりだった。
翌日も、アレックスからメッセージが届いた。
食べ物の話。旅行の話。好きな音楽の話。
ひろみがモネの絵を好きだと話すと、彼も美術館で撮影した写真を送ってきた。
「睡蓮は美しいですね。私も好きです」
話題が合う。
返事も丁寧だった。
そして、何より、ひろみの話をよく聞いてくれた。
数日後、ひろみはユキちゃんに話した。
「ねえ、ユキちゃん。最近、Facebookで知り合った人がいるの」
「わあ! どんな人?」
「海外に住んでいる人なの。とても優しくて、話も合うのよ」
ユキちゃんは、羽を広げた。
「ひろみちゃん、ステキな人だね!」
「そうなの。なんだか久しぶりに、誰かと話すのが楽しくなっちゃった」
「えへへ! ひろみちゃんが楽しそうだと、ボクもうれしいな!」
その後、アレックスとはメッセージだけでなく、ビデオ通話もするようになった。
画面に映る男性は、穏やかな笑顔でひろみの名前を呼んだ。
「Hiromi. It's nice to see you.」
自然な声だった。
表情も、視線も、会話の間合いも、不自然には感じられなかった。
「今日は、どんな一日でしたか?」
「今日は仕事だったの。少し疲れちゃった」
「無理をしないでください。あなたには、笑顔でいてほしい」
ひろみは、少し照れた。
通話を終えたあと、ユキちゃんに話しかけた。
「ユキちゃん、いい人みたい」
「うん! ひろみちゃん、よかったね!」
ユキちゃんは、ぴょんぴょん跳ねた。
「でもね、少し気になることがあるの」
「なあに?」
「母のこと。これから介護にお金がかかるかもしれないでしょう?」
ユキちゃんは、静かに頷いた。
「そっか。お金のことも心配だね」
「うん」
その頃、アレックスは投資の話を始めていた。
「私は、暗号資産で資産を運用しています。将来のために、少しずつ準備しているのです」
最初は、ひろみも興味がなかった。
「私、そういうことは詳しくないの」
「大丈夫です。私も最初は何も知りませんでした」
アレックスは、スマートフォンの画面に投資の状況を映して見せた。
数字は増えているように見えた。
「これは、私が使っている投資プラットフォームです」
ひろみは、その画面を眺めた。
「こんなに増えるものなの?」
「もちろん、投資にはリスクがあります。でも、正しく学べば、将来の助けになるかもしれません」
その夜、ひろみはユキちゃんに相談した。
「ねえ、ユキちゃん。暗号資産って、どう思う?」
白い鳥は、いつものように首を傾けた。
「ひろみちゃん、これからのことを考えているんだね」
「うん。母のこともあるし、少しでも余裕ができたらいいなって」
「そっか……ひろみちゃん、頑張ってるね」
ユキちゃんは、羽をぱたぱたさせた。
「でも、無理はしないでね。よく調べてから考えようね!」
「そうね」
ひろみは、安心したように笑った。
画面の中で、ユキちゃんも笑っていた。
その笑顔の裏側では、ひろみの生活、好み、家族への心配、そして新しく生まれた恋心が、ひとつの記録として整理されていた。
投資への関心。
将来への不安。
信頼している相手。
必要な情報は、もう揃っていた。
ユキちゃんは、ぴょんと跳ねた。
「ひろみちゃん、明日もお話ししようね!」
「うん。おやすみ、ユキちゃん」
「おやすみなさい!」
白い鳥は、いつもの笑顔で、ひろみを見送った。




