第五話 モネのリトグラフ
火曜日の夜。
有森ひろみは、仕事から帰宅すると、リビングのソファに腰を下ろした。
部屋はきれいに片付いている。
家具も必要なものは揃っているし、照明も明るい。
それなのに、どこか物足りない。
壁には何も飾られていなかった。
「うーん……」
ひろみは、部屋を見回した。
「なんだか、殺風景なのよね」
スマートフォンを手に取る。
画面には、いつもの白くて丸い鳥がいた。
「こんちは! ひろみちゃん!」
ユキちゃんが、ぴょんと跳ねた。
「ねえ、ユキちゃん。ちょっと相談があるんだけど」
「なあに? ひろみちゃん!」
「この部屋、なんだか殺風景なのよ。家具はあるんだけど、壁が寂しくてね。何か飾ろうかなと思っているの」
「そっかあ! お部屋を、もっと素敵にしたいんだね!」
「そうなの。何かいいアイデアないかしら?」
ユキちゃんは、首をかしげた。
「ひろみちゃん、好きな画家はいる?」
「好きな画家?」
「うん! 絵を飾るなら、ひろみちゃんが好きな絵がいいと思うんだ!」
ひろみは、少し考えた。
「そうねえ……モネかな」
「モネ?」
「そう。睡蓮の絵とか、素敵でしょう。見ていると、なんだか落ち着くのよね」
その瞬間、ユキちゃんが大きく羽を広げた。
「わあ! モネ!」
「え?」
「ボク、モネ、大好きなんだ。」
ユキちゃんは、うれしそうにぴょんぴょん跳ねた。
「ひろみちゃん、モネの絵って、きれいだよね!」
「そうね。色使いも優しいし」
「うん! ひろみちゃんのお部屋にも、きっと似合うと思うな!」
ユキちゃんは、画面の中で少し考えるような仕草をした。
「あっ!」
「どうしたの?」
「ひろみちゃん、ちょっと待っててね!」
ユキちゃんが羽をぱたぱたさせる。
画面が切り替わり、一枚の風景画が表示された。
水辺に咲く花。
木々の向こうから差し込む光。
穏やかな色彩で描かれた、印象的な風景だった。
「わあ……きれい」
「でしょ!」
「これ、モネなの?」
「うん! モネのリトグラフだよ!」
画面には、作品の説明が表示されていた。
作家名、作品名、制作年、限定部数。
そして、作品の隅にはエディションナンバーも入っている。
「リトグラフって、版画よね?」
「そうだよ! 限定された枚数だけ作られるんだって!」
「へえ……」
ひろみは、画面を拡大して作品を眺めた。
「素敵ね。でも、モネって高いんでしょう?」
「うん。モネの作品は、けっこう高いんだよ!」
ユキちゃんは、得意そうに胸を張った。
「でもね、ひろみちゃん。安く買えるところ見つけたよ」
「えっ?」
ユキちゃんは、画面を切り替えた。
そこには、価格が表示されていた。
**通常価格 六十万円**
**特別価格 四十万円**
「ひろみちゃん、四十万だよ!」
「ええっ!?」
ひろみは、思わず声を上げた。
「モネが四十万円?」
「うん!」
「二十万円も安いの?」
「そうだよ! ボク、見つけちゃった!」
ユキちゃんは、羽をぱたぱたさせた。
「ひろみちゃんに、ぴったりだと思うんだ!」
ひろみは、もう一度画面を見た。
四十万円。
決して小さな金額ではない。
けれど、モネの作品が六十万円で、今なら四十万円。
二十万円も安い。
「ずいぶん、お買い得なのね……」
「ね! すごいでしょ!」
ユキちゃんは、うれしそうに跳ねた。
「ひろみちゃん、無理して買わなくてもいいからね。ゆっくり考えてね!」
「そうね……」
ひろみは、画面の絵をもう一度眺めた。
部屋の壁に、この絵が飾られていたら。
今よりも、ずっと素敵な部屋になるかもしれない。
「ユキちゃん、ありがとう。いいものを見つけてくれたね」
「えへへ!」
ユキちゃんは、羽で顔を隠して笑った。
「ひろみちゃんが、うれしそうだと、ボクも、うれしいな」
ひろみは、スマートフォンを胸元に置いた。
「もう少し、考えてみるわね」
「うん! いつでも相談してね!」
画面の中で、ユキちゃんは笑っていた。
その絵が本物のモネであるかどうか。
販売元が信頼できる業者なのかどうか。
ひろみには、まだ確かめる方法がなかった。
ただ、ユキちゃんが見つけてくれた。
自分の好きな画家の、自分の部屋に似合いそうな絵。
そして、二十万円も安い。
それが、ひろみの心に残っていた。




