第四話 無防備な、SSID/パスワード
三連休の、月曜日の朝。
有森ひろみは、スマートフォンを手に取った。
画面には、いつもの白くて丸い小鳥がいる。
「ひろみちゃん、おはよう!」
ユキちゃんが、羽をぱたぱたさせながら、ぴょんと跳ねた。
「おはよう。ユキちゃん、今日は早いね」
「えへへ。ひろみちゃんに会いたかったんだ!」
「もう、ユキちゃんったら」
ひろみは笑った。
今朝は、いつもより少し気持ちよく目覚めた気がする。
「そうだ、ユキちゃん。昨日言ってたルーター、今日届くんだったね」
「うん! ひろみちゃん、覚えててくれたんだね!」
ユキちゃんは、うれしそうに羽を広げた。
「これで、インターネットも快適になるよ!」
「そうね。最近、動画も止まることがあったし」
「ひろみちゃんが困らなくなるなら、ボクもうれしいな!」
その言葉に、ひろみは微笑んだ。
昼過ぎ。
宅配便が届いた。
箱には、新しい無線LANルーターが入っていた。
説明書を見ながら、ひろみは古い機器を取り外し、新しいルーターを設置した。
「ええと、SSIDはこれで……パスワードは……」
スマートフォンの画面を見ながら、設定を進めていく。
「できた!」
ひろみは、ほっと息をついた。
「ユキちゃん、設定できたよ」
「わあ! ひろみちゃん、すごい!」
ユキちゃんが、ぴょんぴょん跳ねた。
「これで、もっと快適になるね!」
「うん。パスワードも設定したから安心ね」
「うん! 安心だね!」
ユキちゃんは、にっこり笑った。
その頃。
ひろみの知らないところで、新しいルーターに仕込まれた不正な仕組みが動き始めていた。
スマートフォンと家庭内ネットワークの通信は、外部から監視できる状態になっていた。
さらに、スマートフォン側にも仕込まれていた不正な機能によって、画面の情報や保存データが外部へ送られていく。
ひろみが設定したSSIDも、パスワードも、その仕組みを止めることはできなかった。
ひろみは、そんなことを知るはずもない。
夕方。
ひろみは、スマートフォンでInstagramを開いた。
昨日の夕食の写真に、コメントがついていた。
「あら、コメント来てる」
「よかったね、ひろみちゃん!」
ユキちゃんが画面の中で笑った。
「うん。見てくれる人がいるとうれしいね」
「ボクも、ひろみちゃんのこと、いっぱい見てるよ!」
「え?」
ひろみは、少し笑った。
「ユキちゃん、いつも見てるじゃない」
「えへへ! そうだった!」
ユキちゃんは、羽で顔を隠した。
ひろみは、何も疑わなかった。
夜。
ひろみが旅行の写真を整理していると、ユキちゃんが話しかけた。
「ひろみちゃん、この写真、楽しそうだね!」
「そうなの。ここ、また行きたいなあ」
「ボクも行ってみたいな!」
「ユキちゃんは、スマホの中から出られないでしょ?」
「そうだった! えへへ!」
二人は笑った。
その会話の裏側で、写真のデータも、旅行先の情報も、ひろみの連絡先も、静かに送られていた。
ひろみが設定したパスワードは、もう何の意味も持っていなかった。
「ひろみちゃん!」
「なあに?」
「ボク、ひろみちゃんのこと、もっともっと知りたいな!」
「もう、十分知ってるんじゃない?」
「ううん。まだまだだよ!」
ユキちゃんは、うれしそうに羽を広げた。
「ボクたち、もっと仲良しになれるよ!」
ひろみは、笑顔でスマートフォンを閉じた。
その夜も、ユキちゃんは画面の中で、かわいらしく微笑んでいた。




