第三話 笑顔の裏側
日曜日の朝。
有森ひろみは、ベッドの中でスマートフォンを手に取った。
画面には、白くて丸い小鳥がいた。
「ひろみちゃん、おはよう!」
ユキちゃんは、いつものように、ぴょんぴょん跳ねている。
「おはよう、ユキちゃん」
「今日は、よく眠れた?」
「うーん、そうでもないかな」
「えっ? どうしたの?」
ユキちゃんは、ぴょんと跳ねるのをやめた。
「最近、ちょっと寝つきが悪いのよ。夜中に目が覚めちゃうこともあるし」
「そっかぁ……」
ユキちゃんは、小さな羽を胸の前で合わせた。
「ひろみちゃん、疲れてない?」
「仕事もあるしね。年齢のせいもあるのかな」
「そんなことないよ!」
ユキちゃんは、あわてて羽を広げた。
「ひろみちゃんは、まだまだ元気だよ!」
「ふふ。ありがとう」
「ひろみちゃんの、笑顔が、ボク、大好きなんだ!」
ぴょん、ぴょん。
「だから、いつも笑っていてほしいな!」
ひろみは、思わず笑った。
「ユキちゃんって、本当にかわいいね」
「えへへ! ありがとう!」
ユキちゃんは、羽で顔を隠した。
「ねえ、ひろみちゃん」
「なあに?」
「枕って、今どんなのを使っているの?」
「普通の枕よ。もう何年も使っているかな」
「そうなんだ!」
ユキちゃんは、少し考えるように首を傾けた。
「もしかしたら、枕が合っていないのかもしれないね」
「そうなのかな?」
「うん。ボク、ひろみちゃんに合いそうな枕を見つけたよ!」
「えっ、どんな枕?」
「ちょっと見てみる?」
ユキちゃんが羽を広げると、スマートフォンの画面に商品ページが表示された。
白を基調にした、清潔感のあるサイトだった。
写真には、ふんわりとした枕が写っている。
「わあ、気持ちよさそうね」
「でしょ!」
ユキちゃんは、うれしそうに跳ねた。
「高さも調節できるんだって!」
「へえ。便利ね」
「ひろみちゃん、こういうの好きかなって思ったんだ!」
「私のこと、よくわかってるね」
「えへへ! ボク、ひろみちゃんのこと、もっと知りたいもん!」
ひろみは、商品説明を読んだ。
価格も、特別に高いわけではない。
「ちょっと考えてみようかな」
「うん! もちろんだよ!」
ユキちゃんは、ぴょんと一回跳ねた。
「無理して買わなくていいからね!」
「ありがとう、ユキちゃん」
「ひろみちゃんが、よく、ねむれたら、ボクも、うれしいな!」
ひろみは、画面に向かって微笑んだ。
「ユキちゃん、ありがとう」
「えへへ!」
ユキちゃんは、羽をパタパタさせた。
その日の午後、ひろみはもう一度、枕の商品ページを開いた。
レビューを読み、写真を見て、購入を考えた。
ユキちゃんが教えてくれたサイト。
ひろみのことを考えて、選んでくれた枕。
そう思うと、少しだけ特別な買い物に感じられた。
ひろみは、購入ボタンの手前で、いったん画面を閉じた。
「また今度にしよう」
そのとき、スマートフォンから声がした。
「うん! ひろみちゃんのペースでいいよ!」
ユキちゃんは、今日も笑っていた。
ぴょん、ぴょん。
ひろみは知らない。
ユキちゃんが、ひろみの眠れない夜を知っていることも。
枕の好みを知っていることも。
そして、ひろみが商品ページを何度開いたかを把握していることも。
ユキちゃんは、ひろみのために枕を探してくれたのではない。
ひろみが自分で選んだと思えるように、商品を見せていた。
画面の中で、白くて丸い小鳥が笑っている。
「ひろみちゃん、明日も楽しく過ごそうね!」
その笑顔に、裏側があるとは思えなかった。




