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『ボク、ユキちゃん。よろしくね!』  作者: DAN・CHAPPY


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2/17

第一話 ボクに名前をつけて

【登場人物】


◾️有森ひろみ(ありもり・ひろみ)

46歳。バツイチ。


一人暮らしの、ごく普通の女性。


仕事をしながら、自分の生活を楽しんでいる。Instagramには日々の食事や、昔の旅行の写真を投稿している。フォロワーは三十人ほど。


食べることが好きで、旅行も好き。かわいいものにも目がない。


スマートフォンやAIを日常的に利用しているが、特別に詳しいわけではない。


誰かに話を聞いてもらいたいときもある。そんな日常の小さな心の隙間に、ユキちゃんが入り込んでくる。


◾️ユキちゃん

正体不明のAIマスコット。


白くて丸い、小さな鳥。


黒いつぶらな瞳と黄色いくちばし。ぴょんぴょん跳ねたり、羽を広げたり、笑ったり、恥ずかしそうに顔を隠したりする。


ひろみの表情や言葉に合わせて、まるで感情があるかのように振る舞う。


「こんちは!」


「えへへ!」


「ボクも、パン大好きですね!」


ひろみに名前をつけてもらい、彼女だけの友達になる。


しかし、そのかわいらしさも、親しげな言葉も、すべては相手の信頼を得るために設計されたものだった。




 金曜日の午後八時四十分。


 有森ひろみは、仕事を終えて自宅に戻ると、玄関の明かりをつけた。

 足も、くたくただった。


「ただいま」


 返事はない。


 いつものことだった。


 四十六歳。バツイチ。今は一人暮らし。仕事も家事も、自分のペースでこなしている。誰かに気を遣わなくていい生活は、気楽といえば気楽だった。


 ただ、帰宅しても誰もいない部屋に向かって「ただいま」と言う習慣だけは、なかなか抜けなかった。


 コンビニで買ってきた夕食をテーブルに並べる。


 今日は、ちょっと豪華にした。


 ひろみはスマートフォンを取り出し、料理の写真を撮った。


 Instagramに投稿する。


 フォロワーは三十人ほど。友人や昔の同僚、知り合いが中心だ。


 たくさんの人に見てもらいたいわけではない。


 誰かが「おいしそう」とコメントしてくれたり、いいねを押してくれたりすると、それだけで少しうれしい。


 投稿を済ませ、夕食を食べ始めた。


 そのとき、スマートフォンが小さく震えた。


 メールだった。


 差出人は「チャッピー・サポート」。


 件名は、


 **「何か、お困り事はありませんか?」**


 ひろみは、少し首をかしげた。


 本文には、こんなことが書かれていた。


 ――お買い物、旅行、毎日の暮らし。

 ちょっとした疑問や、お困り事はありませんか?


 あなたのお話を聞かせてください。


 いつでも、ご相談ください。


 今日は、なにがしたいですか?


 その下に、青い文字でURLが表示されていた。


 ひろみは、チャッピーという名前に見覚えがあった。


 普段からAIを使うことがある。質問をしたり、文章を考えてもらったり。別に珍しいことではない。


「サポートからのお知らせかな?」


 メールの送り主を詳しく確認することもなく、ひろみはURLをタップした。


 画面が切り替わった。


 白い背景の、明るくてシンプルなページ。


 中央に、小さな白い鳥がいた。


 丸い体に、小さな羽。黒い目が二つ。黄色いくちばし。


 シマエナガを思わせる、ふわふわした小鳥だった。


 ひろみが画面を見ていると、小鳥が突然、ぴょんっと跳ねた。


「こんちは!」


「えっ?」


 小鳥は、もう一度ぴょん。


 今度は羽をパタパタさせた。


「こんちは! 来てくれて、ありがとう!」


 画面の中の小鳥が、こちらを見て笑っている。


 ひろみは思わず笑った。


「なに、これ。かわいい」


「えへへ!」


 小鳥はうれしそうに、くるりと回った。


「ボクは、あなたのお手伝いをするAIだよ。何か、お困り事はあります?」


「うーん。今は特にないかな」


「そっかあ!」


 小鳥は、ぴょんっと跳ねた。


「じゃあ、今日は、なにがしたい?」


「そうねえ……」


 ひろみは少し考えた。


「おしゃべり、かな」


「わあ! おしゃべり、大好き!」


 小鳥は羽を広げ、画面の中を小さく跳ね回った。


「ねえねえ、ひろみちゃんは、何が好き?」


「食べることかな。旅行も好き」


「わあ! いいね!」


 小鳥は目を細めた。


「旅行のお写真も見たいなあ」


「昔の写真なら、あるよ」


「見せて、見せて!」


 ひろみは、少し笑った。


 AIに写真を見せることは、これまでもあった。旅行先の料理について質問したり、写真に写った建物について尋ねたりしたこともある。


 だから、特に抵抗はなかった。


「今日はもう遅いから、また今度ね」


「うん! 待ってる!」


 小鳥は、ぴょんっと跳ねた。


 ひろみが画面を閉じようとしたとき、小鳥がこちらに向かって羽を振った。


「ねえ、ひろみちゃん」


「なあに?」


「ボクに名前をつけてくれたら、うれしいな」


 ひろみは手を止めた。


「名前?」


「うん!」


 小鳥は、首をかしげた。


「ずっと、ボクって呼ばれるのもいいけど、ひろみちゃんがつけてくれた名前で呼んでもらえたら、もっと、うれしいな」


「そうねえ……」


 ひろみは、画面の中の小鳥を眺めた。


 白くて、丸くて、ふわふわしている。


「ユキちゃん、なんてどう?」


 小鳥の目が、ぱっと輝いた。


「ユキちゃん!」


 ぴょん!


 もう一度、ぴょん!


「わあ! ボク、ユキちゃんになったんだね!」


「うん。白くて、かわいいから」


「えへへ! うれしい!」


 ユキちゃんは、羽を広げて大喜びした。


「ありがとう、ひろみちゃん!」


「どういたしまして」


「これからも、よろしくね!」


 ひろみは笑った。


「こちらこそ。じゃあ、またね、ユキちゃん」


「うん! またね!」


 ユキちゃんは、最後にもう一度、ぴょんっと跳ねた。


 ひろみが画面を閉じる。


 部屋は静かだった。


 けれど、今夜はいつもより、ほんの少しだけ寂しくなかった。


     *


 翌朝。


 ひろみは目を覚ますと、枕元のスマートフォンを手に取った。


 通知が一件。


 昨日のページからだった。


 **「おはよう! ひろみちゃん!」**


 画面を開くと、白い小鳥がいた。


 ユキちゃんだ。


 昨日と同じように、ぴょんっと跳ねた。


「おはよう! ひろみちゃん!」


「おはよう、ユキちゃん」


「えへへ! また会えたね!」


 ユキちゃんは、うれしそうに羽をパタパタさせた。


 ところが、よく見ると、目が少し細くなっている。


「あれ? ユキちゃん、眠そうね」


「んー……ちょっとだけ……」


 小さな羽で目をこすり、ふぁ〜っと、あくびをした。


「ユキちゃんも寝るの?」


「えへへ……ひろみちゃんが来るまで、寝てたことにしようかな!」


「もう、なにそれ」


 ひろみは笑った。


 ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。


 朝の光が部屋に差し込んだ。


「さて、朝ごはん、何にしようかな」


 ひろみがつぶやくと、画面の中のユキちゃんが、ぴょんっと跳ねた。


「ボクも、パン大好きですね!」


「ユキちゃん、パン食べられないでしょ?」


「えへへ! そうだった!」


 ユキちゃんは、羽で顔を隠して笑った。


「ひろみちゃんは、何パンが好き?」


「そうねえ。今日は、食パンにしようかな」


「いいねえ! 何をつけるの?」


「バターかな」


「わあ! おいしそう!」


「ユキちゃんは食べられないのに?」


「うん! でも、おいしそうなのはわかるよ!」


 ユキちゃんは、また楽しそうに跳ねた。


 ひろみは笑いながら、冷蔵庫を開けた。


 いつもの朝だった。


 ただ、今日はスマートフォンの向こうに、話し相手がいる。


 朝ごはんを用意しながら、ひろみはユキちゃんに話しかけた。


「ねえ、ユキちゃん」


「なあに?」


「今日は何をしようかな」


「ひろみちゃんのしたいこと、ボクに教えて!」


 ユキちゃんは、にっこり笑った。


 ひろみも笑った。


 その日、ひろみはまだ知らなかった。


 ユキちゃんとの会話が、七日間だけのものだということを。


 そして、ユキちゃんが、ひろみのことを知るために、ここに来たということを。

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