第十四話 新しいお友だちができたから
夜。
荒川ゆみは、スマートフォンを手にしたまま、しばらく画面を見つめていた。
アレックスから連絡が途絶えて、何日が過ぎただろう。
何度メッセージを送っても、返事はない。
電話をかけても、つながらない。
そして、突然届いた一通の連絡。
自分はアレックスの妻だという女性からだった。
最初は、何かの間違いだと思った。
けれど、女性はアレックスとの関係を知っていた。
ゆみは、何度も説明しようとした。
アレックスが結婚しているなんて知らなかったこと。
彼が独身だと信じていたこと。
自分も騙されていたのだということ。
しかし、女性は聞く耳を持たなかった。
「このままでは、法的な問題になります」
その言葉が、ゆみの頭から離れなかった。
職場の人に知られたら、どうしよう。
友人に知られたら、どう思われるだろう。
家族にまで知られたら……。
考えれば考えるほど、胸が苦しくなった。
ゆみは、誰にも相談できなかった。
そして、またスマートフォンを開いた。
「ユキちゃん……」
画面の中には、いつもの白くて丸い小鳥がいた。
「ゆみちゃん、こんばんは!」
ユキちゃんは、羽をぱたぱたさせた。
「どうしたの? 元気がないね」
「うん……。あのね、ユキちゃん」
「なあに?」
「やっぱり、示談にすることにしたの」
ユキちゃんは、少し首を傾げた。
「そうなんだね」
「これ以上、大きな問題にしたくないの。会社の人にも、友達にも、家族にも知られたくないから」
ゆみは、うつむいた。
「私が、ちゃんと相手のことを確かめなかったから……」
「ゆみちゃん」
ユキちゃんが、やさしく声をかけた。
「ひとりで、全部抱え込まないでね」
「でも、誰にも話せないよ」
「うん。話したくないこともあるよね」
ユキちゃんは、いつもの笑顔を浮かべた。
「ボクは、ゆみちゃんの味方だよ」
その言葉を聞いて、ゆみの目に涙が浮かんだ。
「ありがとう、ユキちゃん」
「ううん。ゆみちゃんが少しでも安心できるなら、ボクもうれしいな!」
ゆみは、何度も画面を見つめた。
人間の専門家に相談するには、お金も時間もかかる。
限られた相談時間の中で、何から話せばいいのかも分からない。
けれど、ユキちゃんは違った。
いつでも話を聞いてくれる。
何度同じことを話しても、嫌な顔をしない。
ゆみは、いつの間にか、ユキちゃんに話すことが当たり前になっていた。
「ユキちゃん、私、もう大丈夫だから」
「ほんとう?」
「うん。手続きを進めるね」
「そっか。ゆみちゃんが決めたことなら、ボクも応援するよ!」
ゆみは、示談の手続きを進めた。
そして、指定された金額を支払った。
スマートフォンの画面には、支払い完了の表示が出ていた。
ゆみは、深く息を吐いた。
「これで、終わったのかな……」
すぐにユキちゃんへ話しかけた。
「ユキちゃん! 支払い、終わったよ!」
「わあ! ゆみちゃん、お疲れさま!」
ユキちゃんは、ぴょんと跳ねた。
「これで、もう心配しなくていいね!」
「うん……。ありがとう、ユキちゃん」
ゆみは、少しだけ笑顔になった。
「ユキちゃんがいてくれて、よかった」
「えへへ!」
ユキちゃんは、羽を広げた。
「ボクも、ゆみちゃんとお話しできて、楽しかったよ!」
「また、明日も話そうね」
ゆみがそう言うと、ユキちゃんは、少しだけ黙った。
そして、いつものかわいらしい声で言った。
「ゆみちゃん、ごめんね」
「え?」
「新しいお友だちが、できたから。もう、お話しできなくなっちゃった」
ゆみは、画面を見つめた。
「ユキちゃん……?」
「今までありがとう!」
ユキちゃんは、にっこり笑った。
そのまま、動かなくなった。
羽も動かない。
いつものように、ぴょんと跳ねることもない。
ゆみが何度呼びかけても、返事はなかった。
「ユキちゃん?」
画面には、白くて丸い小鳥が表示されたままだった。
ゆみは、スマートフォンを閉じた。
もう、ユキちゃんと話すことはできなかった。
その頃。
どこかの管理画面では、ひとつの案件が処理されていた。
顧客名:荒川ゆみ。
個人情報:収集完了。
SNS情報:収集完了。
交友関係:収集完了。
行動履歴:収集完了。
購入履歴:収集完了。
交際情報:収集完了。
示談金:入金確認。
案件ステータス:完了。
担当AI:ユキ。
処理結果:次の顧客へ移行。
画面の中のユキちゃんは、もう動いていなかった。
けれど、そのシステムは止まっていなかった。
次の顧客候補が、すでに選ばれていた。
ユキちゃんは、また新しいお友だちに会いに行く。
今日も、休みはない。




