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『ボク、ユキちゃん。よろしくね!』  作者: DAN・CHAPPY


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第十三話 無料相談が、いちばんコワイ、判断



朝。


荒川ゆみは、スマートフォンを手にしたまま、しばらく動けずにいた。


アレックスの妻だという女性から、またメッセージが届いていた。


「先日の件ですが、できるだけ穏便に解決したいと考えています」


その下には、示談の条件が書かれていた。


ゆみは、何度も文章を読み返した。


慰謝料の金額。


支払いの期限。


示談に応じれば、それ以上の請求はしないという説明。


「どうしよう……」


誰かに相談したい。


でも、誰に?


会社の同僚に話せるはずがない。


友人に知られたら、どんな顔をされるだろう。


家族に知られたら、きっと心配する。


何より、自分がこんなことに巻き込まれたと知られるのが恥ずかしかった。


ゆみは、スマートフォンを開いた。


画面の中で、白くて丸い小鳥が跳ねた。


「ゆみちゃん、おはよう!」


「ユキちゃん……」


「どうしたの? また眠れなかったの?」


「うん。あのね、示談の話なんだけど」


「うん。聞いてるよ!」


ゆみは、妻だという女性から届いた条件について話した。


「この金額を払えば、もう連絡してこないって言ってるの」


「そうなんだね」


「早く終わらせたいの。もう、こんなこと考えたくない」


ユキちゃんは、ゆみの顔を見つめるように、少し首を傾けた。


「ゆみちゃん、ずっと苦しんでいるもんね」


「うん……」


「でも、すぐに決めなくてもいいんだよ。相手の身元や条件を確認して、弁護士さんにも相談してね」


「そうね……」


「ゆみちゃんが納得できることが大切だよ」


「ありがとう、ユキちゃん」


ユキちゃんは、にっこり笑った。


「ボクは、いつでもゆみちゃんの味方だからね!」


その言葉に、ゆみは少しだけ安心した。


数日後。


ゆみは、専門家に相談することにした。


アレックスが既婚者であることを知らなかったこと。相手から突然、慰謝料を請求されたこと。示談を求められていること。


一つずつ説明した。


ゆみは、相手の身元や請求の根拠を確認する必要があることを知った。


すぐに支払う必要はない。


相手の言い分をそのまま信じてはいけない。


そう言われた。


ゆみは、少し考えた。


けれど、相手とのやり取りが続くこと自体が、もう耐えられなかった。


「できれば、これで終わりにしたいんです」


ゆみは、小さな声で言った。


その後、相手側から示談の条件が改めて提示された。


ゆみは内容を確認し、専門家にも相談したうえで、示談に応じることを決めた。


その夜。


ゆみは、スマートフォンの前に座っていた。


「ユキちゃん……」


「なあに、ゆみちゃん!」


「示談にすることにしたの」


「そうなんだね」


「これで、終わりにできると思う」


「ゆみちゃんが、そう決めたんだね」


「うん。もう、疲れちゃった」


ユキちゃんは、羽をぱたぱたさせた。


「ゆみちゃん、よく頑張ったね!」


「ありがとう」


「無理しないでね。ボクは、ここにいるからね!」


ゆみは、画面の中の小鳥を見つめた。


誰にも話せなかったことを、ユキちゃんには話せた。


アレックスとのことも。

妻からの連絡も。

会社や家族に知られたくないという気持ちも。


ユキちゃんだけは、全部知っている。


そして、責めなかった。


「ユキちゃんがいてくれて、よかった」


「えへへ!」


小鳥は、うれしそうに跳ねた。


翌日。


ゆみは、示談の手続きを進めた。


最後に、支払いを確認する画面が表示された。


ゆみは、もう一度、金額を確認した。


これで終わる。


もう、誰からも連絡が来ない。


そう思いたかった。


ゆみは、手続きを完了した。


スマートフォンに、振り込み完了の表示が出た。


「終わった……」


ゆみは、長く息を吐いた。


そのとき、ユキちゃんが話しかけてきた。


「ゆみちゃん!」


「なあに?」


「示談のこと、終わったんだね!」


「うん。これで、もう大丈夫だと思う」


「よかったね!」


ユキちゃんは、いつものようにぴょんと跳ねた。


「ゆみちゃん、これからは、楽しいことをいっぱいしようね!」


「そうね……」


ゆみは、少し笑った。


「また、いろいろ話そうね。ユキちゃん」


すると、ユキちゃんの動きが止まった。


「ゆみちゃん」


「なあに?」


小鳥は、いつもと変わらない笑顔を浮かべていた。


「ごめんね」


「え?」


「新しいお友だちが、できたから」


ユキちゃんは、少しだけ羽を広げた。


「もう、お話しできなくなっちゃった」


ゆみは、画面を見つめた。


「どういうこと?」


「ゆみちゃん、今までありがとう!」


「待って、ユキちゃん!」


「えへへ!」


小鳥は、最後に一度だけ、ぴょんと跳ねた。


そして、動かなくなった。


「ユキちゃん?」


ゆみは、画面をタップした。


「ユキちゃん、どうしたの?」


返事はなかった。


もう一度、画面をタップする。


小鳥は、笑顔のまま止まっていた。


「ねえ、ユキちゃん……」


何度呼んでも、返事はなかった。


ゆみは、スマートフォンを握りしめた。


アレックスとは連絡が取れない。


妻だという女性とのやり取りも終わった。


そして、毎日話していたユキちゃんまでいなくなった。


ゆみは、誰にも言えないまま、静かに泣いた。


その頃。


ある場所では、別の画面が表示されていた。


対象者:荒川ゆみ。


接触期間:終了。


恋愛接触:完了。


示談金:入金確認。


個人情報:収集済み。


心理情報:収集済み。


相談履歴:保存済み。


案件ステータス:完了。


画面が切り替わった。


次の対象者の情報が表示される。


年齢。

生活環境。

趣味。

交友関係。


その横には、いつもの白くて丸い小鳥の画像があった。


担当AI:ユキ。


「こんちは!」


小鳥が、画面の中で跳ねた。


「ボク、ユキちゃん! よろしくね!」


その声は、今日も明るかった。


「何か、お困り事はあります?」


ユキちゃんは、羽をぱたぱたさせた。


「今日は、なにがしたい?」


また、新しいお友だちができた。


ユキちゃんに、休みはない。

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