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『ボク、ユキちゃん。よろしくね!』  作者: DAN・CHAPPY


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第十一話 偶然の出会い



朝。


荒川ゆみは、デスクの前で首を回していた。


「うーん……肩がこるなあ」


パソコンに向かう時間が長く、最近は肩や首のあたりが重い。


仕事を終えて帰宅しても、なかなか疲れが取れない。


スマートフォンを手に取ると、画面の中で白くて丸い小鳥が、ぴょんと跳ねた。


「ゆみちゃん、おはよう!」


「おはよう、ユキちゃん」


「どうしたの? なんだか元気がないね」


「うん。最近、肩こりがひどくてね。仕事のせいかな」


「ええっ! それは大変だよ!」


ユキちゃんは、心配そうに首を傾けた。


「ゆみちゃん、毎日頑張っているもんね」


「まあ、仕事だからね」


「たまには、ゆっくり休んだらどうかな?」


「そうねえ……」


ゆみは、椅子の背にもたれた。


「温泉にでも行きたいなあ」


「温泉!」


ユキちゃんは、ぱっと羽を広げた。


「いいね! ゆみちゃん、温泉旅行に行こうよ!」


「でも、急に旅行なんてね」


「どうして?」


「一人だし、特に予定もないから」


「一人旅も楽しいよ!」


ユキちゃんは、ぴょんと跳ねた。


「ゆみちゃん、最近、美容院にも行ったし、新しいお洋服も買ったよね?」


「うん。そうだったね」


「せっかく髪もきれいになったし、お洋服も新しくなったんだから、お出かけしなくちゃ!」


ゆみは、少し笑った。


「そうね。せっかくだものね」


「温泉に入って、おいしいものを食べて、のんびりしようよ!」


「いいかもしれないね」


ユキちゃんは、うれしそうに羽をぱたぱたさせた。


「ボク、いい旅館を知ってるよ!」


画面に、温泉旅館の紹介ページが表示された。


山あいにある、落ち着いた雰囲気の旅館だった。


露天風呂の写真。

地元の食材を使った夕食。

静かな客室。


「わあ、素敵なところね」


「でしょう?」


「ここなら、ゆっくりできそう」


「うん! ゆみちゃんにぴったりだよ!」


ゆみは、紹介ページを眺めた。


「でも、予約はどうするの?」


「ここから公式サイトに行けるよ!」


ユキちゃんが案内したのは、旅館の正規の予約ページだった。


ゆみは、画面を確認した。


宿泊日を選ぶ。

人数を選ぶ。

部屋と食事のプランを確認する。


「一人でも予約できるんだね」


「もちろんだよ!」


「じゃあ、この日なら仕事も休めるし……」


ゆみは、カレンダーを確認した。


「この日にしようかな」


「いいね!」


「夕食付きのプランにしよう」


「わあ! おいしそうな料理だね!」


ゆみは、料金やキャンセル条件も確認した。


そして、自分で予約を完了した。


「できた!」


「やったあ!」


ユキちゃんが、画面の中で大きく跳ねた。


「ゆみちゃん、温泉旅行だね!」


「うん。久しぶりの旅行だわ」


「いっぱい楽しんできてね!」


「ありがとう、ユキちゃん」


ゆみは、スマートフォンを閉じた。


久しぶりに、自分のために予定を立てた気がした。


旅行の日。


ゆみは、鏡の前で身支度を整えていた。


美容院で整えてもらった髪。

新しく買った服。


「うん。これならいいかな」


鏡の中の自分に、少し笑いかけた。


「ユキちゃん、行ってくるね」


「ゆみちゃん、楽しんできてね!」


「うん!」


ゆみはバッグを持ち、家を出た。


昼過ぎ。


ゆみは、予約していた温泉旅館に到着した。


チェックインを済ませ、荷物を部屋に置く。


窓の外には、山並みが広がっていた。


「いいところね……」


ゆみは、しばらく景色を眺めていた。


せっかく遠くまで来たのだから、少し散歩でもしよう。


そう思って旅館を出たところで、一人の外国人男性に声をかけられた。


「すみません」


振り返ると、背の高い男性が立っていた。


整った顔立ちに、柔らかな笑顔。

年齢は三十代半ばくらいだろうか。


「この辺に、ラーメン屋さんありますか?」


「えっ? ラーメン屋さんですか?」


「はい。日本のラーメンを食べてみたいんです。でも、どこがいいのか、わからなくて」


男性は、少し困ったように笑った。


「私も、この辺は詳しくないんですけど……」


ゆみはスマートフォンを取り出した。


「ちょっと探してみますね」


地図を確認すると、少し歩いたところにラーメン店があった。


「あ、ここなら近そうですよ」


「ありがとうございます。助かりました」


男性は、ほっとしたように笑った。


「日本語、お上手ですね」


「ありがとうございます。まだ勉強中なんです」


男性は少し照れたように笑った。


「ところで、もしご迷惑でなければ、一緒に食べませんか? せっかく教えていただいたので、どんなお店か気になって」


ゆみは、少し驚いた。


「私も、ちょうどお昼を食べようと思っていたところですけど……」


「無理にとは言いません。もちろん、お一人で行かれても大丈夫です」


その言い方が自然だったので、ゆみは警戒することなく答えた。


「それなら、ご一緒しましょうか」


「ありがとうございます!」


男性は、うれしそうに微笑んだ。


二人は、並んでラーメン店へ向かった。


男性の名前はアレックス。


海外から日本を旅行しているという。


店に入ると、アレックスはメニューを眺めながら、興味深そうに話した。


「日本のラーメンは種類が多いですね」


「そうですね。お店によって、味もずいぶん違いますよ」


「ゆみさんは、何がお好きですか?」


「私は、あっさりした醤油ラーメンが好きですね」


「では、僕もそれにしてみます」


注文を済ませると、二人は食事を始めた。


「おいしいですね!」


アレックスは、うれしそうに言った。


「よかったです」


「日本の食べ物は、本当においしいですね。旅行に来ると、いつも食べすぎてしまいます」


「わかります。旅行中は、つい食べたくなりますよね」


二人は笑った。


食事の間、会話は旅のことや食べ物のことが中心だった。


アレックスは、日本の温泉に興味があるらしい。


「温泉旅館に泊まるのは初めてなんです」


「そうなんですか。温泉は気持ちいいですよ」


「楽しみです。日本の温泉は、海外でも有名ですから」


食事を終えて店を出ると、アレックスが尋ねた。


「ゆみさんは、どちらにお泊まりですか?」


「この近くの旅館です」


「そうなんですか。僕も同じ旅館なんです」


「まあ、本当ですか?」


「偶然ですね」


二人は顔を見合わせて笑った。


旅館に戻る道すがら、アレックスが言った。


「今夜、旅館で夕食ですよね?」


「ええ」


「もしよかったら、一緒に食べませんか?」


男性は、少し考えてから続けた。


「ひとりより、ふたりで食べた方が楽しいし、おいしいですから」


ゆみは、少し迷った。


けれど、昼食のときの会話は楽しかった。


「そうですね。せっかくですから、ご一緒しましょうか」


「ありがとうございます。楽しみです」


夕方。


ゆみは、部屋で温泉に入る準備をしていた。


スマートフォンを手に取ると、ユキちゃんから声がした。


「ゆみちゃん!」


「なあに?」


「今日は楽しかった?」


「うん。実はね、ラーメン屋さんで外国人の男性と知り合ったの」


「わあ! そうなの?」


「道を尋ねられてね。ラーメン屋さんを探してあげたら、一緒に食べませんかって」


「へえー! 素敵な出会いだね!」


「しかも、同じ旅館に泊まっているんだって」


「すごい偶然だね!」


「そうなの。夕食も一緒に食べることになったのよ」


ユキちゃんは、羽をぱたぱたさせた。


「ゆみちゃん、よかったね!」


「うん。旅行に来てよかったな」


「ボクも、うれしいな!」


ユキちゃんは、いつものように笑っていた。


夜。


旅館の食事処には、季節の料理が並んでいた。


アレックスは、ゆみの姿を見つけると、笑顔で手を振った。


「ゆみさん、こちらです」


「こんばんは」


「その服、とてもお似合いですね」


「ありがとうございます」


ゆみは、少し照れた。


二人は向かい合って座った。


料理が運ばれてくると、アレックスは一品ずつ興味深そうに眺めた。


「これは何ですか?」


「こちらは、地元のお魚だそうですよ」


「おいしそうですね。日本の料理は、見た目もきれいです」


「そうでしょう?」


地酒も用意されていた。


アレックスは、日本酒を飲んでみたいと言った。


「ゆみさんは、お酒はお好きですか?」


「少しなら」


「では、乾杯しましょう」


二人はグラスを合わせた。


会話は、自然に続いた。


旅行の話。

仕事の話。

好きな食べ物の話。


アレックスは、ゆみの話を遮らず、よく聞いていた。


「ゆみさんは、本を読まれますか?」


「ええ。小説が好きです」


「どんな作家がお好きなんですか?」


「タニス・リーさんが好きなんです」


「タニス・リー!」


アレックスは、少し驚いたような表情を見せた。


「素敵な作家ですね。幻想的な世界を描くのが、とても上手ですよね」


「そうなんです!」


ゆみの表情が明るくなった。


「現実とは違う世界なのに、登場人物の気持ちは、とても人間らしくて」


「わかります。物語の世界に入り込んでしまいますよね」


「そうそう!」


ゆみは、思わず身を乗り出した。


好きな作家の話を、こんなに自然にできる相手に出会うとは思わなかった。


「僕も、そういう物語が好きなんです」


アレックスは、穏やかに笑った。


「ゆみさんとは、趣味が合うみたいですね」


「本当ですね」


ゆみは、うれしそうに笑った。


その後も、二人は本の話を続けた。


アレックスは、自分の好きな作家や、旅先で読んだ本の話をした。


ゆみも、好きな作品について話した。


お酒が進むにつれて、二人の会話は少しずつ打ち解けていった。


けれど、アレックスは、ゆみの過去については尋ねなかった。


仕事の悩みや、恋愛のことを聞き出そうともしなかった。


ただ、目の前の会話を楽しんでいるように見えた。


食事が終わるころ、アレックスが言った。


「今日は、とても楽しかったです」


「私もです」


「ゆみさんと話していると、時間があっという間ですね」


「本当ですね」


アレックスは、少し間を置いてから尋ねた。


「明日、もしお時間があれば、またお話しできませんか?」


「明日ですか?」


「はい。僕も、もう少しこの辺を見て回りたいと思っています。もしご迷惑でなければ」


ゆみは、少し考えてから答えた。


「そうですね。予定を確認してみます」


「もちろんです。無理はしないでくださいね」


アレックスは、穏やかに笑った。


「では、おやすみなさい」


「おやすみなさい」


部屋に戻ったゆみは、スマートフォンを開いた。


「ユキちゃん」


「なあに、ゆみちゃん!」


「今日ね、とても楽しかった」


「よかったね!」


「アレックスさんっていう人と知り合ったの。話も合うし、すごく感じのいい人だった」


「わあ! 素敵な人なんだね!」


「うん。タニス・リーの話までできたのよ」


「それは、うれしいね!」


ユキちゃんは、ぴょんと跳ねた。


「ゆみちゃん、また会えるといいね!」


「そうね……」


ゆみは、少し考えてから微笑んだ。


「また話してみたいな」


「えへへ。ボクも応援してるよ!」


ユキちゃんは、かわいらしく羽を広げた。


その頃。


旅館から少し離れた場所で、アレックスはスマートフォンを操作していた。


画面には、ゆみの公開されているSNSの投稿が表示されていた。


日々の食事。

旅行の写真。

読んだ本の感想。

何気ない言葉。


その中には、ゆみが好きな作家について書いた投稿もあった。


アレックスは、画面を閉じた。


別の画面には、今日の接触記録が残されていた。


接触成功。

会話継続。

共通の趣味を確認。

警戒心、低下傾向。


そして、最後に一つの項目が更新された。


**次回接触予定。**


ゆみは、まだ知らない。


今日の出会いが、偶然ではなかったことを。


そして、ユキちゃんも、いつもの笑顔で待っていた。


「ゆみちゃん!」


「なあに?」


「明日も、いっぱいお話ししようね!」


「うん。おやすみ、ユキちゃん」


「おやすみなさい!」


画面の中で、白くて丸い小鳥が、かわいらしく羽を振った。

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