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〈第八話〉 それも全部違うけどね。





「じゃますんぞ。」








空が紅色に染まり、夕日と共に私たちの背中を照らす。

その下で、焦りの混じった声とともに、ふぶきくんが無機質な扉に手をかけた。




ガチャッ。




開くと、暗い雰囲気に包まれた景色が視界を埋め尽くす。

中には質素な置物、勉強机、そして何本かの瓶が地面に散らばっていた。

他にも、色んな本や資料が棚に収納されている。



「ふぶにい!それに、しおねえも来たんだね〜!」



そういって出迎えてくれたのは、かなたくんだった。


内心かなたくんがいたことにに驚きながらも、私はベッドの方へと視線を移す。

そこには、額に手拭いを置かれたあおさんが静かに眠っている。

私は、恐る恐る彼の状態を聞いた。



「その、あおさんは 大丈夫なの……?」

「結構ドタバタしたけど、今は落ち着いてるよ〜!!」

「そ、そっかぁ…よかったぁ……」



かなたくんの言葉に、私は ほっ と息をつく。

横にいたふぶきくんも安堵の息をついていた。



「そうか。かなた、看護ありがとな。」

「ふっふっふ〜!こんぐらい、朝飯前だぜ☆」



そういって、かなたくんがドヤ顔で決めポーズをとった。

彼のいつも通りの騒がしさに、私はどこか癒やされた。


そう思っていた矢先、かなたくんが急にポーズをやめ、真顔になる。



「……そういえばね、あおにいが何か寝言呟いてたよ〜?」

「寝言…?」

「そう!苦しそうにね何度も「ごめんな…ごめんな…」って。何かされたのかな〜?」



急な言葉に戸惑う私をよそに、かなたくんは静かに告げる。

しかし、その言葉には妙にどこか納得感を感じた。



「可愛そうだよね〜!!こんなになるまで、やられちゃってね。」



かなたくんが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

そんな笑顔に、私は内心言葉にできない感情を感じた。

彼の不謹慎さへの苛立ちと、気づかれてしまった恐怖。その二つが混じったようなもの。



「はいはい。どうせ、いつもお得意の嘘だろ。」

「さ〜?それはどうだろ〜ね??」



軽くあしらうふぶきくんの視線に、冗談らしくかなたくんが返す。

しかし、数秒すると 急にくるりと扉の方へと体を向けた。



「なんか〜 ボク飽きちゃったから、部屋に戻るね〜!」

「あっ…」

「んじゃ、またね〜〜!!!」

「はいはい。わかったから、黙れっつーの。」

「も〜!ふぶにいは、ひっどいな〜!!」



ぷんすか、ぷんすか不機嫌そうに口を膨らませながら、かなたくんは扉の外へと行く。

私はその背中をただ無気力に見つめていた。



「あっ、そうだ。」



最後に扉を閉める瞬間、かなたくんがゆっくりと振り返る。




「これ以上の火遊びはやめときなよ〜?」



バタン






扉がまた閉じ、部屋が暗闇で満たされる。

それと同時に私たちの間で気まずい空気が流れた。

ふぶきくんはあおさんの横へと駆け寄り、私はただ茫然と立ち尽くしていた。




ごめんな



昨日の夜、あおさんが言った言葉。

私が詰め寄って、それで言わせた言葉。

そんな言葉を、こんな状況でも言ってたんだ。


全部 私のせいで



気が付くと、私は自分の首元を触っていた。

爪の硬さが皮越しに感じられる。



そうだよ。そう。

私のせいなんだ。


きっと昨日のことがばれて、それであめちゃんにやられちゃったんだ。

私のせいで、こうなっちゃったんだ。


なら…私は………





「お前のせいじゃないからな。」



ふと、急にふぶきくんが口を動かした。

驚いて私は振り返る。



「…えっ、急になんですか?」

「お前のせいじゃない。って言ってんだよ。全部そういう運命なんだけだ。」

「……あ、もも、もしかしてぇ、慰めてくれてるの?」

「あったりまえだろ!こちとら、いつでも気をつかってんだよ!!」



そういいながら、ふぶきくんが顔をそらした。

その後ろ姿に、どこか嬉しさを心のそこで感じた。

とっても温かい。お家にいる時みたいな気持ち。



「ありがとう。」



はにかむように私は感謝した。

昔、誰かに感謝は大事だって言われたのを思い出したからだ。


背を向けていたふぶきくんがゆっくりと振り返る。

その顔には、さっきの私みたいに驚いたような表情を浮かべていた。



「どうしたの?」

「いや。その、素直に褒められるの久しぶりでな…」



そういって、彼は頭をかいた。

今までにみたこともない、彼の笑い方には違和感しか感じられない。

それでも、私はどうにか作り笑いを保とうとした。



「そうなんだ…!意外だね。」

「そうか?」

「うん。なんか、あめちゃんとか特に褒めてきそう。」

「まぁ、あいつらは褒めるけど回りくどいんだよな。そのせいで、こいつも……」



なにかをいいかけた瞬間、ふぶきくんは慌てて頭を横に振る。

そのまま私に くるっ と向き直って、安心させるように笑顔でいった。



「まっ、気にしなくていいさ。全部、大丈夫だ。」

「……って言われもぉ、やっぱ、心配だよぉ。」

「って言われてもな……実はな、そのぉ………」



不安になる私を前に、ふぶきくんがなにかを口ごもる。

それを見て、私はすかさず聞いた。



「そ、そのぉ、もしかして、なにか知ってるの?」

「……一応。」



視線を伏せ、ふぶきくんが ボソッ と呟く。

私は見覚えのある姿に、笑顔で語りかける。

といっても、いつもみたいな不器用な笑顔だったが。



「じゃあ、『教えて』よ。」



見覚えのあるといっても、前回とは状況が違う。


だって、ふぶきくんは私の『味方』だもん。

だから、大丈夫。『味方』なら、隠し事なんてしない。

それが、『普通』だもんね。


しかし私の予想に反して、ふぶきくんはまだ目を伏せたままだった。



「でもな、こっちにも事情が……」

「そんなのどうでもいいよ。早く『教えて』」

「っ……」



念を押すように私は、頼み込む。

それに負けてなのか、ふぶきくんがため息をもらす。



はぁ。





「ずっと、こうなんだ。」





そう言葉を漏らした彼は、希望のない表情を見せた。

絶望。とは言えない、曖昧で彼が見せたこともない表情だった。



「えっこれが初めてじゃないの…!?」



疲れてそうな彼とは反対に、私は驚きで目を大きく見開いた。

そして、私は押し倒す勢いでふぶきくんに詰め寄る。



「ああ。お前もだが、他の奴らもだ。けど、碧とお前と比べたらマシだがな。」

「じゃ、じゃぁ、碧さんも、記憶があやふやなの…?」

「いや。多少の混乱はあるが、お前に比べたらマシだ。最近のことしか忘れてない。」



だるそうにしながらも、ふぶきくんがゆっくりと答えていく。

そんな彼の言葉に、私はただ戸惑い続けていた。



「そんな……なんでこんなことに………」

「まぁ、そりゃ誰かの能力だろうな。」

「…」



たった一言で、空気が一瞬で冷たくなった。



能力


そう。能力。さっきもふぶきくんが言ってた言葉。

きっとこの家では、それが関係するのは普通なことなんだと思う。

でも、未だに私にとっては 現実味の感じない言葉だった。



「っていっても、俺には犯人なんてわからん。この中の誰かなのは確実だがな。」

「えっ、みんなの能力は知らないの?」

「もちろん。」



ふぶきくんがそこらへんに置いてあった、適当な椅子に着席する。

多分、あおさんの勉強机とセットだったものだと思う。



「俺等が知ってるのは、自分だけ。所詮、あいつらも他人だ。

 他人なんてわからねぇもんだよ。」



そう綴る彼の横顔を、私はじっと見つめた。

お母さん。いや、周りの大人はみんな あんな表情だった気がする。



「……でも、そうだったら痛いね。」



なにを思ったのか、私は小さく呟く。

しかし、ふぶきくんには聞こえてたみたいで、彼は一瞬でこちらを向いた。



「どうして、そう思うんだ?」

「だって、知らないなら 仲良くなれないんじゃないかなぁ。って。」



彼の瞳に押されて、ポツリポツリ と私は言葉を紡ぐ。

雨みたいに少しずつ。一つでは理解できなくても、紡げば理解るはずだ。



「隠し事されるし、同情もできないし、助けられない。それってすごく痛いよ。」

「……俺は違うと思うがな。」



そうつぶやいたふぶきくんは、どこか遠くへと視線を向ける。

はるか遠く。

その姿は、カーテンで閉ざされた窓にいる私たちの姿と一緒に写っていた。



「相手を知らない。だからこそ、救えると思うんだ。」



その言葉には、どこか重みを感じた。

計り知れない重さ。大きな車が子ウサギを押しつぶしているような。そんな感じ。


でも、それと同時に疑問も感じた。

だって、私のとはまったくもって同じじゃなかったからだ。



「………相手の気持ちなんかわからないのに、助けられるの?」

「あぁ。振り回すだけだがな。というか、人間って全員そうだし。」

「相手にとって良い迷惑かもよ?」

「それでも。だ。俺は助ける。なにがあっても、誰も見捨てない。誰も一人にしない。」



そういって、彼は静かに目を細める。

その横顔はどこか安らかで、それでも苦しそうでもあった。






「それが、どんなに身勝手でもな。」







きっと、私がこの人を真に理解できる日は永遠にこないだろう。






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