〈第七話〉 ジュース片手に、一緒に
ポツン。ポツン。
規則正しいリズムで、水滴が皿に落ちていく。
洗い終わった皿に、また一つまた一つと悲しそうに落ちていく。
私はそのさまを、余ったコーヒーと一緒にただじっと見つめていた。
今は、もうお菓子の時間が終わるくらいの時間帯だ。
もう一日の半分が終わってしまったんだ。
「はぁ。」
小さなため息がこぼれる。
あおさんから最高の情報を貰ってもう15時間もたった。
それなのに、出口へは一歩も近づけていない。
[ 閉じ込めてるのは、ふぶきだ。]
あおさんの言葉。
その真意をふぶきくんに聞けたら、大きな一歩を踏み出せると思う。
しかし、何度も聞こうとしたが 毎回だれかに邪魔される。
みんなには邪魔する気なんてないんだろうけど、奇跡的に二人きりで喋れない。
多分、私 前世で人を殺したのかも知れない。
「や、やっぱり、そんな簡単に出られないかぁ……」
あめちゃんや、あおさん。
それに他のみんなの様子からも、予想はしていた。
きっと、わかっていた。
それでも、夢は見たい。見てしまったんだ。
ポツン。ポツン。
途方もない考えをよそに、水滴の音はただただ落ちていく。
まるで、刻迫る一日の終わりをカウントダウンしているようだった。
すると、ふと、首元になにか冷たいものが当たる。
「ひょへっ!?」
その冷たさに、変な声が出てしまった。
恥ずかしさと共に私は慌てて、振り返る。
そこには、缶ジュースを片手にふぶきくんが立っていた。
「浮かない顔して、どうしたんだ?」
ふぶきくんはいつも通りの優しそうな声で、話しかけてきた。
なんだぁ…ふぶきくんかぁ……
私は、その様子に安心して胸をそっと撫でおろす。
これで他の誰かだったら、多分すっごく怖かったと思う。
「そ、そうかなぁ…?」
「あぁ。また眉毛が変だぞ。」
「眉毛!?」
びっくりして、両手で眉毛を隠した。
そんな私の様子を、ふぶきくんは微笑ましそうに見つめてくる。
しかし、数秒すると 彼はゆっくりと私の横に腰かけた。
「それで、なにがお悩みなんだ?」
まっすぐな瞳と共にそう言われた。
私は、誤魔化すように口角をあげて愛想笑いを仕立て上げた。
「眉毛いじりされたことかなぁ。」
「そうかそうか!って、いうわけねぇだろ!!!」
「バレちゃった…」
私は残念そうに、笑顔を歪ませた。
まだコーヒーの入ったコップを静かにゆっくりと回す。
水滴の音が止まり、キッチンが静寂に包まれる。
「実はね、ここに来てからずっと考えてたの。
外に出たら、なにをしたいのかなぁ。って。」
そう。
確かに、私は外に出たい。
でも、その理由がずっと思い出せないのだ。
というか、なにか重要なものを忘れてる気がする。
「また、外か。」
「うん…どうしても、諦められないんだ。」
「ふぅん。ちなみに、答えは出たのか?」
「そうだねぇ……」
ふぶきくんは、視線をジュースに向けたまま問いかけた。
私はそんな質問を急に振られ、少し間ができた。
「わからない…かなぁ……」
「そうか。しおりらしいけどね。」
そういって、ふぶきくんはそのままジュースを一気に飲み干す。
私はそれをただまっすぐ見つめていた。
「……なぁ、外っていいよな。」
重苦しい空気を壊すように、ふぶきくんが呟く。
「うん。私はそう信じてる。」
「信じてる…か……」
私の答えに、彼はどこか儚そうに目を細める。
その瞳には、ただ小さな輝きを感じた。
小さい子供が月を見上げるような瞳。そんな感じだった。
「よし。決めた。」
ふと急に、ふぶきくんが立ち上がった。
手に 強く握りしめられたせいで、空っぽの缶がつぶれてしまっていた。
私は、わけがわからずただ彼を見つめる。
「決めた…?」
「あぁ。俺も手伝うよ。」
「お掃除を…?お掃除なら、自分でできるよぉ?」
「なんで、そうなんだよ!!外に出るのをだよ!!!」
そういって彼は私の頭を、ポンっと叩いた。
冗談っぽくいう彼とは反対に、私は大声とともに立ち上がる。
「今なんて!?!?」
「だから、味方になるって。」
「そんな、軽く!?」
「当たり前だ。だって、俺等は「家族」だろ?家族は助け合うもんだ。」
その言葉に違和感を抱きながらも、私は恐る恐る聞く。
まぁ、それもきっと二人の間の記憶違いのせいだと思う。
「じゃあ、私のために…?」
「まぁ。それもあるけど、本当は俺も外に出たいんだ。会いたい人がいてな。」
「そっか…なら、協力関係だぁ……!」
嬉しそうに私は微笑む。
協力関係…そっか。協力関係になれたんだ……
その言葉をなんども噛みしめるように、心の中で呟き続ける。
すると、不思議と安心感に包まれ、全身の力が抜けるような感覚に襲われた。
「っていっても、力になれるかどうかがわからないけどな。」
「えっ、そんなことないよ!それに…その、それでも、大丈夫だから。」
溢れそうな涙をこらえながらも、どうにかまっすぐと彼を見つめる。
窓に映る自分の顔の醜さは、ずっと忘れられない。
神様はやっぱり、いるんだぁ……
「私、ここに来てからずっと怖くって……でも、ふぶきくんが味方なら安心だもん。」
「そっか…ごめんな。気づかなくて。」
「大丈夫…!!私が信用してなかったのもあるし。」
「お前、俺のこと信用してなかったの!?まじで!?!?」
ふと、急にふぶきくんが驚いたように叫ぶ。
そのまま、彼は一歩ずつ詰め寄るように距離を縮めてきた。
私はわけがわからず、後ずさりしながら、慌てて言い訳を並べた。
「そ、その、あおさんに色々と言われたからぁ……」
「あいつか!!!くっっっそが!!!!めんどくせぇことしやがったな!!!」
またまた大声でいい、握っていた缶をふぶきくんが力をこめて投げ捨てる。
しかし、少し深呼吸をすると、彼は落ち着いてこちらを見つめなおしてきた。
「んで、てめぇはなんて言われたんだ?まさか、脅しか…!?」
「いや、えっと…いったら失礼じゃ…」
「んなの、どうでもいい!!さっさと言えって!!!」
ふぶきくんの圧に押されて、私は ひゅっ と息を飲む。
額の冷や汗が止まらない。
数秒間悩んだ末に、私は降伏するように両手を上げた。
「実は、ふぶきくんの力のせいで私たちは外に出られないんだ。って言われたの。」
今まで喉に詰まっていた言葉が溢れるようにいった。
そんな私の言葉に、ふぶきくんは驚いたような呆れたような顔を見せる。
「そりゃ、間違いだな。俺は、みんなを守ってんだ。閉じ込めなんてしてない。」
「え、えぇ?でも、あおさんは嘘なんか…」
まだ困惑した私をよそに、ふぶきくんは笑いながら視線を向ける。
その笑顔に、どこか違和感を抱いた。が、すぐに気にならなくなった。
「まぁ、力ってとこはあってるがな。なんなら、ここのみんなが持っている。」
「力…?」
「……あぁ。そうだ。」
疑問を浮かべる私を見て、どこか悲しそうにふぶきくんが答える。
やっぱり、昔の私は知っていたんだ。
そう思うと、どこか不思議に感じる。
握りしめるコーヒー入りのカップが、不安定に揺れるのを感じた。
「俺は、その力のせいで防御結界を………」
「しおりーーーん!!ふぶちーーー!!!!」
ふぶきくんの声をかき消すように、誰かが私たちのもとへと大急ぎで駆け寄る。
緑色のツインテールに、オレンジの瞳。
あめちゃんだ。
って、なんか、この光景 初めてじゃない気が……
どこかデジャブを感じながらも、私とふぶきくんは彼女に慌てて視線を向ける。
「あめ!?てめぇなんだよ急に?」
「…ぃが……」
「あおにぃが、大変なのーー!!!」




