〈第六話〉 苦い苦いコーヒーね
「お母さんたち、まだかなぁ……」
時計の針が、軽快なリズムに合わせて揺れる。
温かい日差しはもうなく、在るのは冷たいお月様だけ。
お母さんが外に出て、もう九時間たった。
いつもなら、もう少し早い時間帯に返ってくるのに。
おかしいなぁ。
「夜ご飯なにかなぁ。今日は話してくれるかなぁ。」
うわ言のように呟く。
変わらない景色を背景に、一人ぼっちの私。
外からは、カラスの鳴き声が聞こえる。
きっと、今日は帰ってこないのかもしれない。
「寂しいなぁ……。」
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「確かに。そりゃ、変な夢だな。」
そう言いながら、ふぶきくんがコーヒーをコップに注ぐ。
気持ちのいい朝日に、パンケーキなどの朝ごはんの匂いがキッチンに溢れている。
昨日の碧さんとの会話を得て、私はふぶきくんから情報を貰おうとしていたのだ。
そう。そうしようとしてたのだ。
しかし、話してるうちに、いつの間にか私の夢の話に話題を変えられていた。
実に恐ろしいものだ。ちゃんと、話そうと思ったのに。
さすが、私たちを閉じ込めてるだけある…!
「そ、その、いつものと違って、なんか心がキュッとするような夢で……」
「なるほどな。もしかしたら、怒られた時の記憶なんじゃないか?」
「怒られた時…?」
「そうだ。昔、友達がいってたんだ。」
なるほどぉ…と、どこか納得していた自分がいた。
ふぶきくんとの会話は、とっても落ち着くような、不思議なものだった。
なんか、自分のことをわかってくれてるみたいな。そんな感じ。
そんな私の横で、ふぶきくんがどんどんパンケーキをひっくり返していく。
彼の手際の良い動きには、一周回って怖い。
最後の一個をひっくり返すと、ふぶきくんは私に二枚のパンケーキが乗っかっている皿を差し出してくれた。
「まぁ、まずはご飯でも食べな。」
有無を聞かずに押し付けられた皿を、困惑しながらも私はダイニングへと足を進めた。
すると、横から二人の小さい影が近づいてきた。
あめちゃんとかなたくんだ。
二人は、私の皿をキラキラと輝いた瞳で見つめる。
「おお〜!いい匂いがすると思ったら、パンケーキじゃ〜ん!!」
「やった!!やったー!!!」
今にでも、踊りだしそうな勢いであめちゃんが ピョコピョコ と飛び跳ねる。
かなたくんも勢い強くキッチンへと走っていき、パンケーキを奪いに行った。
そのまま、私とあめちゃんは一緒にダイニングへと向かい、席についた。
他のみんなもぞろぞろと座り始める。
それに合わせて、かなたくんとふぶきくんが全員分の皿を持ってきてくれた。
「たんとボクお手製のパンケーキを召し上がれ〜!!」
「お前はなんもしてないだろ!」
二人のボケをはじめに、みんながフォークを動かし始めた。
私もナイフとフォークを上手く動かし、小さなパンケーキの切れ端を口に放り込む。
「お、おいしい…!お店のみたいにふわふわだぁ!!」
ほっぺが落ちそうなくらい美味しいパンケーキに思わず言葉を溢してしまった。
それに対して、ふぶきくんが嬉しそうに目を輝かせる。
「まじか!?実はな、これ友達から教えてもらったレシピなんだ。」
「友達って、もしかして外の?」
「ああ。学校の友達だ。よく遊んでいたんだよな。確か。」
そう言う彼の瞳には、どこか懐かしそうに遠くの景色を写している。
そんな瞳にふと、疑問が浮かぶ。
「そういえば、みんなは元々どこにいたの?」
ずっと、感じていた疑問。
絶対とは言い切れなかったけど、私に昔の記憶があるなら、みんなにもあるのではないかと思っていた。
それに、この会話ならみんなも楽しく話せるんじゃないかと信じていた。
しかし、私の想像していた反応とは違い、横に座るあめちゃんは不機嫌そうにこちらを見つめる。
「しおりん、その話はさぁ……」
「あっ!!ボクはね、妹と両親の4人で海に近いとこに住んでたよ~!」
あめちゃんが何かを言いかけた所に、かなたくんが すかさず割り込んできた。
困惑する周りに目もくれず、かなたくんはウインクしながら言う。
「確か、サッカー県ってとこ~!」
「馬鹿が。佐賀県だろ。全国の佐賀県民に謝れよ。」
「気が向いたらね☆」
本当にこいつは…というふぶきくんのため息が聞こえてくる。
そんな彼を気にもとめずに、かなたくんは くるり とひらりちゃんの方に体を向けた。
「それよりも、ひらりんは~?」
「覚えてないんだね。」
「違う違う!こーちじゃなくて、ひらりんに聞いてるんだよ?ね??」
「……」
パンケーキを刺すフォークを片手に、ひらりちゃんは黙り続けた。
無言を貫こうとするひらりちゃんに対し、かなたくんは可笑しそうに笑う。
「あはは!もうちゃんと答えてよ~?」
「こらこら。喧嘩ふっかけんじゃねえよ。」
「……めんどくさいね。ほんと。」
暴走し始めるかなたくんをとめるように、ふぶきくんが間に入る。
それと同時に、ひらりちゃんがなにかを呟いたが、それが二人の耳に入ることはなかった。
「全く。また、くだらない会話をしてんな。」
いつも通りのため息とともに、あおさんがいう。
変わらない態度にどこか驚きながらも、私は目を逸らす。
昨日のこともあってか、私たち二人の間には気まずい空気が流れているのだ。
「そういう、お前はどうなんだよ?」
そんな空気を読んでか、ふぶきくんがあおさんに話をふる。
あおさんは少し考えるように目を泳がせて、思い出を辿るようにポツポツと語り始める。
「そうだなぁ……確か、三人家族だったな。あとは…」
「どうせ、天才だった~!!って自慢すんだろ?」
「喧嘩売ってんな?」
ギロッと、あおさんが鋭い視線を向ける。
それにさっきまでの威勢をなくし、一瞬ふぶきくんが怯む素振りを見せた。
が、すぐにいつも通りの顔に戻った。
「あったりまえだ。喧嘩なら、24時間 毎日 売ってるわ!」
「ちなみに、ポイントカードは使えますか〜??」
「かなたは黙れ!!」
何故か会話に突っ込んできたかなたくんを、彼はフォークを向ける。
それに加えて、さっきまで固まっていたあおさんがため息をついた。
「ちょっと、箸がないんだが?店長出せ。店長。」
「お前も変なノリに乗るな!!!」
「俺が乗るのは、電車だけだが?」
「その喋り方やめろ!!!」
謎のノリに振り回されるふぶきくんを遠目に、私はコーヒーを一口飲む。
昔は苦手だった苦さが、今は普通に飲めることにどこか違和感を感じちゃう。
ゴクリ。
一息ついた私は、もう一度テーブルを見渡す。
そこにひろがるのは怒鳴り声と笑い声で溢れた、カオスとしか言いようがない景色だった。
「な、なんか、思ってたのと違うことに………」
「ほらね。だから、あめ止めたのに。」
横から呆れた様子で、こちらを見つめてきた。
確かにこの景色を見ると、数分前の自分を殴りたくなる。
申し訳なさで死にそうになっている私にトドメを刺すように、彼女は言葉を続ける。
「ここじゃ、外の世界はみんなの地雷ってやつだよー?」
「そうなんだ…」
「でも、よかったね。今回はみんなが気を使ってくれてね。」
そう言うと、あめちゃんは嬉しくもないのにわざとらしく笑顔を作り上げる。
あぁ。またやらかしちゃったんだ。
この笑顔はここに来てから、吐き気がするほど見てきた。
首を不気味に傾け、私を見つめる。
静かに輝く二つの瞳は、腐りかけのみかんみたいだ。
「次はないけどね」
すこし嬉しそうなあめちゃんの視線から逃げるように、私はコーヒーをもう一口飲む。
さっきまで感じなかった苦さが一気に押し寄せてくる。
だから、コーヒーは大嫌いだったんだ。




