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〈第四話〉 価値のない偽造品





ギシィ。ギシィ。





夕方と違い静かになった廊下を、私は忍び足で歩いていた。

不気味に照らす月を道しるべに、扉へと向かう。


当たり前だが、ここも家だ。

そして、家には必ず出口がある。


そう。扉。


あおさんが外から帰ってきたあの扉。

普通なら中からしか鍵を閉められない。外からは閉められない。

あの時は人が多くて駄目だったけど、真夜中の今ならきっと抜け出せるはずだ。



「あった……!」



暗闇の中から、金属製のドアノブが顔をのぞかせた。

私はゆっくりと手をかけ、しっかりと握りしめる。


これで、ようやく出られるんだ……!


淡い期待を持ちながら、思いっきりドアノブを回す。


ガチャッという小さな音と共に、ドアが少しずつ前に進んだ。

街頭に輝く外の景色が、私の瞳に広がっていく。

私は自分の左足を一歩前に出し、玄関の枠を超える。

しかし、



ゴンっ



「いてっ。」



足が地面につく前に、透明ななにかに顔がぶつかった。

慌てて後ずさりし、地面に力なくしゃがみ込む。


おかしい。

ちゃんと扉を開いたのに、なんで……


頭の中でぐるぐる考える。


せっかく逃げれたのに。

神様がくれたチャンスだったのに…

でも…でも、今度こそは……!!


私は、ふらつく足をどうにか立たせ、もう一度ドアノブを握る。

しかし不幸なことに、神様は私を見捨ててしまったようだった。




「……また君か。」




ため息交じりの声と共に、暗闇の中からあおさんが現れる。

適当なパーカーを羽織り、手に持つスマホを懐中電灯代わりとして使っていた。



「こ、ここ、これには理由があって……!!」



こんなことをみんなに言いふらされたら、今度こそ出られるチャンスがなくなっちゃう。

私は慌てて、誤魔化そうとした。

でも、あおさんは表情をピクリとも変えず、私を貶すように見つめた。



「何度も言ってるが、俺は誰も外には出さない。」



ぴしゃりと言われて、一瞬戸惑う。

しかし、流石に誤魔化せるわけないかと、納得してしまっている自分もいた。



「わかってるけど…でも……」



駄々をこねるように私はぼやく。

だって、ここまで来てそんな簡単に食い下がるわけにはいかない。

そんな私をよそに、あおさんは回れ右をして、そのまま帰路に着こうとした。


やばい……

このままじゃ、チャンスが………


私は自分のすべての知識を振り絞るように、考えを巡らす。



「……今度は、なんだ?」



気がつくと、私は振り返るあおさんの足元を両手で掴んでいた。

咄嗟に体が動いてしまったんだ。



「そ、その…そもそもなんで出ちゃ駄目なんですか……?」



どうにか場をつなごうと、言葉を絞り出す。

あおさんは、私の質問に呆れながらもどこか誇らしそうに答える。



「それは簡単だ。お前たちのためだ。

 お前たちみたいな雑魚には冷たい社会に耐えられないだろう?」



天井を見上げ、あおさんは話を続ける。

その横顔が月光に照らされ、昔読んだ本の王子さまみたいだった。



「みんなお前が出す「結果」しか見ない。見えないんだ。

 少しでも悪い結果を出せば、ゲームオーバー。

 努力もクソも関係ない。みんな結果結果結果……そればかりなんだ。」



そう告げるあおさんは、苦しそうな表情を浮かべていた。

まるで、そっちが地獄みたいに。



…おかしい。

おかしいよ。

そんなのおかしい。絶対におかしい。


自分の中でなにかにヒビが入った音がした。


なんで、あおさんはわからないんだろう?

外はあたたかい場所なのに。

なのに、なんでそんな苦しそうな顔を浮かべるんだろう。


絶対にこんなところに囚われるよりも、外のほうが自由なんだ。

これは紛れもない事実なんだ。

そうだよね。



「だから、出さない。これが俺の優しさだ。」



そういって、あおさんは私の手を振り払う。

自分の頭が真っ白になるのを感じる。



「……夢を…夢を見たんです。」



真っ白になった頭から溢れだすように呟く。

きっと、こんなことなんて昔の自分だったら言わないだろう。



「私の家で、窓に頬をくっつけながら両親の背中を愛おしく見つめた夢でした。」



あおさんはただ静かに、呆れたように静かに立ち尽くす。

不思議な気分だった。

夢のことを考えると、自分事じゃないように感じる。でも、違う。

本当に不思議。


私は深く息を吐いた。



「ねぇ、なんであなたは外に出るの?」



苦し紛れの言葉。

というか、私の言葉は全部苦し紛れの末に出たものばかりだった。


あおさんは小さくため息をし、重苦しい口を開いた。



「だから、言ってるだろ。俺はお前たちと違って耐えられるんだ。ただそれだけだ。」

「でも、それなら あおさんだって外に出なくてもいいじゃないですか。」



私の言葉に、あおさんが一瞬 言葉に詰まる。

しかし、すぐにさっきみたいな冷たい視線を向けてきた。



「俺は「特別」なんだ。だから、外に出れるんだ。はい。これでこの話は終わりだ。」

「違うでしょ?」



さっきまでの重苦しい空気が、一瞬で沈黙に変わる。

向けられた視線も、冷たいものから驚きに変わっていた。



「あなたは、自分のために出たいんでしょ?」

「んなわけ……」




「承認欲求」




そう。

つまりは私利私欲のため。

これが、ひらりちゃんの教えてくれた あおさんの弱み。


一体なんでこれが効くのかはわからないが、ひらりちゃんには感謝しかない。

実際、あおさんの開いた口は塞がってない。



「やっぱり。あなたに私を止める価値なんて『ない』んですね。」

「……」



さっきの威勢はどこいったのか、あおさんはただ黙っていた。

私はまっすぐとあおさんを見つめる。



「だから…私のことを……」






『邪魔しないで』






その瞬間、時計が25時を指した。

同時に、あおさんも地面に倒れ込む。


心配するのが普通だろう。

でも、こんな真夜中だ。私だって流石に疲れてしまった。


申し訳なさも感じながら、私は部屋へと向かおうとする。

しかし、零すようにあおさんがなにかを呟いた。



「……ふぶき」

「え?」



驚いて、振り向く。

あおさんは地面で体育づわりをしながら、ただただ呟く。



「閉じ込めてるのは、ふぶきだ。」



まるで、頭を金属バットで殴られたみたいだった。


ふぶきくんはきっとこの中で一番頼りになる人なのに。

なのに、ふぶきくんが私たちを…?



「え?な、なんで、そんな事を……?」

「そういう「能力」だ。それ以外は知らん。」



ため息混じりの声に、私は何度も戸惑わされる。

紫色の虚ろな瞳は、ただ地面の板材を反射していた。



「お前の言う通り、僕は価値なんてないんだ。」



5月の暑い日、その日、私は変なしぇあはうすに迷い込んだ。

きっと、ずっと前から運命は一緒だったんだ。


それでも、夢をみた。



泣きそうな声を絞り出して、あおさんは言う。

これが私がみた最初で最後の涙だった。






「ごめんな」






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