〈第三話〉 君は怠け者にならないでね。
カチャカチャ
もう太陽が顔を隠すくらいの時間帯。
水の中の食器たちがぶつかり合い、音色を響かせる。
私は持っていた食器を小さな布巾で丁寧に拭いた。
気持ちの良い音に、腹も満たされたのもあいまって、眠気が襲ってくる。
今は、夕飯を丁度 食べ終わったところだ。
ふぶきくんがお手製のハンバーグをみんなに振舞ってくれた。
みんなでダイニングテーブルを囲み、わちゃわちゃ一緒に食べたのだ。
本当に、一般的な家庭みたいだった。
他愛もない話を交わし、楽しそうに笑い、美味しそうに食べた。
でも、誰も外については「絶対」に喋らなかった。
最近の外の話題も、外での事件も、天気の話さえも。
だれも、喋らなかった。
というよりかは、触れなかった。
私は拭き終わった食器を言われた棚にそぉっと置き、ソファへと小走りした。
「え、えっと、あお…さん?」
恐る恐る近寄り、私が今一番話したい相手、あおさんの横に座った。
あおさんは読んでいた本から目を逸らして、不機嫌そうにこちらを見つめてきた。
多分、今いいとこだったんだろう。申し訳ないなぁ。
「なんだ?」
「ひょぇっ、じゃなくて、その、話がしたいなぁって…」
「はっきり喋ってくれ。」
「は、はぃ…!良ければ、話がしたいです…!」
慌てて背筋を伸ばし、私は作り笑いを浮かべる。
あおさんは小さくため息をつき、ようやく本をサイドテーブルに置いてくれた。
「何の話だ。」
「いやぁ、そのぉぉ……あおさんって、外に出れるんですよね?」
「当然だ。俺は特別だからな。」
「それで、よければなんですけどぉ……」
言葉が喉に詰まる。なぜだが、視界もぐらつく。
今回は、ちゃんとバレないように……
すーはー……
私は小さく深呼吸して、覚悟を決めた。
「私も一緒に外に行ってもいいでしょうか……!?」
その瞬間だった。
みんなで食べたハンバーグでの温かさが、一気に冷えた。
まるで、入ってはいけないところに踏み入れたように、銃口を向けられた。
そんな気分の悪さだった。
「ハハッ。つまらない冗談だな。」
あおさんが笑いながら、私を見下す。
その瞳は冷たく、あめちゃんのと どこか似てると感じた。
「いいかい?ここでは外の話は誰もしない。誰もだ。」
「でも……」
「返事は「はい」しか聞かない。」
「で、でで、でも、私は外に……!!」
ドンっ。
私の言葉を止めようと、あおさんが勢いよく立ち上がった。
その瞳は怒りで満ち溢れているのに、どこか悲しさも感じた。
「だから言ってんだろ!!!」
パリンっ。
やっちゃった。
私はあおさんの圧に負けて、後ずさりするうちに棚にぶつかり、花瓶を地面へと落としてしまった。
気が付くと、床は花と水でおおわれていた。
花瓶の破片が花火みたいに無数の方向に散らばる。
大きな音のせいで気付いたのか、横にはふぶきくんとあめちゃんがもう駆け寄ってきていた。
「ああああ!?!?ちょっ、花瓶がぁ!?!?」
「派手に割っちゃったねー!」
「ご、ごめんなさい……」
私が申し訳なさそうに頭を下げると、ふぶきくんが頭を優しく撫でてくれた。
あの時みたく、温かい太陽みたいな瞳が心を落ち着かせてくれる。
「こんくらい、平気。破壊組と比べたらどうってことないし。」
「そうそう!あめ、二階からほうき取ってくんねー!!」
そういって、手を振りながらあめちゃんは元気よく行ってしまった。
あめちゃんの元気さにどこか呆れながらも、ふぶきくんは私たちに小さなゴミ袋を渡してくれた。
「とりあえず、しおりはあおと一緒に片付けしときな。」
「なんで、俺も……」
「お前も関わってんだからな!!当然だ!!!」
「全く。なんてやつだ。」
あおさんが大きくため息をついた。
すると、どこからともなく、かなたくんが目を輝かせてやってきた。
「え〜!!なにしてんの〜ん??」
「今、こいつの足を拭ってんだ。」
「ふ~ん。」
あおさんから話を聞いて、かなたくんはニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。
その横では、ひらりちゃんがかわいい蛇のぬいぐるみを抱いている。
多分、かなたくんに連れてこられたんだろう。
「しおねえついに殺しちゃったのか〜。でも、それならボクも手伝うよ〜ん!!」
「なんで、人殺した前提なの…?」
「まぁ、花瓶の命は奪ったじゃないか。」
「いや、関係ない顔してますけど、あおさんもですよね……?」
自由気ままに話を広げるかなたくんに、それに乗っていくあおさん。
手伝いなんて本当にする気あるのか疑いたくなる。
そんなことを思っていると、ふと急にひらりちゃんが地面を指さした。
「……虫。」
見ると、そこには死にかけの蝉がいた。
死にかけといっても、弱々しく鳴いている程度だ。
「蝉か。俺と一緒に侵入したんだな。」
「そっか〜!もう外は夏だもんね〜!!」
そういって、かなたくんは蝉を片手で ひょい っと持ち上げた。
途端に鳴き声が一気に大きくなった。背筋が凍る。
「や〜ん!かわよすぎ〜!!」
「ひょえぇぇぇ……」
愛おしいそうに眺めるかなたくんをよそに、私は小さく悲鳴を上げた。
そんな私を、あおさんは不思議そうに見つめてくる。
「お前、虫得意だろ?」
「そ、そそ、そんなわけないじゃないですか!!!無理です!!!!!」
ブンブンっと勢いよく顔を横に振った。
虫は昔から本当に苦手だった。
あの触手、小さな手、そして動き。
もう、すべてが無理。虫を触るくらいなら、ここに残るくらい無理。
「え〜?しおねえ虫が大好きだって〜!?」
「んなわけないでしょ…!」
かなたくんに少し殺意を覚えながら、私はあおさんの背中に隠れた。
大きな背中を盾にすれば、多少は攻撃を避けられるはずだ。
我ながら、完璧な作戦。
なんて考えていると、なにかを思い出したようにかなたくんが蝉をまじまじと見始めた。
「あ〜、そうだ。虫ってきったねぇじゃ〜ん。」
その言葉と共に、蝉が勢いよくゴミ袋に投げ入れられた。
さっきまでかすれて聞こえた蝉の鳴き声が、一瞬で鳴りやむ。
「捨てた!?躊躇なさすぎない!?!?」
「死にかけだったし、それ以外どうしろってか。」
「えぇ……」
あおさんのなんなのかよくわからない言葉にドン引きしながらも、私は破片拾いに戻った。
この人たちにキャッチアンドリリースを求めた自分が、とても阿保らしく感じ始める。
そうだよ。この人たちに常識なんてないんだ。
「あっ、捨てる前にしおねえに渡そうと思ってたのに〜!!」
「考えが悪魔!!」
この状況に慣れ始めている私の横で、かなたくんがあちゃ〜っと手を顔に当てて謎のポーズをとりながら言った。
しかし、すぐに パッ と立ち直り、また笑顔に戻った。
「まぁ、今度 ひらりんと一緒にプレゼントすればいっか〜!! 」
「……そうだね。いいと思う。」
かなたくんを軽くあしらいながら、ひらりちゃんは破片を一つ拾った。
少しの間 見つめていると 彼女はゆっくりと顔を上げた。
そして、キッチンの方を指さした。
「……それよりも…ふぶにいが呼んでたよ。」
「あ~!そうじゃん!!も〜、あおにいったらおっちょこちょいさん☆」
「いや、誰も呼んでなんか……」
「ってことで、レッツゴ〜!!」
かなたくんの元気な声と共に、気づいたら二人は消えていた。
慌てて私も二人の後を追おうと、体を向けた時だった。
「……しおねえはいかなくていいよ。」
「えっ?」
ひらりちゃんが静かにそういった。
急な言葉に動揺しながらも、私は二人へと向かう足を止めた。
ひらりちゃんは、右目で私をじっと見つめ、ゆっくりと口を動かす。
「雨宮 碧」
「あおにいの弱みが握りたい……でしょ?」
「ひ、ひらりちゃん、ちょっとなにいってるのか……」
額から変な汗が零れる。
破片を持つ手も小刻みに揺れるのを感じる。
しかし、そんな私とは違いひらりちゃんは余裕のある表情を見せた。
「ひらりなら知ってるよ。全部。全部。」
その言葉に、小さな沈黙が流れた。
全部…全部知ってる……
ゴクリ と唾を飲み込み、私はひらりちゃんに体を向けた。
きっとこれが神様がくれた絶好のチャンスなんだ。
「……なんで、協力してくれるの?」
「ひらりがしたいから。ただそれだけ。」
「ほんと、みんな怠け者だしね。」
読んでくれて、ありがとうございます!!
めっちゃ早めの更新となりました!
月曜日までには第一章の残りを両方とも出す予定なので、楽しみに待っていてください!!




