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ハズレスキルを告げる神官ですが、追放される子にだけ「本当の使い方」をこっそり渡しています~七年で23通、全員生きていました~  作者: 他力本願寺


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第6話 余っているものは、無いことになっていた

授与式の翌日。王宮の地下深くにある結界中枢設備は、ひんやりとした空気に包まれていた。


 王都全体を覆う巨大な防衛結界の要となる場所であり、複数の宮廷魔導師と設備管理の役人たちが慌ただしく立ち働いている。


 ヨハンは地方聖堂からの視察記録係という名目で、最後尾に控えめについて歩いていた。彼らの視線の先には、純白のドレスの上から簡素な作業用外套を羽織ったリアーネ王女の姿がある。


「殿下。視察されるのは構いませんが、くれぐれも設備にはお手を触れぬよう」


 案内役の老官僚が告げた。中枢設備に未確認の技能を触れさせたくないという懸念は、ヨハンにも理解できた。


「中枢へは触れません。試験用の枝回路を一つ、使わせてください」


 リアーネは昨夜のうちに用意した申請書を差し出した。


「設備主任が遮断を担当し、私はその指示に従います。結果が出なくても、それを記録してください」


 老官僚は主任と目を合わせ、やがて許可した。


 枝回路の計器を、ヨハンは記録した。技能の示す「容量」を、何もない所から魔力を生む力と読んではならない。炉は昼も動き、使いきれない出力は逃がされている。その余りをどれだけ預かれるかが、最初の確認だった。


 リアーネが同意して試験端子に触れる。魔力計の針がわずかに下がった。主結界の出力は変わらない。


「三分で止めてください」


 ヨハンの声に、主任が砂時計を返した。


 三分後、王女は自ら手を離した。額に薄く汗が浮いている。


「まだ入る気はするわ。でも、今日はここまでね」


「はい。保てる時間も、まだ確かではありません」


 その場で小さな試験灯へ一部を戻した。灯が点き、王女の感じる蓄えが減る。もう一つ、熱系の試験灯には流れなかった。


「同じ系統、という条件ですね」


 ヨハンは記録に線を引いた。主任も計器の値を別紙へ控えた。


   *


 同日の夜。


 ヨハンはリアーネの要請により、王宮に併設された大規模な治療棟へ同行していた。


 昼間とは打って変わり、夜の治療棟は薄暗い。王宮全体の魔力供給が夜間用の防衛結界に回されるため、魔力消費の激しい設備は優先的に停止されるからだ。


 リアーネの前にあるのは、天井から吊るされた巨大な『治療灯』だった。これは光系の魔力を用いて重傷者の治癒を促進する高度な医療設備だが、現在は魔力供給を絶たれ、完全に沈黙している。


 昼間の主任が、治療灯を主回路から切り離した。


「一基だけ、規定の出力を越えたら止めます」


「お願いします」


 リアーネは受容体へ両手をかざした。数時間を経ても残っていた蓄えが、少しずつ流れていく。


 光系の枝回路から預かったものを、同じ光系の治療灯へ。空の器を持ってきたのではない。昼の炉が作り、使われずに逃げていた魔力を、時間をずらして返している。


 消えていた灯に、白い光が宿った。


 隣の病室から、戸の開く音がした。


「今夜は、使えるんですか」


 看護係が戸口に立っていた。主任が頷くと、その人は小さく頭を下げ、患者を呼びに戻った。


 王女の肩が、ようやく緩んだ。


 三十分後には蓄えが尽きた。都市を一晩照らす力ではない。だが、この一基を動かすために追加で焚くはずだった燃料は、使わずに済んだ。


 主任は当日の治療棟の燃料表に数字を書いた。今夜の条件なら、削減はおよそ一割。ただし一日の試験だけで、年間の効果まで言うことはできない。


「実働三十分。出力の変動は許容内です」


 主任の報告を、老官僚が渋い顔で受け取った。


「昼の残留魔力が出ただけかもしれん。殿下の技能によるものと記載するには早い」


「ええ。今日は一度ですから」


 リアーネは意外なほど素直に頷いた。


「では、同じ設備で、私が蓄えた日と蓄えない日を比べましょう。偶然かどうかを確かめるために」


 老官僚の口が止まった。主任は少し考え、三日分なら試験回路を確保できると答えた。


 ヨハンは記録を二部作り、一部を設備主任へ渡した。王女は自分の名の下へ署名した。彼の秘密を明かすための名ではなく、自分の試験に責任を持つための名だった。


 退室の時、リアーネは病室の戸に目を向けた。


「もう一度、灯せるようにするわ」


 その声は、官僚たちには届かなかった。


   *


 翌日の夕刻。


 王都での騒がしい視察任務を終え、疲れ果てたヨハンは、ようやく地方聖堂の自室へと帰り着いた。


 重い扉を閉め、深いため息をついたヨハンの背後から、声がした。


「おかえり、先生。王都の飯は美味かったか?」


 窓枠に腰掛け、リンゴを齧っていたのはS級救助冒険者のセラだった。神聖な神官の自室へ勝手に入り込むなど言語道断だが、彼女に常識は通用しない。


「……心臓に悪いから、普通にドアから入ってきてくれないか」


 ヨハンが苦言を呈しながら外套を脱ぐと、セラはリンゴの芯を包み紙に戻し、真剣な表情になった。


「あんたが王都へ発った日に、知らせが来た。別の街で第五等級の《余りもの》をもらったニアって子が、そのまま保護施設へ送られたそうだ。昨日と今日、現地で確かめてきた」


「保護施設で、何かあったんですか」


「表向きは教会公認の孤児保護施設だ。だが、内情は酷いもんだった」


 セラは懐から数枚の羊皮紙を取り出し、ヨハンの机に広げた。


「施設は食住を提供する代わりに、第五等級の子供たちに『保護費用の返済』という名目で、十年にも及ぶ長期の労働債務契約を結ばせている。実質的な奴隷契約さ。能力の使い道もわからず、低賃金でずっと飼い殺しにされるんだ」


 ヨハンは広げられた調査書に目を落とした。借金で縛り付け、選択肢を奪う。第五等級を理由に親から捨てられた子供たちの弱みにつけ込む、最も卑劣なやり方だった。


「……許せませんね」


「だろ? だから、明日にでも乗り込むぞ。あんたのその頭脳で、契約書の穴と、あの子の能力の使い道を見つけてやってくれ」


 セラはニヤリと笑った。だが、彼女はすぐに声を潜める。


「ただし、厄介な横槍が入りそうだ」


「横槍?」


「ああ。あの施設を嗅ぎ回ってるのは私たちだけじゃない。……異端審問官のマティアスだ。奴も別件で、あの施設の金の流れか何かに目をつけてるらしい。鉢合わせる可能性が高いぞ」


 ヨハンの脳裏に、数日前に記録室で冷たい視線を向けてきた漆黒の外套の男が浮かんだ。


 手紙の筆者だと疑われている状況で、異端審問官の目の前で第五等級の能力を解析する。それは、自ら正体を明かすようなものではないか。


 だが、見捨てるという選択肢は、とうの昔に捨てている。


「……行きましょう。彼らが搾取しているのは、未来の可能性そのものだ」


 ヨハンは決意を込め、静かに頷いた。

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