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ハズレスキルを告げる神官ですが、追放される子にだけ「本当の使い方」をこっそり渡しています~七年で23通、全員生きていました~  作者: 他力本願寺


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第5話 王女殿下も第五等級

アステリア王国の中心にそびえ立つ王都大聖堂は、ヨハンが普段勤めている地方聖堂とは別次元の豪奢な造りだった。


 天井を見上げれば見事なフレスコ画が広がり、祭壇には純金と宝玉が惜しげもなくあしらわれている。


 今日は王族の『授与の儀』。参列しているのは枢機卿をはじめとする高位神官たちと、王国の有力貴族ばかりだ。その中で、ヨハン・エーベルは部屋の隅に用意された小さな机に向かい、ただ黙々と羊皮紙に羽根ペンを走らせていた。


 彼に与えられた役割は、地方代表の『記録係』。


 昨日の今日で王都に呼び出され、場違いな空気に胃を痛めながらも、ヨハンは職務に徹していた。


「第三王女、リアーネ・アステリア殿下。前へ」


 厳かな声が響き、一人の少女が祭壇へと進み出た。


 十五歳になったばかりのリアーネ王女。銀糸のような美しい髪と、意志の強さを感じさせる深い海色の瞳。彼女は王宮内でも極めて聡明であり、鋭い観察眼を持っていると噂されていた。


 リアーネが静かに目を閉じ、祭壇の授能板に両手を触れる。


 儀礼の同意。神への祈り。


 眩い光が堂内を包み込み、やがて板の表面に技能名と系統が浮かび上がった。


 固有技能:《余白》


 系統:設備作用


 判定役の神官が表をめくる。


「標準化等級、第五」


 その瞬間、大聖堂の空気が凍りついた。


 沈黙の後、貴族たちの間から、隠しきれないざわめきが波のように広がっていく。


「第五等級……王家から外れスキルが」


「なんという不名誉だ。これで彼女は、王位継承の争いから完全に外れるだろう」


「ええ。早々に他国の老貴族へ降嫁させるのが筋というものです」


 囁き声は、どれも冷酷な政治的判断に満ちていた。


 当のリアーネ本人は、自身の技能札を受け取っても表情一つ変えなかったが、その小さな肩が微かに強張るのをヨハンは見逃さなかった。


(……王族であろうと、同じか)


 ヨハンは胸の奥で冷たい怒りを感じていた。


 名前と数字は出た。だが、この子が何をできるかは、まだ誰も確かめていない。


 ヨハンは手元の羊皮紙に記録を書き込みながら、自身の第五等級の技能《注釈》を発動させていた。


 リアーネが儀礼に同意したことで、彼女の技能《余白》の背後にある構造情報が、ヨハンの脳裏に流れ込んでくる。


『設備や術式で使われずに余った実際の魔力出力を蓄え、同一系統の設備・術式へ再配分できる。ただし生命力は対象外。蓄積時間および容量には上限があり、系統の一致が必要』


(設備・術式の余剰出力の再配分……!)


 ヨハンは目を見張った。


 一般の人間にとって『余白』という言葉は「何もない」「空っぽ」を意味し、無価値なものに思えるだろう。参列者たちは、そう受け取ったらしい。


 だが、この補足文が示す意味は違う。それは魔力や動力を蓄える『器』であり、不足している場所へ移し替えることができる能力だ。都市の防衛結界や、大規模な治癒術式などの運用において、これほど有用な後方支援能力はない。


(これを、無価値として捨て置くわけにはいかない)


 ヨハンは懐から小さな羊皮紙の切れ端を取り出し、素早く、見えにくい位置でペンを走らせた。


 儀式が終わり、記録係であるヨハンは、リアーネが受け取る公式の技能証明書に署名を求めるため、書類盆を持って彼女の元へ歩み寄った。


 周囲には高位神官や護衛の騎士が目を光らせている。


「殿下。こちらに署名をお願いいたします」


 ヨハンは深く頭を下げながら書類盆を差し出した。その際、証明書の束の下に、先ほど書いたばかりの『手紙』を指先で滑り込ませた。


 受け取った時に気づいて、こっそり読んでくれればいい。


 そう思っていたヨハンの目論見は、次の瞬間、あっさりと崩れ去った。


 リアーネの海色の瞳が、ヨハンの不自然な手元の動きと、その直後の「何かを伝えるような視線」を正確に捉えていたのだ。


「……」


 リアーネは一瞬だけ目を細め、書類盆の下から指先で小さな羊皮紙を引き抜いた。そして、周囲の誰にも気づかれないほど自然な動作で、それをドレスの袖口へと隠した。


 ヨハンは心臓が跳ね上がった。バレた。いや、騒ぎ立てられなかっただけマシか。


「ご苦労様。記録係」


 リアーネは何事もなかったかのように署名を終え、優雅に微笑んだ。


   *


 授与式が散会し、ヨハンが記録係の控室へ戻ろうと長い回廊を歩いていた時のことだ。


「待ちなさい」


 柱の陰から、鈴を転がすような澄んだ声が響いた。


 振り返ると、護衛を遠ざけたリアーネが一人で立っていた。彼女の指先には、ヨハンが渡した小さな手紙が挟まれている。


「殿下……」


「『使われなかった魔力を蓄え、同じ系統の術式に配分できる』。……驚いたわ。私の能力が《余白》と宣言されてから、ほんの数分の間にこれだけの条件を書けるなんて。一般の鑑定では系統までしか読めないはずなのに」


 リアーネは手紙をしまい、ヨハンを真っ直ぐに見据えた。


「地方で密かに囁かれている噂を知っているかしら。追放される外れスキルの子供たちにだけ、こっそりと『本当の使い方』を教える神官がいると」


「……」


「まさか、王都の出張記録係がその本人だとは思わなかったけれど。あなたの手元の動き、そして私を見る庇うような視線。隠し事をするには、あなたは少し優しすぎるわね」


 完全に看破されていた。


 聡明、観察好き。事前情報通りの王女に、ヨハンは背筋に冷たい汗をかいた。異端審問官のマティアスに目をつけられているこの状況で、王女にまで秘密が露見してしまったのだ。


「私を、教会上層部に告発なさいますか」


 ヨハンが観念したように尋ねると、リアーネは小さく息を吐いた。


「私は、無駄な争いや政治利用が嫌いなの。今の宮廷は、私が第五等級になったことで、私を継承争いから排除しようと躍起になっているわ。……でも、私は自分の価値を他人に決められるのはもっと嫌いよ」


 彼女の瞳には、年齢に似合わない強い光が宿っていた。


「告発はしないわ。でも、紙に書かれただけの言葉を無条件に信じるほど、私はお人好しではないの」


「……では?」


「明日、王宮結界の設備点検が行われるわ。昼間は魔力に余裕があり、夜間は不足しがちな古い術式よ。あなたの説明が正しければ、私の能力がそこで機能するはず」


 リアーネはドレスの裾を翻し、歩き出しながらヨハンに告げた。


「明日、地方代表の視察という名目であなたも同行なさい。あなたの言葉が真実かどうか、私の手で検証させてもらうわ」


 遠ざかる王女の背中を見送りながら、ヨハンは小さく息をついた。


 秘密を知る者がまた一人増えた。彼女となら、紙に書いた先まで確かめられるかもしれない。

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