第41話 帳簿を持ってきた人たち
「売上が増えた。だから、予算も出せるはずだ。――そう言うつもりはありません」
工房長は、証言台へ帳簿を置いた。
次に発言する参考人として呼ばれたのは、ニアの工房、ミラの治療院、ノルの伝令組合の責任者たちだった。
ヨハンの書いた数字ではない。それぞれの現場が、元の伝票とともに提出したものだった。
「ただ、今の計算に入っていない効果があります」
工房長が頁を開く。
ニアの担当する、再利用可能な同種端材の工程では、廃棄量が試行前より四割減っていた。全材料の四割ではない。選別の時間も賃金もかかる。その費用を引いても、この工程では節約が残った。
「一番助かったのは、使える物と、混ぜちゃいけない物を分けてくれたことだ。技能だけ借りれば同じ結果になる、という話ではありません」
治療院長は、均一な液剤を二等分する限定工程の記録を示した。容器と秤で再確認する。濃度の調整や投薬判断を、ミラの技能へ任せたわけではない。
「試行中、この工程での計量間違いはありませんでした。ただ、例数は少ない。医療事故がなくなったと宣伝するつもりはありません。廃棄した薬剤の量と、確認に必要な時間は減りました」
伝令組合長も、記録を差し出した。
「ノルは未知の落石を見抜くわけじゃない。通行情報を渡し、本人が知っている範囲で道を選んでもらう。今回の市内便では、混雑で戻された回数が減った。天候や荷量の影響もあるから、来季も比べます」
豪勢な勝利の数字ではなかった。
しかし、帳簿のどこを見れば同じ計算ができるかまで、三人は説明できた。
工房長は、もう一冊、薄い綴りを出した。
宿駅で相談を受けたリドの、その後の記録だった。
「《やり直し》の使い道です。まだ高価な部品は触らせていません。練習材で、加工して検査するまでの手順を教えている」
最初の解析にはヨハンの照合も使った。その事実は消さない。ただし、その後の工房での運用は、本人と親方、地方の神官で確認を続けていた。
「毎回先生を呼ばなくても、分かることは増やせる。分からない所で止めることもできる。私らが買いたいのは、そこまでを教える仕組みです」
デルムントが尋ねた。
「工房の利益を、そのまま教会の支出へ充てることはできない。その点は?」
「承知しています。だから、組合として研修費の一部を負担する案を持ってきました。働き手を囲い込む契約にはしません。負担するから、その子をうちへ寄越せ、という条件もつけません」
案は、これから正式に審査する。利益が見込めるからと、相談者の職場を先に決めてはならなかった。
リアーネが、予算案を開いた。
「二割の不足が、今日の証言だけで消えたとは考えていません」
彼女は最初にそう言った。
摘発された保護施設への新規委託は停止されている。しかし、施設で暮らす人の食費も、移転の費用も必要だった。補助金の全額が余るわけではない。
「既存の利用者の生活を維持する費用を先に確保します。その上で、翌期の未契約分から、法に沿って移し替えられる額を財務担当と確認しました」
その額と、組合の研修負担を合わせても、全国一斉の本格運用には足りない。
そこで、最初は既存の解析室と三つの拠点を中心にする。全聖堂には受付と生活支援の確認を求め、設備の必要な試験は拠点へ紹介する。危険な実験設備を、小さな聖堂すべてへ一度に置かない。
「初年度の支出には上限を設けます。待機者が増えた場合は、放置して帳尻を合わせず、人数と待機日数を追加予算の審議へ出す。効果が乏しいなら、方法を改める」
王家の予備費で一度だけ飾るのではなく、次年度にも審査できる案だった。
デルムントは書記官へ、財務部門の再計算を求めた。
即座の承認ではない。だが、机から払いのけられもしなかった。
トーマが最後に、地方からの返事を提出した。
「参加に関心を示す聖堂が増えています。ただ、署名と受入能力は別に数えました」
指導者がいる所。窓口だけなら開ける所。興味はあるが、人手が一人も余らない所。
その区別のない賛同の山では、予算を作れない。
ルカは傍聴席で、工房長の背中を見ていた。帰り際、親方が振り返る。
「ニアに、明日は朝から選別だと伝えてくれ。今日の話で注文が急に増えると困る」
ルカは笑い、うなずいた。
制度の話が終わっても、明日の仕事は待っている。その仕事をしている人たちが、今日はここまで来てくれたのだった。




