第40話 九十日だけ、外れと呼ばない
「明日から工房へ行け。学校の話は終わりだ」
授与式から出てきた父親が、少年の肩を押した。
ヨハンは回廊の相談机からその声を聞いた。神官資格はまだ停止中で、儀式の担当には戻れない。今日は、九十日試験後の限定活動を延長し、初期相談の費用を測るために認められた窓口だった。
つい先ほど、礼拝堂から「第五等級」という声がした時、ヨハンは扉まで行きかけた。係の神官が腕章へ目をやり、静かに首を振った。祭壇で次の言葉を足す役目は、今の彼にはない。
扉から出てきた少年は、ヨハンを見ても立ち止まらなかった。胸元には、以前の神官章がない。
ヨハンは呼び止めようと息を吸った。若い担当神官が、その前に親子へ声をかける。
「まず、お話だけでも聞かせてもらえませんか」
父親は立て札を見た。
「何分かかる」
「聞き取りは十分ほどです。試験は今日行うかどうかも含めて、ご本人と相談します」
少年が、小さく袖を引いた。
「聞くだけなら、いい?」
父親は黙って椅子へ座った。
技能名は《乾くまで》。塗った物が乾くのを止めるらしい。
話を聞くうち、父親の心配も見えてきた。上の学校へ行く費用を借りるつもりだったが、第五等級では就職口を見込めないと思ったという。
「才能を探せと言われても、その間の食い扶持は減らない」
「はい。そこも一緒に記録します」
担当神官が答えた。ヨハンは壁際で、かかった時間と人手を控えた。
少年が試験を希望し、父親も時間を取ることに同意した。皮膚につけず扱える練習用の接着剤を、同じ木片へ同量ずつ塗る。温度と置き場所を揃え、一方だけへ技能を使ってもらう。
何もしていない方は、五分ほどで表面が固まり始めた。技能を使った方は、まだへらで動かせる。
「ずっと触っていると、疲れます」
少年が言う。
ルカは時計を見た。
「今日はここでやめよう。限界まで続けなくていい」
指を離すと、止まっていた方も少しずつ固まった。待たせた時間が、急にまとめて戻ってきたわけではない。
既に硬化した別の試料には変化がない。一度に二つへ作用させようとすると、先の作用が切れた。
同意を得て、短い発動をヨハンが照合する。読み取れたのは、未硬化の塗膜や接着剤、一対象、接触中、最大三十分という制約だった。
ルカは『三十分』の横へ、構造の照合による情報であり、実用上の連続使用時間は未検証と記した。
「あれなら、継ぎ目を合わせる時間を取れるかもしれんな」
相談会に協力していた塗装工房の親方が、父親ではなく少年へ言った。
「興味があれば見学に来い。採用は、仕事を見てからお互いに決める」
少年は、初めて机から顔を上げた。
「家具を、直す仕事ですか」
「そうだ。塗る前に、ひたすら汚れを落とす日もあるぞ」
少年が少し笑った。
父親はまだ笑わなかったが、帰ろうとも言わなかった。
「その見学までの金は?」
立会人のリアーネが、承認済みの支援枠を示した。今回の小規模試行には、希望する家庭の生活相談と通学継続を支える予算がついている。王女の一声で、国じゅうへ同じ約束をできるわけではなかった。
「今日、進路を決めきらないための支援です。九十日の終わりに用途が見つからなくても、その日から支援をすべて切る運用にはしません。次の窓口へ引き継ぎます」
必要書類の多さに、父親が眉をひそめた。担当神官が、一緒に書くと答える。
少年は見学先の名を、忘れないよう自分の紙へ写していた。
午後、公聴会へ提出したのは、成功談だけではなかった。
聞き取り、試験、生活相談。職員が何人、何分必要だったか。技能の用途は仮説のまま、未確定と記す。
「九十日は、価値を証明する締切ではありません」
ヨハンは言った。
「授かったその日に切り捨てないための、最初の相談期間です」
デルムントは記録を読み、財務部門の試算を机へ置いた。
「では、その時間を全員へ用意する費用の話をしよう」
現行の第五等級者向け支援・鑑定事業の予算を基準にすると、全国一斉導入の初年度は約二割増。国家全体の予算が二割増えるわけではない。それでも、事業の担当者が今ある金だけで出せる額ではなかった。
「相談で帰す者にも、危険で試験を止める者にも、支援は要る。用途が見つかった者だけの収益で計算してはならない」
デルムントは、今日の少年の記録へ目を戻した。
「この不足を、誰が埋めるのか」
ヨハンも同じ記録を見た。少年が待つ間にも、食費はかかる。




