第39話 手紙で怪我をした人
「昼の鐘までは、こっちの仕事をさせてくれ」
ガイは作業台から顔を上げずに言った。
証人聴取の場所に彼が指定したのは、借りている装具工房だった。鉱山への同行で、直しの仕事が一日遅れている。日程を決める前にその事情を伝えると、記録係と審査局の役人が、工房へ来ることになった。
ヨハンは戸口の椅子で待っていた。ガイの望みで同席するが、代わりに答えてはいけない。
作業台の向こうには、片足の靴を脱いだ年配の女性が座っていた。椅子の横に、空の買い物籠がある。
「歩いてる時より、店先で待ってる時に痛むんだね」
「朝はいいのよ。帰りに、ここが擦れる」
女性は足首の内側を指した。ガイは装具の革に残った跡を見て、留め具の位置を少し変えた。
「これで一度、立ってくれ。まだ歩かなくていい」
女性が椅子の背へ手をかける。ガイは支えられる位置に立ち、顔を見た。
「どうだ」
「楽。でも、長く立ったらどうかねえ」
「そこは今、分からねえ。今日は近くで試して、痛んだら戻ってきてくれ」
棚には、似た形の装具がいくつも並んでいた。ガイは女性の品だけに、小さな糸の印を結んだ。
「次は、ここを見せてくれれば分かるから」
女性は靴を履き、買い物籠を持った。
「直し代は?」
「この前の分に入ってる。言っただろ、使ってから合わせ直すところまでだって」
「あんた、自分の商売も勘定しなさいよ」
女性が出ていくと、ガイは帳面を開いて、使った革と作業時間を書き足した。無料になったわけではない。最初にもらった代金から、今日の分を引くのだ。
昼の鐘が鳴った。
記録係が白紙を広げる。役人は棚を一瞥し、ガイの右脚へ目を落とした。
「仕事の邪魔をするつもりはない。五年前の負傷と、受け取った文書の関係を確認したい」
「なら、手紙の文から読んでくれ」
ガイは懐から原本を出した。持ち帰らせはしない。その場で写しと照らし合わせ、確認後は返すという約束だった。
役人が読み上げる間、ガイは一度もヨハンを見なかった。
「俺の技能は《硬直》だ。体が固まるなら攻撃にも耐えられると読んだ。手紙には、衝撃を消せるとは書いてない。消せないとも、書いてなかった」
記録係のペンが止まり、また動いた。
「それで、魔獣退治へ?」
「ああ。そこから先の怪我の経緯は、出した書面の通りだ。今日付け加えたいのは、仕事を受ける前のことだ」
ガイは作業台の縁へ指を置いた。
「依頼所で、一度聞かれた。『牙も通さないのか』って。俺は、たぶん、と答えた。相手はそれで俺の名を入れた」
「相手の氏名は」
「覚えてない。そこは、分からないと書いてくれ。言われた文句も、今の俺の記憶だ」
役人が少し眉を寄せた。
「すると、依頼所の判断にも問題があったと?」
「俺の話を、誰か一人のせいにする順番で聞かないでくれ」
ガイは手紙を広げ直した。
「この時の俺には、確かめる相手がいなかった。紙の主に会いに戻れば、先生が困るかもしれないとも思った。それで、分からないまま引き受けた」
ヨハンは膝の上の手をほどいた。
「あなたから聞き返す方法を、私は書かなかった」
「そうだ。今なら、その欄を空けるなと言える」
役人はヨハンへ向き直った。
「説明不足の責任を認めますね」
「はい。読んだ本人がどう理解したかも、その後に何を試すつもりかも、確かめていませんでした」
ガイは口を挟まなかった。ヨハンが書面へ署名するのを待ってから、自分の証言録を受け取った。
読み返す途中、ガイの指が止まった。
「ここ。『負傷を糧に職人となった』は消してくれ」
「現在の職業を説明するためですが」
「装具職人。それで足りる」
記録係は線を引き、訂正の確認を求めた。ガイがうなずく。
通りで買い物籠のぶつかる音がした。先ほどの女性が、店先で知人と話している。ガイは扉越しに足元を見てから、紙へ視線を戻した。
「新しい相談所では、役立ったかどうかだけ聞くのか」
「事故や中止も記録します」
ヨハンが答えた。
「じゃあ、痛いからやめたい、合わないから別の仕事を探したいって時も、戻れるようにしてくれ。説明書を渡して終わりなら、俺の手紙と同じだ」
ヨハンは、さっき女性に渡された装具の、糸の印を思い出した。
「戻ってきた人に、誰が応じるかまで決めます」
「ああ。その人の給金も忘れんなよ」
聴取を終え、役人たちが帰っても、ヨハンは椅子に座っていた。
公開討論で求められた費用の試算。初回の解析だけなら、時間を測れば書けると思っていた。直し、聞き直し、中止した後の相談。そのたびに人と場所が要る。
「まだ帰らねえのか」
ガイが、作業台の削りくずを払った。
「今の直しの時間を、費用の資料に使わせてもらえますか。依頼人のことは載せず、あなたの承諾する範囲で」
「俺の帳面だけじゃ足りねえぞ。技能を使う工房の記録も要るだろ」
ガイは壁の棚から薄い帳面を取り出した。
「ニアのところへ聞いてみろ。あいつ、端材を分ける時間まで数えてるからな」
ヨハンは手帳を開き、最初の行に工房の名を書いた。その下には、まだ誰に頼むか決まらない欄が、いくつも空いていた。




