第34話 中央へ向かう途中で
秋の風が、街道脇の草を倒していた。
王都までは通常なら半日の道だ。今回は回覧先の宿駅へ立ち寄るため、一泊する予定で出た。
ヨハン、ルカ、研修期間を延長したトーマ、護衛のセラ。九十日試験の後に承認された活動は、聞き取りと危険の少ない基礎確認に限られていた。新しい人体作用の試験はできない。
宿駅には、訪問予定を聞いて待っていた青年がいた。
「リドです。修繕工の見習いをしています。《やり直し》を、見てもらえませんか」
彼は仕事用の木片を、布に包んで持っていた。
「時間を戻すんですか」
ルカが尋ねると、リドは首を振った。
「物だけです。あと、失敗する時がある。親方には、やり直せると思うから仕事が雑になるんだと言われました」
「何ができるかと、仕事が丁寧かは、分けて考えましょう」
トーマは椅子を引いた。
今日は二人が聞き取りを担当する。ヨハンは、安全計画の確認と、求められた時の照合役に回った。
リドは一片の木へ浅い切れ目を入れ、すぐ指を当てた。淡い光が消えると、切れ目もなくなっていた。
「もう一度、同じ木でできますか」
「それが、できないんです。翌日ならできるんですけど」
ルカは『同一対象、一日一回か』と疑問形で書いた。
トーマが次の木片に番号をつける。
「同じ物を続けて使ったら、失敗した理由が、回数なのか別の条件なのか分からなくなります。一つずつ分けましょう」
別の木片に、トーマが傷をつけた。リドには戻せなかった。
さらに別の木片で、リド自身が傷をつけ、八秒待った。今度は戻せた。十二秒待った物は戻らない。
「八秒と十二秒の間に境目がありそうです。でも、十秒とはまだ書けません」
ルカは時計の読み取りの誤差も余白へ記した。
夕方までに確かめたのは、少数の木片に対する浅い加工だけだった。自然にすり減った道具を直せた経験はないという。生き物で試したこともなく、今日も試さない。
同意を得て、ヨハンが最後の一片への発動を《注釈》で照合する。
直前に自分が行った一操作。十秒以内。同一対象には一日一回。非生体物に限り、自然損耗と他者の操作は対象外。
読み取った制約を書き添えても、実証欄はそのまま残した。九秒や十秒近くを仕事の安全限界として使うには、もっと余裕を見た運用が要る。
翌朝、前日に一度戻した木片で、再び成功した。
リドはようやく肩の力を抜いた。
「親方が見た時は、同じ部品に二度使おうとしたんです」
「その説明はできますね。ただ、毎日必ず同じ条件でできるかは、もう少し記録を取りたい」
トーマが言った。
「役に立ちますか」
ルカは机の木片を並べた。
「精密加工で、削りすぎにすぐ気づける作業なら、候補になると思います。けれど、どこまで削っていいかを知らなければ、失敗したことにも気づけない」
「腕は、要るんですね」
「はい。それに同じ部品でその日二度目は使えない。やり直した後こそ、慎重に作業しないと」
量産でも使う余地はある。ただし、部品ごとの使用回数と検査を管理できるかは別の問題だ。魔力の消耗もまだ十分に測れていない。
トーマは工房宛ての提案を、採用推薦ではなく、低価値の練習材で検証を続ける相談として書いた。
リドはそれを読むと、丁寧にたたんだ。
「親方には、俺から話します。仕事が雑だって言われたことまで、この紙で取り消せるとは思ってません」
ルカが笑い、リドも笑った。
ヨハンは二人の間に口を挟まなかった。
その日の午後、王都へ着いた。
目指すのは大聖堂の『封印書庫』。古文書の保存と閲覧制限のための名で、隠された悪事だけが眠る場所ではない。
トーマが事前に申請し、マティアスが審査資料との関連を確認した結果、指定範囲の閲覧が許可されていた。
係員が目録と紙片を渡す。
「必要な請求番号をここへ。原本へ書き込みはしないでください」
何百年分もの棚を前に、セラが小声で言った。
「剣を振るう方が、よほど早そうだ」
「今日は剣を使う所がありません」
ルカが答え、目録へ戻った。
数時間後、その指が一つの項目で止まる。
『第一版 標準化等級表――および個別試験の推奨について』
刊行は、技能院創設期。二百八十年前だった。
ルカは声を出しかけて、係員のいる机を見た。それからヨハンの袖を引いた。
「見つけました。……まだ、目録だけですけど」
ヨハンは請求番号を書いた。
今度は、見出しの先を読める。




