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ハズレスキルを告げる神官ですが、追放される子にだけ「本当の使い方」をこっそり渡しています~七年で23通、全員生きていました~  作者: 他力本願寺


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第32話 強さではなく、役割

第三王女リアーネの公式申請によって始まった『九十日限定の個別解析試験』。


 王都郊外での大規模な救助訓練を経て、その試験はついに満了の日を迎えた。


 王都大聖堂の一角にある審査局会議室。長机の上には、ヨハンとルカが持ち込んだ分厚い羊皮紙の束が積み上げられていた。


「これが、九十日間における個別解析試験の全記録です」


 ヨハンは、ずらりと並ぶ審査官たちと、監督役であるマティアスに向けて静かに告げた。


 提出されたのは、リアーネ、ニア、ミラ、ノルをはじめとする被験者全員分の『五項目記録票』。それに加えて、試験中に発覚した語義の誤読、条件の読み違い、そして事故を未然に防ぐために行われた「試験の強制停止記録」の全てであった。


「……成功の記録だけではないのですね」


 マティアスが、ノルの《遠回り》の初期試験における「布の仕切りへの接触・留め具の破損」の記録を手に取りながら言った。


「はい。第五等級の能力は複雑であり、失敗や誤認は必ず起こります。重要なのは、それを隠蔽するのではなく、客観的な事実として記録し、確認した範囲と、まだ確かめていない条件を区別する手順そのものです」


 ヨハンの言葉に、審査官たちは沈黙した。


 彼らが手にしている記録票は、もはや得体の知れない「呪い」や「奇跡」を記したものではない。対象、効果、代償、例外が冷徹なまでに分析された、実務的な取扱説明書だった。


 そして何より、前日の救助試験において、この記録を元に連携した第五等級の部隊が、準備費用をかけた複合課題では標準技能班より短い時間で救助したという事実が、重くのしかかっていた。


「……認めざるを得ないな」


 筆頭審査官が、渋面を作りながら息を吐いた。


「これらの技能は、確かに条件さえ満たせば極めて有用だ。特に殿下の《余白》や、あの《つなぎ目》という技能などは、設備の保守に使える場面がありそうだ」


 審査官はヨハンを見据え、探るような口調で言った。


「ヨハン神官。お前の功績は認めよう。……ならば、これら有用性が確認された第五等級の技能を、第一等級や第二等級へと『格上げ』するよう、上層部に進言してやってもよいが?」


 それは、審査局なりの最大の譲歩のつもりだったのだろう。


 強い力を持つと証明されたのだから、上位のランクに入れてやる。ルカやニアたちが、ようやく社会から正当な評価を受けられるチャンス。


 だが、ヨハンは一切の迷いなく、きっぱりと首を振った。


「本人たちが望む処遇改善には賛成です。ただ、評価の軸は分けてください」


「な、なんだと?」


「等級を、人間の価値の上下と読むのは間違っています」


 ヨハンは声を張り上げることはせず、しかし会議室の隅々にまで届くような、確信に満ちた声で提言した。


「第一等級や第二等級と呼ばれる『標準技能』は、マニュアルに沿って必要な訓練を受けた人が、共通の手順で比較的安定した結果を出せる技能です。以前の教本にある『標準化難度』という見出しも、その違いを指したのではないかと考えています。……対して第五等級は、発動条件や個人差が大きく、共通手順に乗せにくい非標準技能です。低い数字へ移すより、確認できた用途を併記する仕組みが必要です」


 ヨハンの言葉に、審査官たちが息を呑む。


 ヨハンは第五等級を「実は一番強い最強の能力だ」と言いたいのではない。


「彼らを第一等級に格上げしたところで、標準的な運用ができないという事実は変わりません。私たちに必要なのは、強いか弱いかのランキングではない。標準技能も本人の希望と適性を確かめ、非標準技能には個別の相談機会を設ける。……ただそれだけのことです」


 強さではなく、役割。


 それこそが、ヨハンがこの九十日試験で最も証明したかったことだった。


「その提言に、私も完全に同意します」


 会議室の扉が開き、一人の青年騎士が入室してきた。


 第一等級の標準技能班長であり、ルカの兄であるレオン・ヴァルトだった。本日の会議に、救助試験の相手方として参考人招致されていたのだ。


「兄上……」


 同席していたルカが、驚きに目を見開く。


 レオンは弟を一瞥すると、審査官たちに向かって真っ直ぐに歩み出た。


「私たちの班は障害物の除去で勝り、仮設路を使った搬送では遅れました。ただし、あの班の事前準備を私たちが毎回できるわけではない。配置場所と資材が分かっている仕事で、組み合わせる価値があります」


 第一等級のエリートであるレオンが、公の場で自らの班の得意と不得意をはっきりと認めたのだ。


「ヨハン殿の仰る通りです。共通の手順だけでは、時間がかかる事態もある。だからこそ、彼らのような局地的な『役割』に特化した人材が必要不可欠なのです」


 レオンはそこで言葉を区切り、ヨハンとルカの方へ向き直った。


「その上で、実務を預かる班長として、ヨハン殿の『五項目記録票』に一つ提案があります」


「提案、ですか」


「はい。個人が持つ能力の条件や効果を記録する五つの欄は、素晴らしい発想です。しかし、実務の現場においてはそれだけでは不十分だ」


 レオンは、ルカが作成したニアやミラの記録票を指差した。


「先日の試験で彼らが見せた真価は、個人の能力単体ではなく、複数の技能の制約を噛み合わせた『連携』にありました。……ですから、個人の五項目に加えて、他のどのような技能と組み合わせれば相乗効果を生むか、あるいはどのような制約を補い合えるのかを記録する『連携欄』を追加すべきです」


 その実務的かつ論理的な提案に、ヨハンは目を見張った。


 ルカも弾かれたように顔を上げ、手元の予備の羊皮紙に素早くペンを走らせる。


『発動条件』『対象』『効果』『代償』『上限・例外』。


 その五つの項目のさらに下に、新しく太い線が引かれ、六つ目の欄が誕生した。


「……『連携欄』。ニアの《余りもの》の連携欄には、ミラの《半分》や《つなぎ目》との組み合わせ条件を記録する。そうすれば、必要な支えや設備、組み合わせてはいけない条件も探せるようになります!」


 ルカが興奮気味に叫んだ。


 レオンの提案は、一人分の情報だけでは足りないことを明らかにした。ルカは、兄の言葉を自分の手で書き加えた。


「レオン殿。素晴らしい提案に感謝します。これで、私たちの解析手順はより実戦的なものへ進化しました」


 ヨハンが深く頭を下げると、レオンもまた、かつて無価値だと見下していた弟とその師に向かって、敬意を込めて一礼した。


 ルカは新しい欄の隅に、『組合せも個別に検証する』と書き足した。


 その紙を中央局の幹部が見た。


「結構。では、その完成された解析記録の全てを、我々が預かろう」


 声の主は、審査官たちの中心に座る、中央授能審査局の幹部だった。


「……どういう意味ですか」


 ヨハンの顔から笑みが消える。


「試験の原本は、承認条件に従って中央へ移管する。過去の解析についても、上級審査の照会範囲に当たる資料を提出してもらう」


「提出範囲の一覧と、受領証をお願いします。本人の私信まで一律に出すことはできません」


 マティアスが横から確認を求めた。公聴会で預けた手紙は、すでに別の審査部門が保管している。ここで同じ原本を二度出せるはずもない。


 幹部は一覧を示した。


「本人の私信は対象外だ。ただし、資料の今後の閲覧と利用については中央局で審査する。地方の私的な団体へ、無制限の解析業務を認めるわけではない」


 原本を保管する必要はある。だが、利用の審査まで同じ局へ集めれば、また相談の入口は一つになる。


 デルムントの提案は、断っただけでは終わっていなかった。


 提出期限は、わずか三日後。


 ヨハンは、認証した控えを残せるか、マティアスへ尋ねた。原本を提出した後も、後から確かめられる道を残したかった。

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