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ハズレスキルを告げる神官ですが、追放される子にだけ「本当の使い方」をこっそり渡しています~七年で23通、全員生きていました~  作者: 他力本願寺


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第29話 枢機卿の提案

王都の中心にそびえ立つ、白亜の塔。


 中央授能審査局の最上階にある豪奢な執務室で、ヨハン・エーベルは一人の男と対峙していた。


 中央授能審査局長、枢機卿デルムント。


 今年で五十六歳になるというその男は、豪奢な法衣に身を包みながらも、一切の贅肉を感じさせない引き締まった体躯をしていた。銀色の髪は隙なく撫で付けられ、その眼光は狂信者のそれではなく、極めて冷徹な計算を絶えず行っている官僚の目だった。


「座りたまえ、ヨハン・エーベル殿」


 デルムントは執務机の向こうで、静かに促した。


 神官資格を停止された平民に対し、彼は嘲りの色も見せず、ただ事実を測るような目でヨハンを見つめている。


「……失礼いたします」


 ヨハンが硬い椅子に腰を下ろすと、デルムントは机の上に置かれていた数枚の羊皮紙を指先で滑らせた。


 それは、リアーネ王女の第二鑑定の内容を、試験開始後に五項目へ整理し直した『五項目記録票』の写しだった。


「見事なものだ」


 デルムントは淡々とした声で言った。


「発動条件、対象、効果、代償、上限と例外。……未知の事象を整理し、誰もが理解できる形へと変換する。君が考案したこの解析手法は、教会のどの学者の理論よりも実務的で美しい。異端審問にかけるには惜しい才能だ」


「……お褒めいただき、光栄です」


 ヨハンは警戒を解かずに答えた。デルムントが自分を呼び出したのは、ただ称賛するためではないことなど百も承知だ。


「単刀直入に言おう。ヨハン殿。君のその解析手法を、中央局の『内部技術』として我々に引き渡してはくれないか」


 デルムントの口から出た提案に、ヨハンは眉をひそめた。


「内部技術、ですか」


「そうだ。我々中央の特任神官のみがこの五項目記録の手順を共有し、第五等級者の解析を非公開で行う。そして、社会にとって有用だと判断された者だけを個別に保護し、適切な機関へ配置するのだ」


 デルムントは両手を組み、その冷徹な目でヨハンを射抜いた。


「これが最も安全で、最も効率的な方法だ。君が提唱するように、全ての第五等級者に対して解析を公開し、彼ら自身に考えさせるような制度は、社会に混乱を招くだけだ」


「混乱、ですか」


「そうだ。第五等級の能力は個人差が大きく、条件が複雑すぎる。それを未熟な子どもに知らせれば、己の能力を過信して無謀な真似をする馬鹿者が必ず出る。……現に、君の渡した手紙を読み違えて重傷を負った者がいると聞いているが?」


 公聴会でのガイの証言。


 その事実を突かれ、ヨハンはぐっと息を呑んだ。


「それに、解析にかかる費用と時間だ。全ての第五等級者を九十日もかけて個別解析していれば、教会の予算はすぐに底をつく。だからこそ、限られた専門家へ資源を集め、審査できた用途だけを認めるべきだ。条件の説明と監督まで地方任せにすれば、結局、事故の処理だけが中央へ戻ってくる」


 デルムントの論理は、極めて強固で合理的だった。


 悪意で第五等級を弾圧しているのではない。事故の責任を未然に防ぎ、限られた予算の中で国家の利益を最大化する。そのために『使えない者は見捨て、使える者だけを裏で拾い上げる』というシステムを維持しようとしているのだ。


 ヨハンは、デルムントの整った顔を見つめながら、強い既視感と、胸の奥から這い上がってくるような自己嫌悪を覚えていた。


 ヨハンは、机に積まれた百十件の申請を思い出した。費用も人手も足りない。それは反論で消える事実ではなかった。


 ただ、自分の手紙は本人に情報を渡していた。その点はデルムントの案とは違う。似ているのは、誰が情報へたどり着けるかを、事情を知る少数の人間だけで決めてしまうところだった。


 かつては自分と出会わなければ、手紙は届かなかった。今度は中央の選抜に残らなければ、自分の技能の説明さえ聞けなくなる。


「……猊下。あなたの仰ることは、酷薄ですが、為政者としては非常に合理的です」


 ヨハンは静かに口を開いた。


「だろう。ならば――」


「ですが、私はお断りします」


 ヨハンの明確な拒絶に、デルムントの眉がわずかに動いた。


「私も、相談できる相手を自分一人にしていました。手紙を受け取れた子と、出会えなかった子の間に、理由のない差ができた」


 ヨハンは両手を膝に置いた。


「だから、入口を増やしたい。公開するのは、他人の秘密でも、危険な使い方でもありません。相談先と、記録の方法と、試験を止める条件です。本人には、分かっていることと分からないことの両方を説明する」


「説明すれば、無謀な使用がなくなると?」


「なくなりません。監督も予算も要ります。だから段階を分けて始める。危険を知らせないまま放置する費用も、同じ表で比べていただきたいのです」


 それは、教会のトップに対する反逆であると同時に、過去七年間の自分自身に対する痛烈な決別宣言だった。


 デルムントはしばらくの間、無言でヨハンを見つめていた。


 やがて彼は、感情の読めない冷たい声で言った。


「理想論だな。君のその『公開して本人に考えさせる』というやり方が、どの範囲で安全に運用でき、標準技能の班に何を加えられるか、公の場で証明できるというのかね?」


「九十日分の記録と、最後の試験で示します。失敗や、かかった人手も含めて」


「……よかろう」


 デルムントは机の上の書類を一枚引き抜き、そこに羽根ペンでサラサラと署名を書き込んだ。


「ならば、公式な舞台を用意しよう。試験満了の前日、王都の郊外にある特別訓練施設にて、救助訓練が行われる。そこに君の言う『個別解析班』とやらを参加させたまえ」


 デルムントは書き上げた書類をヨハンに向かって滑らせた。


「競う相手は、第一等級と第二等級の技能保持者を中心にした『標準技能班』だ。……成果だけでなく、準備時間、費用、中止判断も比較する。優位な用途が示せたなら、その範囲で制度化を審議する。ただし、この試験一度で全国への拡大を認めるわけではない」


 ヨハンは書類を読んだ。中止が即座に失格となる規定はない。課題と安全条件は事前に開示される。


「参加者にも確認してから、正式にお返事します」


「結構。準備の費用も忘れず計上したまえ」


 最後の一言まで、デルムントの声は平静だった。


 比較相手は、実務経験を積んだ標準技能班。


 ルカの兄であるレオンが率いる、最も完成された標準技能班との、役割の違いを問われる実証試験が始まろうとしていた。

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