第27話 第二鑑定
王都大聖堂の奥深く、通常は高位の聖遺物を調べるために使われる『特別鑑定室』。
重厚な石の壁に囲まれたその部屋には、王宮から派遣された魔導官僚たちと、教会の高位神官たちが居並んでいた。部屋の隅には、腕を組んだ異端審問官マティアス・ロウの姿もある。
第三王女リアーネの第五等級技能《余白》の真の価値を問う、公式な『第二鑑定』の場である。
「……それでは、これより第三王女殿下の技能に関する再評価審議を行う」
中央授能審査局から派遣された審査官が、ひどく事務的な、それでいて不満を隠しきれない声で宣言した。
彼らの視線の先、鑑定室の末席には、平民の簡素な服を着たヨハン・エーベルが座っていた。
「参考人ヨハン・エーベル。あなたは試験責任者ではありません。提案する手順は、実施前にこちらで確認します」
審査官の言葉には、明確な棘があった。
王族の公式申請である以上、彼らも無下にはできない。だが、内心では『第五等級など無価値である』という教会の絶対的な常識を覆されることを極端に恐れ、この鑑定をただの形式的な儀式として終わらせようとしているのは明白だった。
「あなたが読んだとする構造情報を、まず説明してください」
審査官が求めた。ヨハンは準備した封書を机へ置いた。
「申告した内容はこちらです。ただ、先にそれを読めば、同じ答えを書き写す試験になりかねません。実測が終わるまで、封をしたまま預かっていただけますか」
審査官は封の印を確認し、記録係へ渡した。
「いいでしょう。では手順を」
ヨハンは白紙の五項目票を配った。
「私が提示するのは、答えではなく『検証の手順』です。皆様の目と、その手にある魔力計器を用いて、事実だけをその紙に記録していただきたい」
「それぞれ独立に計測し、結果が違えば違うまま残してください」
ヨハンの説明に、設備担当の官吏が頷いた。リアーネはその人へ、技能の使用と測定への同意を伝えた。
「よろしい。では、検証を始めます」
ヨハンは鑑定室の中央に用意された、小型の魔力炉と、空の魔力封入具(巨大なランタンのような魔導具)を指し示した。
「殿下。まずは出力を絞って稼働している試験用魔力炉に触れ、技能を発動させてください」
「ええ。《余白》」
リアーネが魔力炉に触れる。外見上は何も起きない。
「審査官殿、魔力炉から逃がされる余剰出力を計測してください」
「使われずに逃がしていた出力が減りました。燃料の投入量と、本回路への供給は変わっていません」
魔力計器を見た官僚が、驚きの声を上げた。
「まず、今測った値を書いてください。対象の範囲は、一種類の炉だけでは断定しないでください」
ヨハンが淡々と指示を出す。
「次に殿下。蓄えた魔力を、こちらの空の魔力封入具へ移してください」
リアーネが手をかざすと、魔力炉と同じ『火系統』の属性を持つ魔力封入具が、眩い赤い光を放って点灯した。
「なっ……魔力経路が繋がっていないのに、魔力が移譲されただと!?」
「これも事実です。『効果』の欄に『再配分』と追記を。……では、例外条件の確定に移ります。殿下、今度はあちらにある『水系統』の冷却器へ魔力を移してみてください」
「やってみるわ。……駄目ね。弾かれるような感覚がして、私の中から魔力が出ていかない」
「系統不一致による発動失敗です。『例外』の欄に『同一系統の設備・術式に限る』と記録を」
ヨハンの的確な手順に従い、検証は淡々と進んでいった。
量を変えた小さな試験を、休憩を挟んで繰り返す。保持時間は、九十日試験ですでに取った記録とも照合した。
生体から何かを取り出す試験はしない。『生体を対象にできない』という申告は、現時点では未実証の制約として記し、使用対象から除外する。実証のためなら何でも試していいわけではなかった。
審査官たちは、最初は鼻で笑っていたものの、次第に顔色を変え、無言でペンを走らせるようになっていた。目の前で起きていることは説明を聞くだけではなく、自分たちで測定できる現象だったからだ。
「――検証は以上です」
ヨハンが告げると、鑑定室には静寂が落ちた。
「審査官殿。皆様の手元の記録票を読み上げてください」
促され、筆頭の審査官が震える手で羊皮紙を持ち上げた。
「……対象は、設備および術式。効果は、未使用の魔力出力の蓄積と再配分。代償は術者の体力消費。上限・例外として、容量制限あり、同一系統に限る、生体への作用は不可……」
「封書の申告と、どこが一致するかを照合してください。まだ確かめていない欄は、空白のまま残して」
ヨハンは深く一礼した。
審査官が測った部分は、ヨハンが申告した内容と矛盾していなかった。
ヨハンの目を通さなくても。元神官の秘密の解釈などなくても。
試した範囲については、複数の人が同じ結果を得た。《注釈》なしでも、大部分は確かめられる。危険で試せない例外や、時間のかかる条件は残っていたが、少なくともヨハンの言葉だけを信じる必要はなくなった。
「……教義の解釈と、技能の運用記録を区別する根拠になりますね」
部屋の隅から、マティアスが歩み出た。
彼は審査官たちの手にある記録票を回収し、法的な総括を始める。
「ヨハン・エーベルが行ったのは、神の言葉を騙る『神託の解釈』ではありません。目の前にある現象を整理し、事実として文書化した『技能記録としての検証』です。この二つを分ける根拠として、上級審査会に提出します。本日の実測記録については、確認した範囲で署名をお願いします」
手続の番人であるマティアスの言葉に、審査官たちは完全に沈黙した。
リアーネは署名を終え、設備主任へ控えを渡した。次の運用日を相談する二人の声が、まだ静かな部屋に響いた。
*
第二鑑定の結果は、リアーネの同意を得て、試験条件とともに公表された。設備の配置や個人の事情は伏せ、確かめた用途を示した短い掲示が地方にも届いた。
『王女殿下の第五等級が、有用な能力として正式に認められた』
『地方聖堂の元神官が考案した手順を踏めば、外れスキルの使い道がわかるらしい』
人々の口の端に上った噂は、抑圧されてきた者たちにとっての希望の光となった。
数日後。
ヨハンたちが拠点としている、職人組合工房の二階『技能記録会』の部屋。
朝、ヨハンとルカが部屋の扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「な……なんだ、これは」
机の上、床、棚の上。部屋中のありとあらゆる場所に、山のような手紙の束が積まれていたのだ。
受付窓口をボランティアで担当してくれていた卒業生のエルサが、徹夜明けのひどく疲れた顔で奥から出てきた。
「おはようございます、ヨハン様。……ざっと数えて、百十件です」
「百十件……!?」
ルカが悲鳴のような声を上げる。
「はい。近隣の街や村に住む第五等級者たち、あるいはその保護者からの、『自分の技能も再鑑定(解析)してほしい』という依頼の申請書です。噂を聞きつけて、昨日から殺到しています」
エルサは眼鏡を押し上げ、ドサリと分厚い申請書の束をヨハンの前に置いた。
「秘密の救済ではなく、表の制度に変える。あなたの目的の第一歩は成功しました。……ですが、ヨハン様。あなた一人で、この数の能力を解析することは物理的に不可能です。どう乗り切るおつもりですか?」
積み上げられた依頼書の一番上には、「今夜の宿がありません」とあった。
ヨハンは試験用の帳面を閉じた。まず、今日連絡しなければならない相手を分けるために。




