第21話 第一等級だけで回す祭り
初夏の聖都を彩る『大祭』が、華々しいファンファーレと共に開幕した。
王都大聖堂とその周辺は、色とりどりの旗と、王国中から押し寄せた数万の群衆の熱気で満ちていた。
この巨大な祭りを裏で支えているのは、教会と王宮が誇るエリート集団――第一等級および第二等級の技能保持者たちで構成された『標準技能班』である。
「第二区画、魔力供給安定。昇降装置、規定速度を維持」
「第三区画、治療灯の出力問題なし。巡回警備班との連携を継続しろ」
無駄のない号令が飛び交い、複雑な魔力設備が完璧な歯車のように噛み合って動いていく。
第三待機区域と呼ばれる、倉庫を改装したような閑散としたエリア。そこで補助要員として待機させられていた『個別解析班』の面々は、魔法の鏡を通して映し出される運営本部の映像を見て、ただ圧倒されていた。
「すごい……。みんな、流れるように動いてる」
ルカが感嘆の声を漏らす。
映像の中心で指揮を執るのは、王都設備班の隊長だった。第一等級の技能を揃えた班が、定められた手順で次々に交代する。
「誰かが休んでも、引き継げる」
ヨハンはその動きを見て言った。
「そこは、私たちも学ばないといけない」
ルカが頷き、交代時に何を確認しているかを書き留めた。
王女リアーネも設備主任とともに待機区域へ入り、午前の計測記録を見比べていた。彼女の《余白》は予備回路での試験までで、大祭の本設備に組み込む許可は出ていない。
「でも、先生」
セラが窓の外の群衆を見下ろしながら、微かに眉をひそめた。
「今年の祭り、ちょっと人が多すぎやしないか? さっきから、入り口の入場制限が機能してないみたいだぞ」
「……ええ。私も気になっていました」
ヨハンは懐中時計を取り出し、時間と、待機区域の壁を這う魔力導管の脈動を交互に確認した。
事前の発表では、今年の来訪者は例年並みとされていた。だが、目算だけでもその一・五倍以上の人が大聖堂周辺に密集している。
群衆が増えれば、彼らを不測の事態から守る防衛結界の出力は自動的に上がり、空調や照明、昇降装置などの魔力消費も跳ね上がる。
「マティアス監査官。本部の魔力計器の数値、確認できますか」
ヨハンが、監督者として同席しているマティアスに問いかけた。
マティアスは通信用の魔導具を操作し、小さく舌打ちをした。
「……主結界の消費魔力が、想定のレッドラインを超え始めています。第一等級班が魔力を注ぎ込んで出力を維持していますが、これ以上人が増えれば、結界を支えきれなくなるかもしれない」
「他の設備はどうなっていますか。治療灯や、予備の昇降機は」
「そちらの稼働率は三割程度です。人手不足で、そこまで回す余裕がないのでしょう」
ヨハンは顔をしかめた。
余剰と不足の偏り。
これが、巨大なシステムが悲鳴を上げている証拠だった。結界の維持には魔力が足りず逼迫しているのに、使われていない治療灯の魔力炉には、無駄な余剰魔力がたっぷりと眠っている。
「監査官。本部に連絡を。治療灯の魔力供給を一時的にカットし、その余剰分を手動で主結界の回路へ回すよう進言してください。そうしなければ、いずれ結界の制御盤が過負荷でショートします」
ヨハンの切迫した言葉に、マティアスは頷き、すぐに運営本部へと通信を繋いだ。
通信先の隊長は、すぐに回路図を開いた。
『治療棟は別の炉だ。直結には変換器が要る。予備を運ぶ間、入場を止める』
「こちらの待機者も退避させます」とマティアスが答えた。
だが、別の声が割り込んだ。運営官だった。
『入場停止はまだ早い。奉納行列が残っている。出力を上げて対応してくれ』
『導管がもたない。技能者の数を増やしても――』
そこで通信に激しい雑音が入った。
ヨハンは歯を噛み締めた。標準班は限界を知っていた。だが、運営は手順書の定員を越える来訪者を通し、設備の限界より行事を優先した。
マティアスが、待機の終了と退避を宣言する。
「……最悪の事態に備えよう。セラ、防刃外套を。ニアとミラは部屋の奥へ。ノル、ここから外へ出る最短の迂回路を頭に入れておいてくれ」
ヨハンが避難者を入口へ誘導し始めた、その直後だった。
ビリッ、という空気を切り裂くような音が、大聖堂全体に響き渡った。
「きゃあああっ!」
「な、なんだ!?」
窓の外から、群衆の悲鳴が聞こえてくる。
ヨハンたちが窓から見下ろすと、大聖堂の上空を覆っていた半透明の防衛結界が、限界を越えて赤い火花を散らし、一部が弾け飛ぶのが見えた。
過負荷によるショート。
魔力の暴走は、逃げ場を失って物理的な衝撃へと変換された。
ズドドドォン!!
凄まじい地響き。ヨハンたちがいる第三待機区域のすぐ近く、大聖堂の東側にあたる巨大な石造りの連絡橋が、衝撃に耐えきれずに崩落を始めたのだ。
「崩れてくるぞ! 逃げろ!」
外の通路には、逃げ惑う一般の来訪者たちが雪崩れ込んでいた。
「ノル! 迂回路だ!」
ヨハンが叫ぶ。
「だ、駄目です!」
ノルが顔を真っ青にして、待機区域の入り口を指差した。
ガシャンッ! と、ひどく重い金属音が鳴り響く。
結界のショートにより、大聖堂の保安システムが誤作動を起こしたのだ。ヨハンたちと逃げ惑う一般客を閉じ込めるように、分厚い鉄の防火シャッターがけたたましい音と共に降り、完全に閉ざされてしまった。
天井からはパラパラと砂埃が落ちてくる。
二次崩落の兆候。
外に出る道は絶たれ、頭上からは巨大な質量が降ってこようとしている。
「……全員、私から離れるな!」
ヨハンは叫び、子どもたちを庇うように前に出た。
第一等級のエリートたちが手を出せない密室で。
ヨハンは落ちてきた石片を払い、退避口の位置を確かめた。ここから先は試験ではない。全員で、生きて帰らなければならない。




