第20話 外れ組ではなく、解析班
「大祭の……運用試験の補助、ですか」
ラウル司祭の口から飛び出した言葉に、ヨハンは眉をひそめた。
王国全土から人々が聖都へと集う、初夏の大祭。それは単なる祝祭ではなく、教会の権威を示すため、王都の防衛結界や巨大な治療灯といった魔力設備が最大出力で稼働する、国家規模の大行事である。
リアーネ王女が自分の第五等級技能《余白》の有用性を証明するために、その大祭の裏で行われる『結界運用試験』を利用しようと考えているのは明白だった。彼女は九十日限定試験の権限を使い、ヨハンたち地方聖堂の第五等級者たちを指名してきたのだ。
「すげえ! 王都の結界施設に入れるなんて!」
「私の分注も、役に立つでしょうか……!」
ルカやミラたち、実証協力者の子どもたちは目を輝かせている。自分たちが国の大舞台から声がかかったのだから、無理もない。
だが、ヨハンの顔は晴れなかった。
「司祭様。お断りすることはできないのでしょうか」
「えっ?」
ヨハンの言葉に、ルカたちがポカンと口を開ける。
「参加するかは各人の希望による。断っても試験の評価には影響しない、とあるよ」
「わかっています。ですが、大祭中の王都は尋常ではない数の人々が入り乱れます。何かの事故が起きる可能性も高い。彼らは未成年です。安全な訓練場で条件を絞って行うのが『実証試験』であり、彼らを予測不能な事態が起こり得る現場へ連れ出すことは、私の本意ではありません」
ヨハンは子どもたちを危険から遠ざけることを第一に考えていた。
そのヨハンの懸念に、横で聞いていた異端審問官のマティアスが静かに口を開いた。
「あなたの危惧はもっともです。監査官としての私の見解も同じだ。彼らを前線に出すような試験計画であれば、私は即座に却下する」
マティアスは冷徹な視線をラウル司祭に向けた。
「ですが、これはあくまで『補助待機』としての要請でしょう? 主力となるのは当然、第一等級や第二等級の標準技能を持つエリートたちのはずだ」
「あ、ああ、その通りだ。君たちの班は、結界中枢から離れた安全な待機区域で、日中に物資の計量と予備部品の整理をし、混雑する時間は待機してくれればいいと、書類にはある」
「ならば、条件付きで受け入れましょう」
マティアスはヨハンに向き直り、きっぱりと言った。
「未成年者は、必ず保護者か監督者が付き添って行動すること。いかなる場合であっても、危険任務や魔力が暴走する可能性のある現場には絶対に出さない。……これを絶対の規則化とし、私が直々に彼らの監督者として同行します。万が一の事態が起きれば、私が権限を用いて即座に試験を凍結し、彼らを避難させる」
手続と規則の番人であるマティアスが、自ら安全の盾になると宣言したのだ。
ヨハンは小さく息を吐き、隣で腕を組んでいるS級冒険者のセラを見た。
「私も行くよ。うちのガキどもに危険が迫ったら、私が全部まとめて担いで逃げてやる」
セラがニヤリと笑う。
ヨハンは待機場の避難路と、保護者・職場の許可欄も確かめた。二人が同行しても、危険がなくなるわけではない。現地を見て条件が違えば、その場で引き返すことを付記した。
「……わかりました。厳格な安全規則の順守を条件に、要請をお受けします」
ヨハンが頷くと、子どもたちから「やったあ!」という歓声が上がった。
大祭までは三週間あった。
訓練場では、ルカ、ニア、ミラ、ノルの四人が、それぞれの能力をどう活かすかのシミュレーションを重ねていた。
「ニア。この鉄の端材を、あそこの木箱まで運ぶのに、ばらばらだとこぼれるから、固めてくれるか?」
「うん、わかった! 《余りもの》!」
ニアが端材を一つのインゴットに再成形する。
「ミラ、これを運ぶのに荷重を分散してくれ」
「はい、《半分》。これで、私とルカくんで一つずつ持っているのと同じ重さになります」
「ノル、あそこの木箱までの安全なルートは?」
「《遠回り》。……まっすぐ行くと足元に窪みがある。右に迂回した方が安全だよ」
四人の連携は見事なものだった。単体では小さな力でも、ニアが物資を整え、ミラが荷重を二人へ分け、ノルが安全な道を指し示し、ルカがそれを記録・管理する。受け台を外す時には先に声をかける。ノルの案内を聞いても、足元は見る。地味な確認が、一回ずつ増えていった。
ヨハンは少し離れた場所から、彼らの成長を眩しげに見つめていた。
そこへ、教会の廊下を通りかかった若い神官と、第一等級の標準技能を与えられた騎士候補生たちが、訓練場を覗き込んで鼻で笑った。
「おい見ろよ。第五等級の外れ組が、ごっこ遊びをしてるぜ」
「王都からの要請も、どうせ数合わせの荷物持ちだろうに。無価値な寄せ集めが、いい気なもんだ」
彼らの陰口は、ヨハンの耳にもはっきりと届いていた。ヨハンが注意しようと一歩踏み出した時。
「寄せ集めなんかじゃない!」
ルカが、振り返って堂々と言い返した。
「僕たちは外れ組じゃない。それぞれの能力の条件を理解し、役割を果たすためのチームだ。……僕たちは、『個別解析班』だ!」
ルカの力強い宣言に、ニアもミラもノルも、怯むことなく顔を上げて騎士候補生たちを見据えた。
もはや彼らは、技能名だけで自分の価値を否定され、大人たちの顔色を窺っていた惨めな子どもではない。自分の『本当の使い方』を知り、誇りを持って社会に立とうとしている一人の人間だった。
騎士候補生たちは気圧されたように言葉を失い、「ふん、せいぜい王都で足手まといにならないことだな」と捨て台詞を吐いて立ち去っていった。
「……立派になったものだな。坊主どもは」
セラが感心したように呟く。ヨハンも深く頷き、ルカたちが作る五項目記録票の束を大切に撫でた。
そして、聖都の大祭初日。
王都大聖堂周辺は、王国全土のみならず他国からの来訪者でごった返し、異常な熱気に包まれていた。
空には防衛結界の淡い光のドームが張られ、街の至る所で巨大な治療灯や昇降装置が魔力を唸らせて稼働している。
ヨハン率いる『個別解析班』の面々は、事前の約束通り、結界中枢から離れた最も安全な『第三待機区域』と呼ばれる巨大なドーム状の待機場に配置されていた。ここは、もしもの時の予備物資が置かれているだけの静かな場所だ。
「すごい人ですね……ここからでも歓声が聞こえる」
ミラが少し不安そうに周囲を見回す。
「私たちはここで待機だ。前線で何かをすることはない。落ち着いていればいい」
ヨハンは子どもたちを安心させるように言った。
だが、ヨハン自身は懐中時計を見つめながら、微かな違和感を拭えずにいた。
大祭の運営を担っているのは、第一等級や第二等級の優秀な『標準技能班』のエリートたちだ。彼らの処理能力は極めて高く、設備の容量と人員配置が守られる限り、安定した運営が期待できる。
しかし、来訪者の数が事前予測を大きく上回っている。
ヨハンは待機区域の天井を通る魔力導管の脈動を見て、気がついた。結界を維持するための魔力、治療灯の消費、昇降装置の動力。全てが想定以上の負荷を生み出している。
(……余剰と不足の偏りが大きすぎる。標準技能班は、この負荷の偏りをマニュアル通りに処理しきれているのか?)
ヨハンは監督者へ計器の再確認を頼んだ。技能の等級では、導管の細さまで変えられない。




