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松の屏風と梅  作者: 如月 愁


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4/5

第4話 東風の吹く刻に。

 修復の最終段階に近づくにつれて、一花が工房を訪れる回数が増えた。

 最初は屏風の経過を確認するためだったが、そのうち特に用もなく来るようになり、湊もそれを当然のことのように受け入れた。

二人でコーヒーを飲みながら屏風を見ることが、日課のようになっていた。

 一花は引っ越しの準備を進めながら、工房に来た。

幼い頃の祖母の話をしたり、今の仕事の話をしたり。

 湊は聞いた。自分から話すのは得意ではないが、聞くことはできた。

一花の声が工房に満ちていると、梅の香りも濃くなる。それが心地よかった。


「あなたは」と一花がある日、聞いた。「この仕事、好きですか」


「好きです」と湊は即座に答えた。

「壊れたものを、元に戻す。それが性に合っている」


「完全には戻らないでしょう」


「戻りません。でも、失われた部分の輪郭は、わかるようになる。何があったかを、読み取ることはできる」


 一花は少し考えてから、言った。


「それ、人間関係にも使えそうですね」


 湊は答えられなかった。人間関係は、屏風より難しい。


 引っ越しの二週間前に、屏風の修復はほぼ完了した。

 右側の松は、汚れが落ちて鮮明になり、金地の輝きも戻っていた。松の幹の細部、松葉の一本一本が、再び生きているように見える。

 左側は、まだ空白のままだった。

 湊は何度も、この空白をどうするべきか考えた。修復師の仕事として言えば、後補彩色として新たに描き足すこともできる。

しかし何を描けばいい? かつてここにあったのは梅だが、梅を「戻す」ことが正しいのかどうか、湊にはわからなかった。

 引っ越しの五日前、一花が最後の確認に来た。

 その日の夜、工房に激しい風が吹いた。

 十二月の初旬にしては、温かみのある風だった。方角は東からだった。湊は気づかないふりをしたが、気づいていた。

窓枠が震えるほどの、そして梅の香りを運んでくるほどの、強い東風が。

 一花は屏風の前に立っていた。右の松を、左の空白を、交互に見ていた。

「湊さん」と一花が言った。


「はい」


「左側は、修復しなくていいです」


 湊は振り返った。


「空白のまま、でいいです。千年間そうだったんだから」と一花は言い、その後少し間を置いてから、「……でも、何か感じたら」と続けた。


「感じたときに、描いてください。あなたが」

 東風がもう一度、窓を鳴らした。

 湊は一花の横に立った。二人で、右の松と左の空白を見ていた。工房の照明の中で、金地は静かに輝いていた。


「一花さん」


「はい」


「好きです」


 言葉は思ったより短く出た。湊は普段、感情を言語化するのが苦手だ。しかし今夜は、これ以上も以下もない言葉が、自然に口から出た。

 一花はしばらく黙っていた。


「それは」と一花は静かに聞いた。「あなた自身の気持ちですか」


「わかりません」と湊は正直に言った。

「屏風の男の気持ちと、自分の気持ちが、どこで分かれているか、今はまだわからない。でも」


 湊は一花の横顔を見た。疲れていても、白いコートを着ていなくても、変わらずそこにある顔。


「わからなくても、確かなものだと思っています」


 一花は少しだけ笑った。泣いているわけではないのに、目が光っていた。

「私も」と一花は言った。


「あなたに会ってから、ずっと不思議な気持ちでいます。千年分の誰かに引っ張られているのか、自分がそう感じているのか、区別がつかなくて」

「同じです」

「でも」

「でも」


 二人が同時に言って、一拍の沈黙があって、それから二人とも、少し笑った。

 東風が止んだ。






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