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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第98話 私たちの葉を、世界樹へ

 リーネの一歩は、そのまま次の一歩へつながった。


 握られた指が前へ引かれるたび、私は同じだけ進む。

 数歩先で待っていた父上と母上も、私たちが追いつくと再び歩き始めた。


 前庭に残る人々の声は、まだ戻らない。

 父上たちへ頭を下げた者も、顔を上げると、人間の幼子が王太子の指につかまって歩く姿を追っていた。


 リーネは周囲を見回さず、前を歩く父上たちの背を追っていた。

 一度だけ私の指を握り直し、また前へ進む。


 私が歩けば、奉納台まではすぐだ。

 今は、先へ進む速さを決めているのはリーネだった。


 母上が一度振り返り、歩いてくるリーネへ笑いかける。

 父上も歩幅を狭め、四人で社へ入った。


 社へ入り、世界樹へ向かって開かれた奥まで進む。

 柱の間を埋める巨大な幹の前に、下見の日にも立った低い奉納台があった。


 父上と母上が、その手前で左右へ分かれる。

 私はリーネとともに、台の前まで進んだ。


 「着いたぞ」


 リーネは奉納台を見上げ、次に私が持つ布包みへ顔を向けた。


 「これ」


 「そうだ。ここへ届ける」


 握っている指は離さないまま、リーネが包みへもう片方の手を伸ばす。

 私は布包みを奉納台へ置いた。


 布を開くと、大樹の家から持ってきた一枚の葉が現れる。

 旅立ちの朝、リーネが遠い枝へ手を伸ばして選んだ葉だ。


 世界各地から運ばれた珍しい葉と違い、私には見慣れた形をしている。

 あの大樹を住居として育てた時、この葉を故郷へ持ち帰ることまでは考えていなかった。


 リーネは葉を指し、それから私を見上げた。


 「りゅー」


 「ああ。お前が選んだ葉だ」


 私は葉の茎を持ち上げ、世界樹へ向き直った。


 人間の国の、街から半日ほど離れた森に、私が育てた大樹は立っている。


 旅の間も、あの家にはフィルネたちが残っている。

 戻れば、マルタたちも同じ食卓へつく。

 今となっては、あそこを私一人の住居と呼ぶ方が不自然だった。


 だが、この一枚を選んだ者は、私の隣にいる。


 「この葉は、人の国にある大樹の家から持ち帰った」


 前庭まで届くように告げる。


 「今、私はリーネと、そこで暮らしている」


 父上も母上も、言葉を挟まず聞いている。

 前庭の者たちも静かなままだ。


 私は手にした葉を、隣のリーネへ見せた。


 「この一枚を選んだのも、リーネだ」


 リーネが自分の名に反応し、葉を持つ私の手へ近づいた。

 父上が一度うなずき、母上はリーネへ笑いかける。

 私はその場にしゃがみ、葉をリーネの前へ下ろす。


 「リーネ。一緒に届けるぞ」


 「あい」


 リーネの手が、私の指から離れた。

 開いた手のひらが、葉の中央へ載る。


 先に進み出ていた祭務者が、私たちの前へ両手を差し出した。

 私は茎を支えたまま、リーネの手が載った葉をその上へ運ぶ。


 祭務者の手が葉を受け止めても、リーネの手はまだ残っていた。

 手のひらを載せたまま、葉が祭務者へ渡るところを見ている。


 やがてリーネは自分から手を上げた。

 私も茎を離す。


 大樹の家から運んできた葉が、二人の手を離れた。


 祭務者が世界樹へ向き直り、その一枚を捧げる。

 すでに捧げられた数多くの葉の中へ、見慣れた緑が加わった。


 大きさも形も、特別な一枚ではない。

 それでも、あの家からここまで運んできた葉は、あれだけだ。


 これで、三日間に持ち寄られたすべての葉が、この場所へ届いた。


 私は立ち上がった。


 リーネは捧げられた葉を見ていたが、私の手が下りてくると、もう一度人差し指を握った。


 「届けたぞ」


 「うん」


 握った指を持ち上げ、リーネが笑う。

 私はその隣に立ったまま、ネフェリアの言葉を待った。


 奉納台の脇に立つネフェリアが、世界樹へ深く頭を下げる。


 「これにて、三日間のすべての葉が、世界樹へ捧げられました」


 父上と母上も頭を下げた。

 前庭に集った者たちもそれに続き、社と前庭から人の声が消える。


 私も礼を取りながら、リーネの手が届くところへ指を残した。

 リーネだけは頭を下げず、目の前を埋める世界樹の幹を見上げている。


 大祭では、最後の葉が捧げられた後、精霊王が精霊界から降りてくる。

 この国の者なら誰もが知る、十年に一度の時だ。


 直近三回を欠席した私にとっては、大祭でこの姿を見るのは四十年ぶりになる。

 リーネにとっては、もちろん初めてだった。


 その小さな手に、力が入った。


 「りゅー」


 呼ばれて頭を上げる。


 世界樹の前に、一つの光が現れていた。


 光は高く延びながら輪郭を持ち、人の姿へ変わっていく。

 揺らめきが頭から肩、腕へ形を結び、長い髪を思わせる光が背へ流れた。


 一つの属性へ偏った気配ではない。

 異なる精霊の力が、互いを打ち消すことなく一つに収まっている。


 その力だけを見れば、大精霊を超えている。

 だが、社にも集った者たちにも、押しつけるような魔力は少しも届かない。

 目の前の光は、リーネのそばにあっても、木の葉一枚揺らさなかった。


 それでも、あれを別の者と見誤ることはない。


 光が薄れた場所に、凜とした女の姿が立っていた。


 輪郭だけを借りた光ではない。

 そこに一人の女が立っていると分かるほど、顔も手もはっきりと形を持っている。

 だが、その身体を作っているのは血肉ではなく、すべての属性を束ねた精霊の力だ。


 国王も王妃も迎える側へ回るこの場で、現れた者だけが誰にも礼を取らない。


 「あれが精霊王だ。大祭の終わりに、精霊界からこの国へ降りてくる」


 リーネは私の指を握ったまま、現れた者を見つめている。


 精霊王が目を開いた。

 その姿を待っていた者たちは、誰一人として声を上げない。


 父上も母上も、国を治める者として精霊王を迎えている。

 奉納を終えたばかりのネフェリアも、今はただ深く礼を取っていた。


 「世界樹のもとへ帰った者たちよ。よく集った」


 精霊王の言葉が、静かな社から前庭へ広がる。


 「皆が携えた葉は、確かにここへ届いている」


 精霊王は、捧げられた葉の向こうにいる者たちへ言葉を続けた。


 「遠い地で暮らす者も、この地を守る者も、それぞれの十年を携えて帰った。その歩みを、私はここで迎えよう」


 その姿も、国中へ向ける言葉も、私が最後に会った時から変わっていない。

 少なくとも、大祭へ来なかった三回など、精霊王にとっては大した隔たりではないのだろう。


 父上と母上は、頭を下げたままその言葉を受けた。

 ネフェリアも動かない。


 精霊王は集った者たちを見渡し、やがて私のところで目を止めた。


 公に向けていた凜とした顔に、私がよく知る笑みが浮かぶ。


 「久しいな、リュセル」

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