第97話 私たちの番
本祭三日目は、三日間続いた奉納を王家の奉納で締めくくる日だ。
一般奉納が残り一組となり、私たちは王族用の控室を出て、前庭に面した廊下へ並んだ。
父上と母上は、私の少し前に立っている。
リーネはマルタに抱かれ、私の隣から前庭を見ていた。
本来なら、自分の葉を捧げた者から帰っていく。
だが今日は、奉納を終えた者たちまで前庭に残り、こちらを見ていた。
前庭に残る人々を見て、セラが私たちの後ろから小声で言った。
「昨日、エリルと球を転がしていらした時は、こんなに皆さんが集まるなんて思いませんでした」
「姉さん、昨日はそのあともあったでしょ。精霊がリーネ様についてきて、街の人たちがリュセル様にも気づいたの」
「それで今日は、お二人が一緒に葉を捧げるところを見に来たんですね」
「姉さんも、見たいんでしょ」
「それは……うん。とても」
その先では、橋を渡ってきた者が前庭の手前で、王太子殿下はまだかと尋ねている。
尋ねられた者は、奉納台ではなく、こちらを指した。
私は直近三回の大祭を欠席した。
王家の最後の奉納を見届けるだけなら、これほど早くから私たちを見に来る必要はない。
背の低いエルフの子まで地面に立ち、大人の服をつかんでこちらをのぞいている。
待たれているのは、私だけではなかった。
リーネは自分を待つ者たちには気づかず、マルタの腕から、奉納を終えて戻る家族へ手を振っていた。
相手が振り返すたび、もう一度手を上げる。
見知らぬ相手が増えても、昨日のように光へ囲まれていなくても、することは変わらないようだ。
マルタが抱く位置を少し下げると、リーネはその腕へ身体を預けたまま、通り過ぎる者の手元を追った。
葉を持って入った者は、戻る時には両手が空いている。
幼い子の手を取る者もいれば、久しく会っていなかった相手と肩を並べる者もいた。
やがて、葉を持って前庭へ入る者が二人だけになった。
一人が胸元に一枚の葉を抱え、その隣をもう一人が歩いている。
二人の間には、手を伸ばせば触れられるほどの隙間があった。
二人は並んで奉納台の前へ立った。
葉を持つ者は、それが今暮らしている土地から持ち帰ったものだと告げた。
そこで一度言葉を切り、隣に立つ者へ顔を向ける。
続けて、隣に立つ者を、故郷を離れていた間に伴侶となった新しい家族として紹介する。
前庭の外側で続いていた話し声が、二人の言葉が届くほどに収まった。
紹介を終えた者が頭を下げると、隣の者も同じように世界樹へ頭を下げた。
二人が顔を上げる前に、前庭から帰還を迎える声が返った。
紹介された者も葉へ手を伸ばした。
重なった二人の手の下で、葉がわずかに沈む。
葉を持つ者は、隣の手が載るまで待ってから腕を前へ伸ばした。
二人はそのまま葉を差し出した。
祭務者が両手で受け取り、世界樹へ向いた奉納台へ置く。
来た時と同じく、二人は並んでこちらへ戻ってきた。
葉を抱えていた腕は下り、空いた手が隣へ伸びる。
相手の手も動き、二人の指が重なった。
入ってきた時にあった隙間がなくなり、つないだ手が二人の間で揺れる。
前庭の外側から拍手が一つ聞こえた。
すぐ近くで別の手も鳴ったが、二人は手をつないだまま歩いていた。
奉納台には、三日間で持ち帰られた葉が重なっている。
その中へ最後の一枚を残した二人の手には、もう何もない。
それでも、来た時より二人の肩は近くにあった。
マルタの腕の中で、リーネが身を乗り出した。
二人がつないだ手を追いながら、自分の片手を開く。
何もつかまないまま指を閉じると、また開いた。
手をつないだ二人が私たちの前を通り過ぎても、その動きをもう一度繰り返す。
私はリーネの前へ手を出さなかった。
今はまだ、あの二人の番だ。
二人の姿が前庭から消えた後、葉を持って待つ者はいなくなった。
奉納台の脇にいたネフェリアが、こちらへ向き直る。
「一般の奉納は、これですべてです。国王陛下、王妃陛下、リュセル殿下。王家の奉納へお進みください」
父上と母上が並び、社の奥へ向き直った。
私は収納空間を開き、大樹の家から持ってきた布包みを片手で取り出す。
リーネが旅立ちの朝に手を伸ばし、遠い枝から選んだ一枚が中にある。
あの時と同じ布の感触が、手のひらへ戻った。
「これ」
リーネが包みを指した。
「そうだ。私たちの葉だ」
マルタがリーネを石畳へ下ろした。
両足が着くまで身体を支え、リーネが立つと手を離す。
リーネはマルタの服をつかまず、その場で石畳に立った。
私は布包みを持ったまま、空いている手をリーネの前へ下ろした。
「葉は私が持つ。お前は、ここを握れ」
差し出した人差し指へ、リーネの手が伸びた。
先ほどまで開いたり閉じたりしていた指が、今度は私の指を包む。
片手では足りないのか、もう片方まで重ねてくる。
片手には大樹の家の葉があり、もう片方の指には、その家で暮らすリーネの手がある。
「あい」
「両手で握れば、歩きにくいぞ」
リーネは私の指を両手で持ったまま片足を上げた。
それでは動きにくかったのか、上げた靴を石畳へ下ろし、ようやく片方の手だけを離す。
リーネは私の指を握ったまま、父上と母上の背へ顔を向けた。
父上が一歩を出し、母上も隣に並んで進み始める。
私は動かなかった。
リーネの右足がわずかに浮いたが、すぐ元の場所へ戻る。
握る力が強くなり、もう一度、前へ出そうとする。
父上は数歩先で立ち止まり、母上とともにこちらを待った。
前庭の外側から聞こえていた声が止んだ。
王家の列の中で、王太子が人間の幼子へ指を差し出したまま立っている。
頭を下げかけた者の背が、途中で起き上がった。
先ほどこちらを指していた者の隣で、エルフの子が背を伸ばしている。
リーネだ、と誰かが言った。
別の場所から、「王太子殿下が待っておられる」と声が返る。
リーネは声のした方へ顔を向けたが、すぐに私の指へ目を戻した。
足元を確かめ、片方の靴を石畳の前へ置く。
小さな身体が前へ傾くより先に、もう片方の足が床を蹴った。
「次は、私たちの番だ」
リーネが一歩を踏み出した。
握られた指が前へ引かれる。
私はその一歩分だけ、リーネとともに進んだ。
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