第96話 リーネと精霊
リーネは私の返事を聞き、もう一度、エリルが歩いていった方へ顔を向けた。
親子の姿はすでに、社へ向かう人々の間へ隠れている。
私はリーネを抱いたまま、同行者たちと通りへ戻った。
葉を抱えた者たちの流れに沿って、再び歩き始める。
通りの先では、世界樹の麓へ向かう人々が途切れずに歩いていた。
その頭上には、いくつもの精霊の光が漂っている。大祭の間、世界樹の近くへ普段より多くの精霊が集まるのは珍しくない。
リーネが上げていた手を下ろしかける。
その時、頭上を漂っていた光の一つが人々の流れを離れ、私たちの方へ降りてきた。
光は、リーネの指先へ届きそうな高さで揺れる。
「あぅ!」
リーネは下ろしかけていた手を、光へ伸ばした。
光は逃げず、開いた指の動きに合わせて右へ左へと動く。
リーネはもともと精霊との親和性が高い。
《七葉の王護》にも、友好的な精霊から好意を向けられやすくなる働きがある。だから、一体の精霊が興味を示すだけなら不思議ではない。
私は歩みを変えず、リーネが光へ手を伸ばすままにした。
しかし、その光は元の場所へ戻らなかった。
向かいから来た奉納者を避けて私の肩側へ回り、そのまま同じ速さでついてくる。
少し先にいた別の光が、一つ加わった。
さらに、葉の上を漂っていた光が二つ、後ろから来た光が一つ、人々の頭上を離れてリーネの周囲へ降りてくる。
リーネは片方へ手を伸ばしたまま、反対側に来た光へ顔を動かした。
「あー」
光は数える間にも増えた。
通り全体に散っていた時には祭りの景色の一部だったものが、リーネの周りだけで一つの輪になる。
最初に異変へ気づいたのは、すれ違った年若いエルフだった。
抱えていた葉を胸元へ寄せ、私たちが通り過ぎても、その場に立ったまま光を数えている。
「……あんなに?」
隣を歩いていた者も振り返った。
「一人についているのか」
「まさか。精霊が近くへ来ることはあっても、あんなふうに群れて歩みまで追うものか」
言葉を聞いた者たちが、次々と私たちの方へ身体を向けた。
祭りの最中なのだから、精霊そのものを珍しがっているのではない。生まれた時から精霊のいる国で暮らしてきた者たちが、その集まり方を見て立ち尽くしている。
それなら、私が考えていたよりも平常との差は大きい。
隣を歩いていたルヴェンが、私の反対側へ回った。
それでも精霊たちは動かない。数体が彼の前を横切り、リーネが伸ばした手の先へ集まった。
『私が呼んだのではありません』
「お前についてきたわけでもないのだな」
『はい。あの子たちは、自分からリーネ様へ集まっています』
大精霊であるルヴェンより、リーネを選んだらしい。
その間にも、通りの左右から声が増えていく。
「中心にいるのは誰だ」
「耳を見ろ。エルフではない」
「人間の子だぞ」
そこで驚きの声が一段上がった。
エルフの市で、人間の幼児が精霊の群れに囲まれている。しかも、本人は怯えるどころか、一番近くへ来た光をつかもうとして笑っていた。
「きゃっ」
リーネが手を振る。
光の輪が一斉に傾き、次の瞬間にはまた指先の周りへ集まった。
通りの端にいた壮年のエルフが、隣の者へ言った。
「大祭で精霊が増えることはある。だが、一人の呼びかけもなく、あれほど同じ者を追う光は見たことがない」
「それも、人間の子を?」
「人間だから驚いているのではない。あれは、我々の子にでも起こらぬ」
リーネはその言葉を理解していない。
大樹の家では、フィルネたちや配下の精霊が近くにいる。本人にとっては、いつもの相手が増えた程度なのだろう。
私が背を支え直すと、リーネは両手を上げた。
二つの光がそれぞれの手へ寄り、残りも腕や肩の周囲で揺れる。リーネは一方へ触れようとして逃げられ、すぐに反対側へ手を伸ばした。
また笑い声が上がる。
市の者たちは、その笑い声にまで驚いたように黙った。
やがて、一人が私の顔に気づいた。
「待て。あの方は……」
近くにいた者が、私の銀髪と耳を見て息をのむ。
「リュセル王太子殿下だ」
その名は、精霊の話より速く周囲へ伝わった。
「王太子殿下がお戻りになっていたのか」
「では、抱いておられる人間の子は……」
声を聞いても光の輪が見えない者たちが、何が起きたのかと前の者へ尋ね始めた。
近くに立つエルフの子が、こちらを指す。
「ひかりのなかにいるの、にんげん?」
「ああ。王太子殿下が抱いておられる子だ」
「せいれい、あのこがすきなの?」
そばにいた大人はすぐには答えなかった。
代わりに、老いたエルフが光の輪を見たまま言う。
「好かれる者はいる。だが、呼びもせず、これほど一度に遊びを求められる者を、私は知らぬ」
「殿下ではない。精霊たちは、あの子を追っている」
先ほどの年若いエルフが、周囲へそう告げた。
人々は私ではなく、腕の中のリーネを見た。
『皆様は、殿下よりリーネ様を見たいようですね』
「見れば分かる」
『リーネ様には、皆様の方が珍しいのでしょうけれど』
確かに、リーネは精霊よりも、道の両側へ増えていく人々へ何度も顔を動かしていた。
それでも光が手元へ戻るたび、すぐにそちらへ笑いかける。
通りにいた者たちは、私たちの行く先を塞がないよう左右へ分かれた。頭を下げる者もいたが、多くは顔を上げたまま、リーネと光の輪を見送っている。
「皆、お前を見ている」
リーネは私の声に顔を上げた。
「りゅー」
「私ではない。お前だ」
答えの代わりに、リーネは近づいた光へまた手を伸ばした。
光は指先を避けて高く上がり、別の一体が空いた場所へ滑り込む。
「あぅ!」
家にいる時と同じ遊びが続く。
違うのは、その様子を見る者が増え続けていることだけだ。
リーネが私の胸元へ一度身を戻し、そこから道の両側へ手を振った。
誰かがためらいながら振り返し、それを見た隣の者も手を上げる。
礼をする者と、幼児へ手を振る者が同じ場所に並んだ。
リーネは満足したらしく、今度は光へ同じ動きを返す。
精霊たちも左右へ広がり、また本人の近くへ戻った。
私たちが進むにつれ、前方でも人々が立ち止まり、道の両側へ分かれた。
後ろから伝わった声が、まだこちらを見ていなかった者へ届いている。
「王太子殿下だ」
「人間の幼子に、精霊が集まっている」
「本当に、あの子を追っているぞ」
先へ回った光がリーネの肩の高さで待ち、私たちが近づくと再び動き出す。
横切る奉納者を避けて後ろへ残った光も、人が通り過ぎるとすぐに追いついた。
リーネは人々の声に構わず、一番近い光へ手を振る。
精霊たちは、まるでそれに応えるように輪を広げた。
その光景を待つ者たちが並ぶ通りを、私はリーネを抱いたまま歩き続けた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




