第95話 今度は、また会える
本祭二日目も、世界樹の麓では一般の奉納が続いている。
私が父上たちと正式に臨席するのは、明日の最後の奉納だ。
今日は決められた役目もなく、私はリーネを抱き、同行者たちとエルセリスの市を歩いていた。
社へ向かう者は、それぞれが持ち帰った葉を大事そうに抱えている。
奉納を終えたらしい者は、何も持たない手を振って、久しぶりに会った相手を呼び止めていた。
私のすぐ後ろにはマルタがいる。
セラとニナは並んだ店を見ながらも、私たちから離れずについてくる。
ルヴェンは私の足元を歩き、イレナと侍従たちは通り側へ位置を取っていた。
私に気づいた者が足を止め、道を空けて頭を下げる。
その間を進んでいると、人の向こうで小さな手が上がった。
親に手を引かれた幼いエルフが、こちらを見ている。
子供は私に礼をするでもなく、抱かれているリーネへ手を振った。
リーネの身体が、私の腕の中で起き上がる。
私の肩越しに相手を見たまま、片手を上げて振り返した。
子供の親も私に気づき、慌てて足を止めた。
つないだ手を引いて子供を自分のそばへ戻し、深く頭を下げる。
「王太子殿下。先日、国境へ続く街道で、殿下のお連れの幼子に、この子が手を振っていただきました」
街道の途中で馬を休ませた時、私たちの前をエルフの帰郷者が何組も通り過ぎた。
その中に、リーネと手を振り合った子供がいた。
名前も行き先も知らないまま、親と一緒に北へ歩いていった子だ。
「そうか。あの時の子か」
「はい。殿下方であったとは存じ上げず、失礼をいたしました」
親がもう一度頭を下げる。
その隣で、子供はリーネを見上げたまま動かない。
リーネも手を下ろすと、今度は子供へ腕を伸ばした。
私の服へついた靴を動かし、地面へ降りようとする。
「りゅー」
「近くへ行きたいのか」
「うん」
通りの中央では、社へ向かう者と市を見る者が行き交っている。
私は親へ顔を上げるよう告げ、道の端にある空いた場所を示した。
「礼はもうよい。話すなら、あちらへ移るぞ」
「よろしいのですか」
「リーネが行きたがっている」
私が足を止める理由は、それで十分だ。
親子と一緒に通りを外れ、人の流れを妨げない場所まで移る。
イレナは通り側へ残り、マルタが私の隣へ来た。
私がリーネを地面へ下ろすと、リーネは私の服をつかんで立った。
両足が石の上に着くと、私の服から手を離し、子供へ一歩近づく。
幼いエルフは自分の胸へ手を当てた。
「エリル」
リーネはその口元を見た後、自分の胸へ両手を重ねた。
「りーね」
「リーネだね」
エリルが同じ名を返すと、リーネが笑った。
リタと出会った時、リーネは初めて同じくらいの子供と名を交わした。
今は誰かに促されなくても、自分から名乗ることができる。
エリルは空いている腕に抱えていた物を、リーネへ見せた。
何枚かの布を縫い合わせ、中に柔らかな物を詰めた球だ。
「いっしょに、あそぶ?」
リーネは球を見て、両手を前へ出した。
エリルが地面へ座る。
私が支えてリーネも向かいへ座らせると、親はエリルの後ろにしゃがみ、マルタはリーネの通り側へ立った。
エリルが両手で球を押した。
布の球は石の上を転がり、リーネの開いた足の間へ入る。
リーネは両手を下ろし、身体の前で球を止めた。
持ち上げようとして一度取り落としたが、逃げる前にもう一度両手でつかむ。
「あい」
声を上げて、前へ押し返した。
球はリーネの手元を離れ、二人の間で止まった。
エリルは手を伸ばしたが、その指先も届かない。
親を振り返ることなく両手を地面につき、座る場所をリーネの方へ動かした。
止まった球を拾い、その場所からもう一度転がす。
今度は、リーネが両手を伸ばした先まで届いた。
リーネは球を止めると、すぐにエリルへ返した。
先ほどより近くなった二人の間を、布の球が往復する。
リタがリーネの歩幅に合わせて歩いたように、エリルも球が届くところまで自分から近づいた。
エリルが少し強く押した球がリーネの横を抜け、通りの方へ転がった。
屈んだマルタが片手で止め、そのままリーネの前へ転がして戻す。
リーネは戻ってきた球へ手を置き、マルタを見上げた。
「どうぞ。今度はエリル様へ」
マルタに言われ、また両手で押す。
球は途中で曲がったものの、エリルが身体を傾けて止めた。
子供の親が、二人を見ながら口を開く。
「私どもも、あの日は祭りに間に合うよう、エルセリスへ戻る途中でございました」
「では、この街に住んでいるのか」
「はい。そうでございます」
球が何度往復したのか、リーネは数えていないだろう。
エリルも数を口にせず、届いた球を返し続ける。
やがて親が立ち上がり、社へ向かう人の流れを見た。
「エリル。私たちも葉を届けに参りますよ」
「うん」
エリルは転がってきた球を抱え、地面から立ち上がった。
リーネも両手をついて腰を上げようとしたため、私は脇へ手を入れて立たせる。
エリルが空いている手を上げた。
「またね、リーネ」
リーネも手を上げ、左右へ振る。
エリルは親と手をつなぎ、市から社へ続く人の流れへ戻っていった。
布の球を抱いたまま一度振り返り、もう一度手を振る。
リーネの手は止まらない。
その背中が人の向こうへ隠れそうになった時、口が開いた。
「また」
私はリーネを抱き上げた。
腕の中へ戻っても、リーネは親子が歩いていった方へ手を伸ばしている。
あの街道では、互いの名も知らないまま、離れていく背中を見送った。
今は相手の名と、この街に暮らしていることを知っている。
「また」
リーネが私を見上げ、同じ言葉を繰り返す。
「ああ。また会える」
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