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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第91話 祭りの前の一曲(前編)

 社を辞した私たちは、侍従とイレナに続いて馬車へ戻っていた。

 マルタと歩いていたセラがニナと一緒に私の隣へ来て、尋ねた。


 「リュセル様、お城へ帰る前に、街を少し見ていってもよろしいですか」


 「何か見たいものがあるのか」


 「来る時に、飾りを付けている方が見えたんです。馬車だと、すぐに通り過ぎてしまって」


 隣のニナも、私の返事を待っている。

 朝の打ち合わせは済んでいるので、城へ戻るのを多少遅らせても支障はない。


 「いいだろう。私もリーネを連れて歩こう」


 セラが礼を言うと、ニナは姉の腕に触れ、笑いかけた。

 聖域の入口から馬車に乗り、街へ回ってから降りた。

 私はリーネを抱き、侍従の案内で通りを歩き出した。

 イレナは侍従とともに先を歩き、マルタは姉妹と花飾りを眺めながらついてきた。

 ルヴェンは私のそばを歩いている。


 頭上の空中回廊では、二人のエルフが欄干へ花飾りを結びつけていた。

 まだ何も付いていないところまで、緑と白の飾りが少しずつ延びていく。

 見上げていたセラが、ニナへ声を弾ませた。


 「あそこまで全部つながるのね」


 「向こうの家にも付いてるよ。あの窓の下」


 ニナの指す窓辺では、年老いたエルフが花を束ねていた。

 戸口に旅装の男が立つと、窓から身を乗り出し、声をかける。

 男は荷を下ろすより先に顔を上げ、久しぶりだと笑った。


 似たような挨拶が、道の先からも聞こえた。

 大祭まで二日あるが、帰郷した者たちはもう街へ集まり始めている。

 私に気づいて頭を下げる者へ応じながら進むと、腕の中のリーネが顔を上げた。


 「どうした?」


 笛の音が聞こえた。

 通りを少し進んだ先で、エルフたちが祭りの演奏を合わせている。

 三角形の木枠に弦を張った琴を膝に載せる者と、横笛を構える者、その隣には太鼓を持つ者がいた。

 笛が途切れると、琴を弾く女がもう一度弦を鳴らし、二人がそこへ音を重ねた。


 リーネがそちらを指したので、私は演奏の見えるところまで近づいた。

 道から建物へ引っ込んだ場所で、立ち止まっても通行の邪魔にはならない。

 イレナは一行の通り側に立ち、マルタは姉妹の後ろで演奏へ耳を傾けた。


 「一曲、聴いていくか」


 「あい!」


 リーネは私を見上げて笑うと、すぐに楽器へ顔を戻した。

 太鼓の音に合わせて私の腕の中で身体を揺らし始め、やがて地面を指して足を伸ばす。


 「降りたいのか」


 リーネはこくこくと頷き、私の腕をぽんぽんと叩いた。

 私はリーネを建物寄りの平らな地面へ降ろし、そばに立った。

 靴が地面につくと、リーネは両手を上げ、膝を曲げたり伸ばしたりし始める。

 笛の音が高く伸びるのを聴いて、口も開いた。


 「あー、あー」


 リーネは身体を揺らしながら声を伸ばし、息を継ぐと楽しそうに笑った。

 私の隣で聴いていたセラも笑い、ニナの腕に触れる。


 「ニナ、見て。リーネ様、歌っていらっしゃる」


 「うん。楽しそう」


 ニナがリーネの前へ出て、同じように膝を曲げた。

 リーネは声を上げ、今度は腕まで大きく振る。

 ニナも真似をすると、リーネはいったん動きを止めて、その顔を見上げた。

 ニナが止まったまま待つと、また膝を曲げて笑い出す。


 「もう一回ですか?」


 差し出されたニナの手を取ったリーネは、それを引きながら身体を弾ませた。

 ニナが太鼓に合わせて足を踏むと、セラも妹の隣で踵を上げる。


 「私も入れてください」


 リーネが空いた手を伸ばし、セラはその手を握って妹と向かい合った。

 二人に挟まれたリーネは、つないだ手を上下させながら声を伸ばす。

 セラが一緒に声を出すと、リーネは途中で歌うのをやめてセラに笑いかけた。


 「続きは? もうおしまいですか?」


 返ってきたのは歌の続きではなく、笑い声だった。

 セラまで笑ってしまい、ニナが一人で笛の音を口ずさみ始める。

 その声にリーネが応じ、セラも加わったが、三人の声は太鼓の拍子から次第にずれていった。

 それでも、つないだ手は揺れ続けている。


 やがて笛がひときわ高い音を奏で、琴と太鼓が揃って止まった。

 セラがリーネの手を離して拍手を送る。


 「すてきでした!」


 セラの手を見たリーネは、ニナの手も離し、両手を持ち上げてぱちんと合わせた。

 音がすると自分の手を開き、もう一度叩く。

 琴を抱えた女が笑って頭を下げても、リーネの拍手は続いていた。


 「よかったな。では、そろそろ」


 私が声をかけると、琴の女が曲の出だしをもう一度弾いた。

 笛と太鼓が加わり、セラが嬉しそうにニナへ笑いかける。


 「あ、もう一回聴けますね」


 リーネは拍手をやめ、今度は私のところへ来て手を伸ばした。


 「りゅー、いっしょ」


 「私はここで聴いている。セラたちと踊るといい」


 姉妹の方へ促しても、リーネは私の前を離れない。

 両手を上げて待っているので、私は膝を折って顔を近づけた。


 「踊るつもりはないぞ」


 「いっしょ」


 リーネは私の手を両手でつかみ、自分の方へ引いた。

 そのまま膝を曲げ始めたので、私の手も一緒に上下する。


 「……分かった。手だけは貸そう」


 私は腰を上げたが、足は動かさなかった。

 リーネは踊りながら後ろへ一歩下がり、握った手をまた引く。

 私が一歩ついていくと、顔を上げて声を弾ませた。


 「あー!」


 これでは、手を離す方が難しい。

 リーネが次の一歩を踏み出すのに付き合うと、セラが声を弾ませた。


 「ニナ、リュセル様も」


 「うん。姉さん、こっち」


 ニナはセラの手を引き、私たちのそばで太鼓に合わせて足を踏む。

 マルタも二人の隣へ加わり、リーネが膝を曲げると、笑いながら同じように身体を沈めた。

 通り側に立つイレナは、その場所で足を踏み、侍従も曲に合わせて身体を揺らしている。

 ルヴェンが尾を立ててリーネのそばを跳ねると、リーネは声を上げて笑った。


 琴の女は私たちへ笑みを向け、弦を弾き続けた。

 太鼓を叩く男も、足で拍子を取っている。

 私はその音に合わせて足を動かし、リーネが手を引く前に、次の一歩を踏み出した。

 リーネは顔を上げて笑い、私の手を握ったまま、弾むように足を踏んだ。

 その足元で小さな芽が顔を出し、みるみる茎を伸ばしていく。


 踊り続けるリーネの靴の周りでつぼみが膨らみ、白い花が開いた。

 周囲にも次々と新しい芽が現れ、リーネを中心に白い花の輪が広がっていった。


 「姉さん、足元。リーネ様のところから……」


 ニナの声に、セラが足を止めた。

 花は私の足元を越え、姉妹やマルタの靴のそばへも咲き広がる。

 通りにいた者たちが立ち止まり、広がってくる花を目でたどって、その真ん中で笑うリーネを見た。

 琴の女もリーネの足元に目を留め、弦を弾く指を緩めた。


 「この子が、咲かせているのね」


 最後の笛の音が伸びる間に、白い花は演奏者たちのそばや、建物の根元まで広がっていった。

 曲が終わると、リーネも足を止め、初めて自分を囲む花へ顔を向ける。


 「りゅー」


 私の手から片手を離し、足元を指している。

 リーネの周りには、ハルバ村で見たのと同じ白い花が揺れていた。


 「ルヴェン、封印はどうなっている」


 『お言いつけどおり、成長に合わせて少しずつ解いておりました。今のリーネ様なら、このくらいで魔力が尽きることはございません』


 私もリーネの魔力を確かめた。

 花が咲くにつれて流れ出していた魔力はもう収まり、つないだ手を引く力も変わらない。

 リーネは新しい花を見つけるたびに指を伸ばし、私がそちらを見るまで手を引いた。


 「見えている。ずいぶん咲いたな」


 私が屈むと、リーネは花へ手を伸ばし、白い花びらに指先で触れた。

 揺れた花を見て笑うリーネのそばへ、セラとニナもしゃがむ。


 「きれいですね。リーネ様」


 セラの言葉にリーネが頷き、今度はニナへ花を指して見せた。

 ニナが笑って頷くと、満足したようにまた私を見上げる。


 「お花もありがとう。楽しかったわ」


 琴の女がリーネへ笑いかけ、セラとニナは立ち上がって演奏へ拍手を送った。

 私が手を離すとリーネも両手を叩き、通りからも拍手が加わる。

 頭上には緑と白の花飾りが渡され、その下では、踊っていた皆の足元に白い花が揺れていた。

読んでいただきありがとうございます。

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