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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第90話 世界樹へ届ける葉

 城から世界樹の麓までは数キロあるため、私たちは途中まで馬車で向かった。

 聖域の入口で馬車が停まると、私はリーネを抱いて降りた。

 ここからは徒歩で社へ向かう。


 湖岸から世界樹の根元を囲む陸地へ、幅広い橋が延びている。

 大祭に参じる一般のエルフたちは、もう一つある橋を渡って麓へ向かうことになっている。


 橋のたもとまで来ると、セラがその先を見上げたまま、口を開けていた。

 その向こうには、左右を一度に見渡せないほど太い幹がそびえていた。


 「お風呂からも大きく見えましたけど……近くに来ると、もっとすごいですね」


 「姉さん、前も見て。もう橋だから」


 ニナに言われて、セラが足元へ顔を戻す。

 朝の風が湖面を渡り、橋の両側で水が光っていた。

 私はリーネを抱き、案内の侍従とイレナの後を歩く。

 マルタと姉妹が続き、ルヴェンは私のそばへ並んだ。

 ほかの侍従も後ろについている。


 「おっきい」


 リーネが顎を上げる。

 私の腕にもたれたまま、枝葉の広がる空を見上げていた。

 私はその背を支えながら橋を渡った。


 根元の陸地へ入ると、参道の先に社が見えた。

 石の土台に木の柱を立て、長い屋根を渡した古い建物だ。

 背後の世界樹があまりに大きく、橋からは幹の前に屋根がわずかに見えるだけだった。

 広い前庭には、祭りの支度をするエルフたちが行き来している。

 私たちに気づいた者が手を止め、近くの者へ声をかけた。


 社から、一人の女が出てきた。

 灰緑色の髪を一本に編み、白と苔色の祭務衣をまとっている。

 胸の留め具には、七枚の葉が組まれていた。


 「お帰りなさいませ、リュセル殿下。今年は、こちらでお迎えできましたね」


 「ああ。待たせたな、ネフェリア」


 祈り葉の座を預かるネフェリアは、深く頭を下げた。

 顔を上げた時には、琥珀色の目元が和らいでいる。


 「お待ちしておりました。皆も喜んでおります」


 前庭からも、帰還を喜ぶ挨拶が届いた。

 私が応じると、リーネまで手を上げる。

 近くのエルフが笑って手を振り返したので、リーネはもう一度大きく振った。

 ネフェリアもその手を見て、微笑んだ。


 「リーネ様も、ようこそおいでくださいました。どうぞ、中へ。お連れの皆様もご一緒に」


 私たちは社へ入り、側廊の控えへ案内された。

 窓の向こうには前庭が見え、作業をする者の声がかすかに届いている。

 椅子へ腰を下ろしてリーネを膝へ座らせると、マルタが隣に座った。

 姉妹はその先へ、イレナは出入口に近い椅子へ着く。

 侍従たちが壁際へ控え、ルヴェンが私の足元に落ち着いたところで、ネフェリアは向かいの席から一枚の紙を広げた。


 「大祭は明後日から、三日間でございます。初日から葉の奉納を受け付け、三日目の午前で皆様の奉納を終える予定です」


 紙には、社での奉納に加え、街の市や音楽、帰郷した者たちの集まりが、日ごとの予定として記されていた。


 「殿下には、最終日の昼前にお越しいただきます。国王陛下、王妃陛下とご一緒に進まれ、王家の代表として最後の葉をお捧げいただく形で、よろしいでしょうか」


 「分かった。私が捧げよう」


 「ありがとうございます。その奉納の後、精霊王様をお迎えいたします」


 ネフェリアは紙へ書き添えてから、私へ顔を向けた。


 「今回は、お帰りになるご予定に変更はございませんか」


 「来たばかりだぞ」


 「はい。ですので、今のうちに伺っております」


 言葉遣いは丁寧なままだった。

 三度続けて欠席した私には、答えを求める彼女を責める理由がない。


 「大祭が終わるまではいる。途中で帰るつもりもない」


 「承知いたしました。今年は殿下のお席を空けずに済みます」


 マルタの向こうでセラが唇を結んだ。

 ニナがその袖を引く。

 ルヴェンは遠慮なく笑っていた。


 『よかったですね。皆、主をお待ちしていましたよ』


 「分かっている」


 リーネが足元のルヴェンへ呼びかけ、膝の上で身体をひねった。

 私は腰へ腕を回して支え直した。


 「葉も忘れてはいない。これだ」


 空いた手で収納空間を開き、布包みを取り出した。

 机の上で布を開くと、一枚の葉が現れる。


 「今の住居にしている、大樹の葉だ」


 「拝見してもよろしいでしょうか」


 布ごと差し出すと、ネフェリアは両手で受け取り、私たちの旅の間、包まれていた葉を机の上へ丁寧に置いた。


 「リーネが選んだ」


 ネフェリアがリーネへ顔を向けた。


 「リーネ様がお選びに?」


 「ああ。出発する前に、一枚選んでもらった」


 話の途中で、リーネが布へ手を伸ばした。


 「これ」


 「そうだ。お前が選んだものだな」


 葉を覚えていたのか、ただ取りたかったのかは分からない。

 ネフェリアはリーネにも見えるよう、包みをこちらへ返してくれた。

 私は受け取った布を、机の手前へ置く。


 「当日は、この子を抱いたまま進んでも構わぬな」


 「もちろんでございます。お二人でお捧げください。新しいご家族の紹介にもなりますから」


 「家族の紹介もするんですか?」


 セラが尋ねると、ネフェリアはそちらへ向き直った。


 「はい。葉とともに今の暮らしをお伝えし、久しく会っていなかった方々と再会する。そして、新たに家族となった方をご紹介する。大祭は、そのための場でもございます」


 「生まれた子を連れて帰る者も、伴侶を連れて帰る者もいる。十年もあれば、家族が増えることもあるからな」


 私が言うと、セラは葉を指しているリーネを見た。


 「でしたら、リーネ様が選ばれてよかったですね」


 「ああ。一緒に暮らしている家の葉だ」


 リーネの指が葉の端へ触れた。

 そのまま握りそうになったので、茎の方へ指を添えてやる。


 「持つなら、こちらだ。強く握ると破れる」


 指先で茎に触れたリーネは、葉を布の上で少し動かした。

 マルタが隣から声をかける。


 「おうちから、大事に持ってこられましたものね」


 リーネはマルタを見て、また葉へ顔を戻した。

 ネフェリアは急かさずに待っていたが、リーネの手が離れると、社の奥を示した。


 「よろしければ、奉納台もご覧になりますか。お二人で立つ場所をご案内いたします」


 「頼む」


 葉を布で包み直し、私はリーネを抱いて立ち上がった。



 ◇



 社の奥には壁がなく、柱の間から世界樹の幹と、その足元へ広がる根が見える。

 木の床は長い年月に磨かれ、歩くと足音が低く響く。


 奥の低い台へ、ネフェリアが私たちを導いた。

 台の前は広く、リーネを抱いたままでも、窮屈に身体を寄せる必要はない。

 イレナたちが後ろで足を止め、ルヴェンもそのそばに座った。


 「こちらから、世界樹へ向かってお捧げください」


 私は台の前に立った。

 リーネは柱の向こうを見ている。橋の上では空へ続いていた幹が、ここでは目の前いっぱいに広がっていた。


 「ここまで来ると、上が見えませんね」


 後ろでニナが言った。


 「屋根がなくても、全部は見えそうにないわ」


 セラの声につられてリーネが振り返り、二人を見つけて笑う。

 私は持っていた包みを台の上で開いた。


 「リーネ。祭りの日には、この葉をここで捧げる」


 葉を取り上げて見せると、リーネが手を伸ばす。

 私は茎をつまんだまま、その手の届くところへ寄せた。


 「一緒に届けよう。私たちが、この家で暮らしていると」


 リーネは葉へ指を添えたまま、私を見上げた。


 「りゅー」


 「ああ。私も一緒だ」


 リーネは葉から手を離し、私の衣服をつかんだ。

 私は葉を布へ戻し、風で飛ばないよう包み直した。

 もう一度収納空間へ収めてから、リーネを抱き直した。

読んでいただきありがとうございます。

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