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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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88/103

第88話 父上と母上と、リーネの晩餐会

 食卓には、イレナたち四人の席に加え、リーネのための幼児用の椅子も用意されていた。

 私の席と幼児用の椅子の間には、大人用の席が一つあった。

 幼児用の椅子へ座らせると、リーネはちょうど手の届く高さにあるテーブルへ両手をついた。

 父上と母上が席に着き、私も腰を下ろす。ルヴェンは私の椅子のそばにいた。


 内庭の者に案内されてきた四人のうち、セラが椅子を引いて座ろうとした。

 すかさず、ニナがその袖を引く。


 「姉さん、待って。陛下方と同じお席だよ」


 「あ……いつものつもりで」


 セラが慌てて椅子から手を離した。

 ニナもその隣に立ったまま、イレナの方を見ている。

 イレナが私へ声をかけた。


 「私どもも、陛下方と同じお席に……?」


 大樹の家では一緒に食べていても、王城で父上と母上に同席するとなれば遠慮もするのだろう。

 だが、今夜は父上が招いた客でもある。

 立ったままでは食事にならない。


 「何をしている。早く座れ」


 私はすぐ隣の席を、マルタへ示した。


 「マルタはここだ。リーネの食事を見てやってくれ」


 「かしこまりました」


 マルタが私とリーネの間へ座り、イレナと姉妹も席に着いた。

 食卓に料理が並び、私の前へスープ皿が運ばれてきた。

 湯気に混じる香草の匂いは、馴染みのあるものだった。


 リーネの食事は、普段から食べているものを柔らかく、食べやすい量にしてもらうよう、マルタが事前に内庭へ頼んでおいた。

 リーネが皿とスプーンへ手を伸ばすと、隣のマルタが皿を寄せた。


 「はい、リーネ様。ご自分でどうぞ」


 スプーンを持たせてもらったリーネは、一口すくって口へ運んだ。

 リーネがすくいにくそうにすると、マルタは皿の中身を寄せて、次に手が動くのを待っている。


 「いつも、この者が手を貸しているのか」


 父上が尋ねた。


 「ええ。食事などの細かな世話は、普段からマルタに任せています」


 スープを一口飲むと、香草の香りの後に野菜の甘みが残った。

 久しぶりに口にする故郷の味だった。


 リーネはマルタに皿を支えてもらいながら食べている。

 自分で食べ進めている間に、マルタも自分の料理へ手をつけた。


 「おいしい? リーネ」


 母上の問いに顔を上げたリーネは、にこっと笑って答えた。


 「うん」


 「まあ……! あなた、見た? 今、私に笑ってくれたわ」


 母上は顔をほころばせ、父上へ声を弾ませた。


 「見ていたとも」


 「かわいいこと。おいしいのね。よかったわ、本当に」


 母上は食事を忘れたように、リーネの笑顔を眺めていた。

 やがて自分の料理へ戻ってからも、その顔には笑みが残っている。

 しばらく食卓には食器の触れる音と、料理を勧める声が続いた。


 「今は、ヴァルネの近くに住んでいるのだったな」


 「ええ。街から半日ほど離れた森に、家を造りました。静かなところです」


 「ローディネルは、まだ戦をしておるのだろう。そちらは大丈夫なのか」


 「最近は、あの辺りも落ち着いています。私たちに手を出さぬ限り、こちらから関わるつもりもありません」


 「手を出してきたら?」


 「七度生まれ変わっても後悔するほど、徹底的に叩き潰します」


 父上は苦笑した。


 「お前は全く……そういうところは、少しも成長しておらんのう」


 「でも、あのやんちゃな息子が、こんなにかわいい娘を連れて帰ってきたのよ」


 母上はリーネへ笑いかけた。


 「それだけでも、立派な成長だわ」


 その後も、森の家での暮らしを話しながら食事を続けた。

 リーネは自分の食事を終え、スプーンを手放していた。

 マルタが皿と一緒に下げてもらうと、リーネはこちらへ両手を伸ばした。

 私はマルタが椅子から抱き上げたリーネを受け取り、膝へ乗せた。

 リーネは私に寄りかかり、大人の声を聞いていた。


 私も残りの食事を済ませ、そのまま両親との話に付き合った。

 リーネは初めのうちこそ声のする方へ顔を向けていたが、私たちの話が続くうちに、私の服へ顔を寄せてじっとするようになった。


 小さなあくびが出る。

 リーネは顔を上げ直さず、私の胸へ身体を預けた。


 「父上、母上。今夜はこの辺りで。リーネを寝かせてきます」


 「ええ。長い旅だったものね。ゆっくり休んで」


 私はリーネを抱えて席を立った。ルヴェンも足元へ来る。

 部屋を出ようとすると、父上が声をかけた。


 「明日の夕食も、共にしよう」


 「ええ。またリーネを連れてきます」



 ◇



 私はリーネを抱いたまま、食卓を辞したマルタとともに部屋へ戻った。

 侍従が扉を開けると、腕の中のリーネが顔を上げる。

 先ほど休んだ部屋を見回したものの、すぐに私の肩へ頬をつけた。


 「もう寝るぞ」


 声をかけると、耳元でかすかな返事がした。

 侍従たちには廊下に控えてもらい、私は寝間着を用意したマルタへリーネを預けた。


 着替えの間も、リーネの頭はこくりと前へ傾く。

 それでもマルタが袖を持つと、自分から腕を通そうとした。

 なかなか手が出てこないので、私が袖口を広げる。

 指先が出てくると、リーネはその手で私の手をつかんだ。


 「こちらの腕も残っている」


 手を握られたまま待ち、マルタにもう片方の袖を通してもらった。

 着替えが済むと、私はリーネを抱き取った。

 マルタが掛け物を折り返してくれたので、寝台へ寝かせ、そばに腰を下ろした。


 「今日もよく食べていたな」


 「ええ。ご自分で食べるのも、ずいぶんお上手になりました」


 マルタが布の鳥を差し出すと、リーネは私の手を離して鳥を受け取り、胸へ抱いた。

 羽の先を指で撫でながら、寝台の上で小さく身体を丸めた。


 「父上にも、あのくらい気軽に触れてくれるとよいのだが」


 「お会いしたばかりですもの。これからでございましょう」


 父上は、明日も一緒に食べようと言っていた。

 食卓を囲むうちに顔を覚え、リーネから手を伸ばすようになれば、父上も喜ぶだろう。


 布の鳥を抱いたまま、リーネがこちらへ顔を向ける。

 すぐ脇へルヴェンが上がり、リーネの足元で身体を丸めた。


 「助かった。お前も休んでくれ」


 「はい。おやすみなさいませ」


 マルタは灯りを落とし、部屋を出ていった。

 扉が閉まると、リーネが布の鳥から片手を離し、私へ伸ばしてきた。

 私はそばに座ったまま、指を握らせた。


 「りゅー」


 「ここにいる。おやすみ、リーネ」


 握った指を引き寄せ、リーネは目を閉じた。

 私は握らせた手を寝具に預けた。

 リーネが顔をすり寄せ、温かな頬が指に触れる。

 吐く息が時折、手の甲へかかった。


 ルヴェンも顎を寝台へ下ろした。

 私が少し身じろぎすると、リーネの指に力が戻る。

 まだ起きているのかと顔をのぞけば、目は閉じたままだった。

 私は座り直すのをやめ、握られていない方の手で、額にかかった髪をよけた。


 やがて、手の甲に触れる息がゆっくりと揃っていく。

 握っていた手も緩み、私の指に添えられるだけになった。


 リーネは頬を寄せたまま、すうすうと眠っていた。

読んでいただきありがとうございます。

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