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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第87話 父上と、リーネ

 首都エルセリスへ入ると、道沿いの木々に窓が並ぶようになった。

 幹の内側に灯りがあり、開いた戸口からエルフが出てくる。

 その頭上にも別の窓があって、枝葉の間から人の声が聞こえていた。


 私はまだ眠っているリーネを抱いたまま、久しぶりの街を眺めた。


 ここでは木を伐って家を建てる必要はなく、根を張り、枝を広げる木そのものが住まいになっている。

 だが、大樹の家を知っているセラとニナも、窓の外を見て声を上げた。


 「お家の上にも、道がある……」


 セラが見ている先で、空中回廊を渡る者がいた。

 回廊は太い幹から隣の木へ伸び、その先でも枝葉の間を通って別の住まいへ続いている。

 低いところにも、高いところにも人が歩いていた。


 「地面まで下りなくても、隣のお家に行けるんだね」


 ニナの声を聞きながら、私も回廊の先を見た。

 荷を抱えたエルフが幹の中へ入り、別の戸口から出てきた二人が、そこで足を止めて話し始める。

 箱馬車は彼らよりずっと下の道を進んでいった。


 人間の街では、家々の間に道がある。

 だがこの街では、人の行き来は頭上にも幾重にも続いている。

 木々の間を抜ける風が、開いた窓から客室へ入ってきた。

 セラの隣にはニナが座り、マルタも外へ目を向けている。

 向かいの席にいたルヴェンは顔を上げたまま、静かに街を見ていた。


 区域の境に立ち、関門の役目を担う大樹が近づいてきた。

 先導の後に続く私たちは呼び止められることもなく、そのまま通り過ぎた。


 イレナは御者台に残り、木人が四頭の馬を御している。

 前後の護衛も離れずについてきた。

 いくつかの関門を抜けて世界樹へ近づくにつれ、道沿いには古く大きな木の住まいが増えていった。

 太く育った幹には深い溝が刻まれ、枝の広がりも先ほどまでの区域とは違っていた。

 人間の街でいう豪邸は、この国では長い歳月を重ねた大樹に当たる。


 「あの大きなお屋敷には、貴族の方がお住まいなんですか」


 セラが尋ねた。


 「この国に爵位はない。何を担っているかで立場が決まる。この辺りには、重い役目を預かる者が多い」


 木の古さと大きさに加えて、世界樹との縁も住まいの格を示している。

 縁の深い木には、それだけ高い立場の者が住む。

 私には見慣れた街だが、姉妹は一つの家が通り過ぎると、また次の木を眺めていた。


 やがて、木々の向こうに水面が見えた。

 道が湖沿いへ出ると、窓の外が大きく開ける。


 広い湖の中央に、世界樹が立っていた。

 水面には幹の影が映り、枝はその遥か上で空へ広がっている。岸に沿って進んでも、その幹が窓から遠ざかる気配はなかった。


 湖畔には、もう一本の大樹がある。

 世界樹に比べれば十分の一ほどの規模だ。

 それでも、近づくにつれて客室の窓だけでは全体を捉えられなくなる。

 幹は大きくうねり、折り重なるように曲がったところから、さらに太い枝を広げていた。

 その曲がりに沿って窓が並び、内側の部屋から灯りが漏れている。


 「あの木にも、人が住んでいるんですか」


 ニナの問いに、私は答えた。


 「あれが王城だ」


 セラが窓越しに大樹を見上げた。

 ニナも、それ以上は何も言わずに見ている。

 

 馬車は湖畔の道を進み、王城の入口で止まった。

 リーネを抱いて降りると、エルディンが迎えに出ていた。

 御者台から降りたイレナに、客室のマルタたちも続く。

 ルヴェンは私の足元へ下りた。


 「お帰りなさいませ、殿下。お部屋の用意は整っております」


 「父上と母上には、リーネが目を覚ましてから伺うと伝えてくれ」


 「かしこまりました。まずはお休みください」


 馬車と荷物を王家の内庭の者たちに任せた。

 王族の日程から賓客の世話まで、王宮の日常を支える王家直属の組織だ。

 エルディンの案内で大樹の中へ入ると、幹に沿って曲がる廊下に、いくつもの扉が並んでいた。

 外から見た枝ぶりの内側に、部屋も通路も収まっているのだ。

 廊下が別の通路へ分かれたところで、後ろからセラの声が聞こえた。


 「……これ、帰りはどっちへ曲がるんだっけ」


 「姉さん、もう帰るつもり?」


 「違うわよ。迷わないように、覚えておこうと思って」


 「じゃあ、まずはお部屋まで覚えよう。まだ着いてないよ」


 私はリーネを抱き直し、案内の先へ進んだ。

 用意されていた部屋でリーネを寝かせ、私もそばで休むことにした。

 イレナたちも、それぞれ内庭の者に案内されて休息を取った。



 ◇



 「りゅー」


 声のした寝床へ顔を向けると、こちらを見ていたリーネが、近づいた私へ手を伸ばしてきた。

 抱き上げると、肩越しに部屋の中を眺め、それから私の服をつかんだ。


 「目が覚めたか」


 「うん」


 もう少し抱いていると、リーネは落ち着いた。

 王城にいる間は、私付きの侍従がいつも数人、そばに控えている。

 私はその一人を呼んだ。


 「父上と母上に、これからリーネを連れて伺うと伝えてくれ」


 「かしこまりました」


 侍従が先触れに出るのを見送り、私はリーネを抱いて部屋で返事を待った。

 しばらくすると、侍従が戻ってきた。


 「両陛下がお待ちです。お越しくださいとの仰せです」


 「分かった」


 私はリーネを抱いたまま、ルヴェンと侍従たちを伴って両親の部屋へ向かった。

 到着すると侍従が扉を開け、私は中へ入って二人に挨拶した。


 「ただいま戻りました、父上、母上」


 「よく戻った。三十年ぶりか」


 父上の声を聞くのも久しぶりだった。


 「ええ」


 「今度は、ずいぶん賑やかな旅になったようだな」


 それに異論はない。

 そう返そうとしたところで、腕の中のリーネが服を引いた。


 「りゅー」


 「ここにいる」


 「まあ。あなたを呼べるようになったのね」


 母上が近づいてきた。


 「リーネ、久しぶりね」


 リーネは母上の顔を見ている。

 声をかけられると、私の腕に収まったまま、小さく声を返した。


 「前に会った時は、まだ言葉になっていなかったのに。今は歩くのでしょう?」


 「ええ。行きたいところへ先に行こうとするので、目は離せません」


 「いろいろ見たいものがあるのね」


 母上が笑いかけていると、父上もリーネの名を呼んだ。

 私は抱いたまま父上の近くへ寄った。


 「リーネ。こちらへ来るか」


 リーネは私の服をつかんだまま、父上をうかがっている。

 父上はすぐに抱き取ろうとはせず、指を一本差し出した。


 しばらくすると、リーネが空いている手を伸ばす。

 指先に触れ、離し、それから父上の指を握った。


 「そうか。まずは、これでよい」


 父上はそのまま手を動かさずにいた。

 リーネは握った指を引き寄せようとして、顔を上げる。父上が名を呼ぶと、今度は口を開けて笑った。


 「抱いてみてもよいか」


 「ええ、どうぞ」


 父上が椅子に座るのを待って、リーネをその腕へ預けた。

 父上に抱かれ、近くなった顔を見上げるリーネの様子を、私はすぐ隣に立って見ていた。


 「リーネ」


 「あー」


 「顔を、少しは覚えてくれるとよいが」


 リーネはしばらく父上の腕にいたが、やがて私の方へ手を伸ばした。


 「りゅー」


 私が抱き戻すと、リーネはすぐに服をつかんだ。


 「お前の顔は、もう忘れようがないな」


 「毎日一緒にいますから」


 「今夜は私たちも、リーネと一緒に食べられるのね。楽しみだわ」


 母上が言い、父上も続けた。


 「道中の話も聞きたい。連れの者たちも招こう」


 「分かりました」


 夕食の誘いは、内庭の者からイレナたちへも伝えてもらうことになった。

読んでいただきありがとうございます。

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